79 / 332
【閑話】カタリナの仕置き⑤ ~処罰へ向けて~
しおりを挟む柔らかな光が瞼の上を通り過ぎる。
ふいに喉が開いて空気を取り込んだ。
「あ、もう大丈夫ですね」
低い声が歌うように告げた。
ああ、俺はまだ生きていたのか。
ゆっくりと目を開くと、そこにはドブネズミ色の頭をした、信じられない程醜い男が顔を覗き込んでいた。
「ぶさ・・・いく・・・」
かすれてうまく紡ぎだせないが思ったままを口にする。
「ああ、脳も通常通りですね」
やたらと大きく分厚い唇を歪めて男が笑う。
「ありがとう、魔導士様。死にかけたせいで善人になられていたら寝覚めの悪いところだったわ」
花が匂いたつような艶のある声は、あの女しかいない。
「なんだ・・・。カタリナ、お前まだいたのか」
言った瞬間、いきなり全身にびりっと痛みが走る。
「っ・・・?」
衝撃に、せっかくまともに動いていたはずの心臓が止まりかけたように思う。
自分の意志とは関係なしに、手足が痙攣する。
「うん、こちらも想定通りの動作を確認できました」
白髪のような金髪の青白い顔の細い青年が鶏のような細い指で首元を触れてようやく、己の首に金属の輪がはめられていることに気付く。
「これはなんだ」
全身がなまりのように重く、指一本動かせない。
辛うじて使える声帯で問うと、乗馬服姿の女は冷たく笑う。
「勘の良い男ね。なのにここまで落ちぶれてしまった理由は、破滅思考だからなのかしら」
黄金の糸のような髪、深い海のような瞳、三十代後半とは思えない若々しく整った造作。
カタリナ・ブライトン。
「マリラ、マーサ、マレナ・・・。スミスの魔女・・・。アイツらさえいなかったら、あん時、とっくに美味しく頂いていたものを・・・ぐっ!」
言った瞬間、また、全身にびりりと痛みが走り、寝台の上で打ち上げられた魚のようにガタガタと身体が勝手に跳ね回る。
今度は舌を思いっきり噛んでしまい、口の中に鉄の味が広がる。
「これのどこが勘が良いと?いらぬ口をきいて、自滅しているじゃないか。しかも、後生大事に二十年以上前の護衛の名前を憶えている執心ぶりだぞ」
冷え冷えとした緑の瞳で見下ろすのは、カタリナを手に入れた男。
エドウィン・ストラザーン伯爵。
「まあ、三姉妹の返り討ちは容赦なかったから忘れたくても忘れられなかったんじゃないの」
夫婦でいちゃついている間に視界を探る。
寝台しかない狭い部屋の中に現在いるのは、ストラザーン夫妻と、ローブ姿の不細工な男二人。
いつもしつこくついている護衛騎士たちがいないのに気づいた。
それならば・・・逃げることは可能か・・・?
「ああ、今、この面子なら逃げられるかな?とか思いましたね。残念ながら逃げられませんよ。貴方は本当に頭の悪い男ですね。さっきからカタリナ様に無礼な口をきくだけで全身に雷を通されているというのに、どうやって襲い掛かるおつもりですか?そもそも、まだ粉砕された足の骨を接いでいないから立ち上がれませんよ」
ドブネズミの男が説教しながら足元へ移動した。
もう一人の棒切れのような男と二人で足首に触れ、何かをしたと分かった。
ひやりと金属めいた何かを感じる。
「・・・足に鎖でも嵌めたのか。俺は単に金を巻き上げようとしただけだぜ。私怨でそこまでしていいのかよ」
「そうね、ハンスにねだって使い込んだ金は二十五億ギリア程度かしら。親友の皆様と豪遊したのまでは足していないから、実際はもっとだろうけれど、会計士たちもいいかげんうんざりしていたから打ち切ったわ」
会計士?
眉を顰めると、カタリナが唇を上げた。
「ハンスはザルだけど、父とヘレナは違うから。金の収支はきちんと追って付けていたのよ。デイビッドとあなたがハンスを嵌めて転売しようとしたあの屋敷、隠し部屋に帳簿を保管していて、クリスがちゃんと回収してくれたから会計士を複数雇って一か月がかりで解析したわ。そのせいで、お二人の涙あふれる友情決別劇場をお待たせすることになったのだけど」
一か月。
気が遠くなる時間をずっと地下牢で過ごした。
昼夜問わず責め立てられたり、放置されたり。
朝なのか昼なのかわからない状態が続き、ようやく終わりを告げたのが今日だった。
「でも、長く待たせたおかげで、あなたはとってもキレ易く、ものの数分で本性を晒してくれたから助かったわ。ありがとう。ハンスの目を覚まさせてくれて」
「あれは・・・計算のうちだったのか」
自分がルイズのことをぶちまけ、ハンスを発狂させることが。
「そうよ。あなたはそのために生かされていたの。わざわざ」
女が青い瞳を細めると、光が増したように見えた。
「ハンスがあなたの口から本当のことを聞いて、あなたたちを本気で憎まない限り、ブライトンは幕を引いたことにならない。これでようやく一つ片が付いたわ。それで今度はあなたの番」
「俺の・・・番だと?」
これは、何を企んでいる?
「ええ、そうよ。ジェームズ・スワロフ男爵。ハンスがずっとあなたを親友だと信じたかったように、あなたも顔を背けてきたことがあるわよね?」
バラ色の唇が妖艶に笑った。
「ハリ・ブルー」
「・・・っ」
「知らないとか、覚えていないとか今更見え透いた嘘は言いっこなしよ?」
暗い灯りとカーテンのない窓からの月明かりに、女の無慈悲な笑みがくっきりと浮かぶ。
「そんな因縁のせいでこうなるなんて」
馬鹿なのか、純情なのか。
ハンス・ブライトンの妹はあきれ返ったため息をついた。
27
お気に入りに追加
468
あなたにおすすめの小説
傾国の美兄が攫われまして。
犬飼春野
恋愛
のどかな春の日差しがゆるゆるとふりそそぐなか、
王宮の一角にある庭園ではいくつものテーブルと椅子が据えられ、
思い思いの席に座る貴族の女性たちの上品な話声がゆったりと流れていた。
そんななか、ひときわきりりとした空気をまとった令嬢がひとり、物憂げなため息をついていた。
彼女の名はヴァレンシア。
辺境伯の娘で。
三歳上の兄がひとりいる。
彼は『傾国の』が冠される美青年だった。
美女と見紛う中性的な美貌の兄と
美青年と見紛う中性的な風貌の妹。
クエスタ辺境伯の兄妹を取り巻く騒動と恋愛模様をお届けします。
※ 一年くらい前に思いついた設定を発掘し練り直しておりますが。
安定の見切り発車です。
気分転換に書きます。
※ 他サイトにも掲載しております。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

うまい話には裏がある~契約結婚サバイバル~
犬飼春野
恋愛
ナタリアは20歳。ダドリー伯爵家の三女、七人兄弟の真ん中だ。
彼女の家はレーニエ王国の西の辺境で度重なる天災により領地経営に行き詰っていた。
貴族令嬢の婚期ラストを迎えたナタリアに、突然縁談が舞い込む。
それは大公の末息子で美形で有名な、ローレンス・ウェズリー侯爵27歳との婚姻。
借金の一括返済と資金援助を行う代わりに、早急に嫁いでほしいと求婚された。
ありえないほどの好条件。
対してナタリアはこってり日焼けした地味顔細マッチョ。
誰が見ても胡散臭すぎる。
「・・・なんか、うますぎる」
断れないまま嫁いでみてようやく知る真実。
「なるほど?」
辺境で育ちは打たれ強かった。
たとえ、命の危険が待ちうけていようとも。
逞しさを武器に突き進むナタリアは、果たしてしあわせにたどり着けるのか?
契約結婚サバイバル。
逆ハーレムで激甘恋愛を目指します。
最初にURL連携にて公開していましたが、直接入力したほうが読みやすいかと思ったのであげなおしました。
『小説家になろう』にて「群乃青」名義で連載中のものを外部URLリンクを利用して公開します。
また、『犬飼ハルノ』名義のエブリスタ、pixiv、HPにも公開中。

召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋多視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※ハッピーエンドの物語ですが、81話目からはシリアスな展開も入ってきます。詳しくは、近況ボードにてお知らせしています。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる