糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

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伴侶たち

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 式はテリーと老司祭の連携で進められた。

 老司祭がまず讃美歌を促し神への賛辞と聖書の朗読と説教をし、宣誓を行った。

 彼はまず、スカーレット・ラザノの方を向いて尋ねた。

「スカーレット・ラザノ。貴女はリド・ハーンを伴侶とし、いかなる時も愛し共にすると誓いますか」

 すると彼女は背筋を伸ばし、はっきりと答えた。

「誓います」

 次に司祭は隣のリド・ハーンに目をやり、微笑む。

「リド・ハーン。貴方はスカーレット・ラザノを伴侶とし、いかなる時も愛し共にすると誓いますか」

 ハーンはヴェールを被った頭をゆっくりと動かし頷いた。

「誓います」


「これにて教会は、この二人の結婚を認めます」

 魔導士たちや演奏者たちが一斉に拍手する。

 落ち着いたところでテリーが次を促した。


「では、ここに婚姻のしるしを署名いただきます。まずはお二人からどうぞ」

 ラザノたちが署名すると、次はストラザーン夫妻、バウム長官、シエル、最後に老司祭も届けに名を書き込む。

 ラザノが魔導士庁の騎士であるとともに準男爵の爵位を持っているため、貴族としての届け出は出会って三日で王宮へ提出していた。

 結婚式で作成される書類こそ国が管理する正式な届け出となり、以前ヘレナがゴドリー伯との挙式で記入したものと同じ形式だ。

 ほんの少し前に行われたヘレナの偽装結婚と今日の式はなんとかけ離れていることか。

 結婚というものに対する記憶が塗り替えられて良かった。

 ヘレナは二人の縁に感謝した。



「では、まず指輪をそれぞれの指にはめ、それから誓いの口づけをお願いします」

 指輪の箱をシエルが老司祭へ渡すと、彼はそれを開いて祝福した。

「二人の幸せが末長く続きますように。おめでとう。伴侶たちよ」

「・・・ありがとうございます」

 二人は一礼し、指輪を受け取り向かい合う。

 まず、ラザノがハーンの指にはめ、つづいてハーンがラザノの指にはめた。

 そして、ラザノはゆっくりとハーンの頭にかけられたヴェールを持ち上げる。

 顔があらわになったハーンは、少しだけ首を傾け、ラザノに微笑んだ。


「火よ溶かせ、風よ吹け・・・」

 ヘレナは小さく呟く。


 魔力は生活魔法程度だが、工夫すれば思わぬことができる。

 例えば、ヴェールを留めている糸のみを溶かしてなくしてしまうこととか、演出のために風を起こすとか。


 さああ・・・と風が吹き、ヴェールがハーンから離れた。


 ヴェールが空高く舞い上がる。


 二人はそれを気にすることなく見つめ合い、ゆっくり顔を近づけ、唇を合わせた。


 その瞬間、あちこちから小さな花火が上がり、白やピンクの花びらがひらひらと舞い落ちる。

 『うわああ~』とあちこちから歓声が上がった。

 魔導士庁有志による演出が式を最高潮に盛り上げる。


 一度は軽く口づけてすぐに離れた二人が、笑いあいながら、もう一度ゆっくりと唇を合わせ、額を寄せ合い、抱き合った。


 祝福の声との拍手が鳴りやまない中、空からヴェールがゆっくり降りて来たのを少し離れた位置にいたテリーが手を伸ばして回収する。


 そして、それを受け取ったシエルは丁寧に折りたたみ壇上でハーンの顔を両手で包みなんどもキスをするラザノに声をかけ、差し出す。


 しぶしぶラザノは振り向きそのヴェールを細心の注意を払ってハーンの首に巻いて軽く結んだ。


「そう・・・そう。よし」

 ヘレナは小さく拳を握ってラザノを凝視する。


 ハーンのほっそりした首とひよこの産毛ようなふわふわとした髪の小さな頭に、ヴェールのショールは華やかさと清楚な雰囲気を最大限にまで引き出していた。

 ラザノにがっしりと腰を抱かれ、ハーン自身もラザノの腰に手を回し二人はぴったりくっついて祭壇から降りてきて歩き出す。


 どちらが妻でどちらが夫というわけではなく、それぞれの伴侶であると。

 老司祭が祝福したように。

 二人は一つになった。


「おめでとう、お幸せに」


 多くの人に祝われながら、二人はゆっくりと道を進んだ。




「やったわ・・・やったわ、マリアム、叔母様」


 二人の背中を眺めながら達成感を感じ、ほうと満足のため息をついた。

 取り外したヴェールの再利用は、この結婚式の段取りの肝だ。

 カタリナとマリアムとヘレナはこのヴェールの始末にこだわり、何度も何度もラザノに練習を強いた。

 荒くれもののラザノが繊細な布を優しく扱うのには骨が折れる。


 何度も何度も、『ヴェールはハーンの身体の一部だと思って扱え。首に巻いたらハーンの美貌が五割増しするからぜったい遂行するように』と言い聞かせた地獄の数分間。


 努力が実る事ってあるんだな。

「おめでとう」

 ヘレナは心からの拍手を贈った。




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