糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野

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顔枠採用

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 一階の応接室はすっかり男子専用部屋になりつつあるので、二階のサンルームへラザノ夫妻を案内し、ラッセル、ヒル、シエルらも同席することになった。

 マーサとミカが設営とお茶の支度をしてくれ、とても助かる。

 クラークは「なんか・・・大変だな、お前」と、何故か憐れみたっぷりにヘレナの頭を撫でまわした後、本邸へ戻っていった。

 彼は目の当たりにした情報のどこまでをゴドリー側に報告する気なのかは知らないが、トムとケニーの件だけは忘れてほしい。

 ラッセル商会の人々も荷物を収め終わると引き上げたが、彼らも別れ際になると順番にヘレナの頭を撫でた。

「そのうち、いいことあるさ」

「ヘレナは良い子だからな」

「身長もきっとそのうち伸びるよ」


 本当に、もう。
 頼むからみんな。



「先ほどざっと植物の様子を見ましたが、シエルの報告通り問題なく働いてくれているようですね。でも、僕としては殺傷能力をもうちょっと上げたいなあ」

 不満げにハーンが薄い桜色の唇をとがらせる。

 だから、その清らかなお口で狂ったことを言わないでほしい。

「殺してしまったら…さすがに問題になりませんか」

「伯爵夫人を襲った御者と同じで殺意さえなければ、死んだりしません。鏡で反射するようなものです。何事もなければあの子たちはおとなしく植物をしていますよ」

 悪意には、悪意を。
 殺意には、殺意を返す。
 ただし作動した場合は二割増しの力で・・・という設定らしい。

 ヘレナとしては、今後とも植物の本分を全うしてほしい。

「そもそも、貴族を害した時点でこの国の法を犯したことになるんだけどなあ・・・。それにしても、件の御者は家族がいなくてよかったですね?」

 ハーンの言葉の意味が分からずヘレナが首をかしげると、「報告が後になってすまない」とヒルが説明を始めた。


「その件だが、使いがジャンの死を伝えようと家へ行くと『病気の家族』はいなかった。
 独り暮らしで『看病』を口実にさぼっていたようだな。
 情報ギルドに調査を依頼したところ名前を含むすべての経歴書は全て詐称だと判明した。
 農家の出ということだけは本当で、幼いころから鄙にはまれな容姿を鼻にかけ、十代前半で家を飛び出したきりだったらしい。
 それから十数年何をやっていたかも不明だ。侍女頭は昔の使用人仲間の紹介で雇ったと言っているが・・・」

「その、紹介者もあやふやなのですね」

「ああ。顔が良いからあちこちで御者なり愛人なりやっては問題が生じて場所と名前を変えていたのではないかという話だ」

 この国の貴族や富裕層は外出時に小綺麗な男を近くに侍らせるのを好む。

 男なら御者か護衛騎士か従者。
 凝った衣装を着せてその趣向を競い合い、時には人材の奪い合いになる。

 そのような事情で、見た目がそれなりに良いジャンはコンスタンスの外出時には必ず御者台に座った。
 重宝されるゆえに遅刻や欠勤があっても大目に見られていたらしい。


「なるほど・・・」

 ヘレナが顎に手をやって考えを巡らせながら、つい、ヒルの顔を凝視してしまった。

「ちび。俺は違うからな」

 テーブルの向こうからヒルが前のめりになって言う。

「ん?何がですか」

 ヘレナはにこっと笑って見せた。

「あ・・・。だから、その。顔枠採用じゃない・・・からな?」

 それ、自分で言うのか。
 顔が良い自覚があるのだな。

 長身に広い肩幅、騎士服の上からでも想像のつく立派な筋肉、そして極めつけはオレンジ色に近い赤い髪と明るい茶色の眼、そして長いまつげに通った鼻筋、尖り気味の顎。

 帝都中の貴婦人たちが手に入れたくてうずうずしているだろう。


「ほう。なるほど」

 ヘレナは笑顔仮面をとりつけたまま、こっくりと頷いた。

「前にも言ったと思うが、俺は母親がリチャード様の乳母だったから自然と仕えることになっただけだ。コールもクラークもホランドも侯爵が息子のために任じた。全て偶然だ」

「そうですか」

 何だろう、このもやもやは。
 己の中にも地味顔であるゆえの嫉妬が存在するのだろうか。

「いやだからちび・・・」

 そんな、叱られた犬みたいな目で見られても困る。
 そもそも。


「テリーはともかく、ここにいるみんなが飛びぬけて美人なんだからその話は不毛だよ、騎士さん」

 紅茶を運んできたミカが助けてくれた。


「・・・ミカ。言い方・・・」

 はーっとため息をつくテリーに、ばっちんとミカはウィンクする。

「平凡顔で良かったじゃん、テリー?」

「おま・・・」


「もう、その件は良いから。顔から離れましょうよ・・・」

 というか、忘れてくれ。

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