47 / 311
しんこんさん
しおりを挟む
「そういえば、その子のご飯なのですが」
ヘレナの膝の上を基地と定め半分口を開けてぐっすり眠るフェンリル犬を指し示し、ハーンが言った。
「基本、犬なので適当で構わないのですが・・・」
「適当、ですか」
「はい、犬ですから。まだしばらく山羊の乳で十分ですが、そのうち大人の犬のご飯へ移行してあげてください。その時は個性がありますから肉を好んだり野菜を好んだり色々でしょう。でもたぶん、ヘレナ様の出したものならなんでも喜んで食べますよ」
本当に適当な回答だった。
「それで、この子の魔力の関係上、ちょっと栄養補給が必要かなと思うので・・・」
言いながら左手で何かを救い上げる動作をすると、手のひらの中がふわりと光、瞬きをしている間にアクアマリンのような水色の透明な小石が出現した。
「一週間につき一個、とりあえず上げてみてください。そうだな・・・安息日の朝にあげるとすればわかりやすいでしょう」
石を握りこんだ手を差し出されて、ヘレナは両手で受ける。
一つ一つはヘレナの親指ひと関節分くらいの大きさで、見た目より軽い。
少し、ひんやりとした冷気を感じるがそれは見た目によるものだろうか。
「これは?」
「魔塔特製のフェンリルの栄養食です。魔石にちょっと色々仕込んでいます」
「ちなみに色々とは」
「成長を促したり、身体能力増強とか、魔力増し増し…。あとは、仲良くなりますようにかなあ」
「従属ですか?」
それはちょっと嫌だなと思ったのを察知したハーンが小さく首を振る。
「いえ、もっともっとヘレナ様を好きになるというか」
「媚薬的な?」
「いえ、そこまではないのですけどね。ええと、まあ・・・。ここからはヒミツです」
ふふ、と肩をすくめて可愛く笑われても、それにほだされるのはラザノだけだと思う。
「この子に害がないなら・・・。与えますが」
「ぼくを信じてください。大丈夫です。問題なし。最高の栄養食です」
ぐっと握りこぶしに親指立てて示されると、ますます不安が増す。
「そのイチイの指輪に収納できるので、『収納』って唱えてください。ちなみに出すときは『パールのエナジーひとかけ』で大丈夫」
「そうですか」
言われるままに出し入れを試してみる。
「うわ、面白い」
「そのうち、どんどん色々なものを『収納』しましょう。エクスカリバーなんて出せたらかっこいいですよね」
「ハーン様・・・。たぶん、私持ち上げられませんよ、エクスカリバー・・・」
「あ、そうか。なら、ヘレナ様が振るえるよう極限まで軽量化した剣を作りますね」
「いえ、その前に剣を構えたことすらありません。無理ですよ」
斧と鉈と出刃包丁は振るえるが、あれらは全て静止物が対象だ。
「大丈夫、大丈夫。妻が基礎から教えてくれます。私もこの間初めて剣を握りましたが、レティは教えるのがすごくうまいのですよ」
ねえ、と夫婦で目をあわせて頷き合っているが、きっとそれは濃厚な愛が存在するから成立したのではないかと思うが、二人の世界に突入した彼らに何を言っても無駄だろう。
それよりも、ハーンが何を目指しているのかを今のうちに問いただすべきか。
いや。
堂々巡りになりそうな予感がするので、それは次回にしよう。
優先順位で第一位の質問を出すことにする。
「ところでラザノ様、近々挙式されるとシエル様から伺ったのですがいつのご予定ですか」
「ああ・・・。十日後だ」
「十日後・・・。すぐですね。どちらの教会でされるのですか」
「教会ではしない。魔導士庁でやることにした」
「え・・・」
この国の法では婚姻届けに国教会の立会いのサインが必要だ。
「手続きは問題ない。ストラザーン伯爵家の司祭が当日立会いをしてくれる」
「あ・・・なるほど」
大貴族になると屋敷内に祈りの間があり、専属の司祭が存在する。
「では、魔導士庁の大広間ということで?」
「天気が良ければ外で。ぎりぎりだな」
日一日と秋が深まり、十日後となるともう冬は目前だ。
「そうですね・・・。ちなみにラザノ様が右に立ちますか。先ほどから拝見しているとおおむね左側にハーン様がいらっしゃいますよね」
ラザノは右利きで、剣を抜く側が空いている方が楽なのではとヘレナは考えた。
「考えてもみなかったが、そうだな」
「あの。それで、当日の衣装はもう用意されたのでしょうか」
「いや。騎士服と魔導士のローブで良いかと思っていたのだが・・・」
「それならば、私に作らせていただけませんか」
ヘレナは背筋をまっすぐ伸ばして提案する。
「今回、お二人の術符にどれだけ助けられたかわかりません。私は五年ほどドレスメーカーの下請けをしてまいりました。まだ半人前ですが、お二人の門出を祝わせて頂きたいのです」
「十日後だぞ。さすがにそれは・・・」
誰が見ても無理のある日程だ。
仕立てに詳しくないラザノもさすがに躊躇する。
「ラザノ様。ハーン様とお揃いの服、着てみたくないですか?」
ヘレナの一言に、ラザノの眉がぴくりと動いた。
「魔導士庁のみなさんに、綺麗でかわいいハーン様、見せびらかしたくありませんか?」
途端にラザノの金色の瞳がぎらりと光った。
「・・・詳しい話を聞こうか」
「はい。もうすでに構想は練ってあります。お任せを」
『おい、マジか・・・』というテリーの嘆きが聞こえたが、ヘレナは黙殺した。
ヘレナの膝の上を基地と定め半分口を開けてぐっすり眠るフェンリル犬を指し示し、ハーンが言った。
「基本、犬なので適当で構わないのですが・・・」
「適当、ですか」
「はい、犬ですから。まだしばらく山羊の乳で十分ですが、そのうち大人の犬のご飯へ移行してあげてください。その時は個性がありますから肉を好んだり野菜を好んだり色々でしょう。でもたぶん、ヘレナ様の出したものならなんでも喜んで食べますよ」
本当に適当な回答だった。
「それで、この子の魔力の関係上、ちょっと栄養補給が必要かなと思うので・・・」
言いながら左手で何かを救い上げる動作をすると、手のひらの中がふわりと光、瞬きをしている間にアクアマリンのような水色の透明な小石が出現した。
「一週間につき一個、とりあえず上げてみてください。そうだな・・・安息日の朝にあげるとすればわかりやすいでしょう」
石を握りこんだ手を差し出されて、ヘレナは両手で受ける。
一つ一つはヘレナの親指ひと関節分くらいの大きさで、見た目より軽い。
少し、ひんやりとした冷気を感じるがそれは見た目によるものだろうか。
「これは?」
「魔塔特製のフェンリルの栄養食です。魔石にちょっと色々仕込んでいます」
「ちなみに色々とは」
「成長を促したり、身体能力増強とか、魔力増し増し…。あとは、仲良くなりますようにかなあ」
「従属ですか?」
それはちょっと嫌だなと思ったのを察知したハーンが小さく首を振る。
「いえ、もっともっとヘレナ様を好きになるというか」
「媚薬的な?」
「いえ、そこまではないのですけどね。ええと、まあ・・・。ここからはヒミツです」
ふふ、と肩をすくめて可愛く笑われても、それにほだされるのはラザノだけだと思う。
「この子に害がないなら・・・。与えますが」
「ぼくを信じてください。大丈夫です。問題なし。最高の栄養食です」
ぐっと握りこぶしに親指立てて示されると、ますます不安が増す。
「そのイチイの指輪に収納できるので、『収納』って唱えてください。ちなみに出すときは『パールのエナジーひとかけ』で大丈夫」
「そうですか」
言われるままに出し入れを試してみる。
「うわ、面白い」
「そのうち、どんどん色々なものを『収納』しましょう。エクスカリバーなんて出せたらかっこいいですよね」
「ハーン様・・・。たぶん、私持ち上げられませんよ、エクスカリバー・・・」
「あ、そうか。なら、ヘレナ様が振るえるよう極限まで軽量化した剣を作りますね」
「いえ、その前に剣を構えたことすらありません。無理ですよ」
斧と鉈と出刃包丁は振るえるが、あれらは全て静止物が対象だ。
「大丈夫、大丈夫。妻が基礎から教えてくれます。私もこの間初めて剣を握りましたが、レティは教えるのがすごくうまいのですよ」
ねえ、と夫婦で目をあわせて頷き合っているが、きっとそれは濃厚な愛が存在するから成立したのではないかと思うが、二人の世界に突入した彼らに何を言っても無駄だろう。
それよりも、ハーンが何を目指しているのかを今のうちに問いただすべきか。
いや。
堂々巡りになりそうな予感がするので、それは次回にしよう。
優先順位で第一位の質問を出すことにする。
「ところでラザノ様、近々挙式されるとシエル様から伺ったのですがいつのご予定ですか」
「ああ・・・。十日後だ」
「十日後・・・。すぐですね。どちらの教会でされるのですか」
「教会ではしない。魔導士庁でやることにした」
「え・・・」
この国の法では婚姻届けに国教会の立会いのサインが必要だ。
「手続きは問題ない。ストラザーン伯爵家の司祭が当日立会いをしてくれる」
「あ・・・なるほど」
大貴族になると屋敷内に祈りの間があり、専属の司祭が存在する。
「では、魔導士庁の大広間ということで?」
「天気が良ければ外で。ぎりぎりだな」
日一日と秋が深まり、十日後となるともう冬は目前だ。
「そうですね・・・。ちなみにラザノ様が右に立ちますか。先ほどから拝見しているとおおむね左側にハーン様がいらっしゃいますよね」
ラザノは右利きで、剣を抜く側が空いている方が楽なのではとヘレナは考えた。
「考えてもみなかったが、そうだな」
「あの。それで、当日の衣装はもう用意されたのでしょうか」
「いや。騎士服と魔導士のローブで良いかと思っていたのだが・・・」
「それならば、私に作らせていただけませんか」
ヘレナは背筋をまっすぐ伸ばして提案する。
「今回、お二人の術符にどれだけ助けられたかわかりません。私は五年ほどドレスメーカーの下請けをしてまいりました。まだ半人前ですが、お二人の門出を祝わせて頂きたいのです」
「十日後だぞ。さすがにそれは・・・」
誰が見ても無理のある日程だ。
仕立てに詳しくないラザノもさすがに躊躇する。
「ラザノ様。ハーン様とお揃いの服、着てみたくないですか?」
ヘレナの一言に、ラザノの眉がぴくりと動いた。
「魔導士庁のみなさんに、綺麗でかわいいハーン様、見せびらかしたくありませんか?」
途端にラザノの金色の瞳がぎらりと光った。
「・・・詳しい話を聞こうか」
「はい。もうすでに構想は練ってあります。お任せを」
『おい、マジか・・・』というテリーの嘆きが聞こえたが、ヘレナは黙殺した。
33
お気に入りに追加
468
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
魔族 vs 人間。
冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。
名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。
人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。
そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。
※※※※※※※※※※※※※
短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。
お付き合い頂けたら嬉しいです!
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる