上 下
19 / 311

残された記憶

しおりを挟む

 ヘレナの案内で門を通りアプローチを歩きながらカタリナとシエルは、屋敷と周囲にざっと目を配った。

 秘書と護衛騎士、そしてラッセル商会の従業員たちは荷馬車から持ち込んだ荷を下ろし運び始める。
 ラッセルは従業員たちに指示を飛ばしながら、ヘレナが先に捕獲したものを回収するために屋敷内へ先に向かった。

「なるほど・・・」

 シエルが下唇に指先を当てて考えるそぶりを見せた。

「色々と仕掛けが必要ですね」

 一定の距離をもって張り巡らされた柵の中は、敷地内で植物の栽培が十分なほどの広さ。
 家畜も飼わせてもらえるなら、多少の無聊は慰められるだろう。
 屋敷も頑丈で贅沢な造りに見える。
 しかし先ほどのラッセルとのやり取りを思い出すにつけ、不安要素満載だ。

「早速お願いできるかしら」

「もちろんです。そのために私は来たのですから」

 首をかしげてにこりと笑う。



「こちらへどうぞ。お茶をお出しします」

 玄関ホールへ入ってすぐの応接室の扉を開けてヘレナは入室を促す。
 しかしカタリナとシエルは立ち止まり、吹き抜けの窓からの光をじっと眺めた。

「ここは・・・」

「どうされました?」

 ヘレナが問うとカタリナは軽く頭を振って微笑む。

「外観が記憶と少し違ったからわからなかったのだけど、昔、ここを訪れたことがあったようね。内装も変わっているけれど、この吹き抜けは覚えているわ」

「ここは先代のご令嬢の療養のために改装されたと聞きましたが、お知り合いだったのですか」

「…ええ。でも、私がここを訪れたのは多くなくて、二十年以上前のことだから今まで忘れていたわ。あの方は若くして亡くなられたし、私自身色々とせわしなくて」

「そうですか・・・」

 叔母の言葉に色々気になる部分があったが、多くを尋ねるには人が多すぎた。
 ヘレナは今のところ一階のみを使うつもりだとラッセルに打ち明けたので、応接室以外は一気に喧騒に包まれている。

「・・・ここは、生と死が同時に存在した場所なのですね」

 夜の青を宿した瞳でシエルがぽつりと言う。

「あら、おわかりになるのね」

 カタリナは目を丸くする。

 生と死?
 シエルに視線を投げかけても、優しい目で見つめ返されるだけだ。

「はい。祝福と嘆きと…。色々な感情が複雑に絡まって澱んでいたようですが…。ヘレナ様がここで過ごされることで浄化されるのではないかと」

「え?私が?」

 いきなり自分のことを持ち出されてぎょっとする。

「私にはそんなたいそうな魔力はありません」

「ああ、大丈夫ですよ。なんといえば良いでしょうかね。この家はずっと寂しかったのです。そこに若いヘレナ様がいらして、家畜たちと日々の暮らしを重ねる…。そうしたら記憶がだんだんと薄れていくのですよ。良い事です」

「まるで、家が生きているような口ぶりね」

 叔母はそっと壁に手をやり、優しく撫でた。
 すると、なんとなく周囲の明るさが増したような気がする。

「ええ。そう思って頂ければ」

 サイモン・シエルは不思議な人だ。

 ゆったりとした柔らかな言葉を聞くうちに、初日にここに立った時の重苦しさと暗さそして寒さを、ヘレナはもう思い出せないことに気づく。

「これからしばらく、よろしくね」

 天井を見上げて囁くと、ふわりと身体が暖かくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

駆け落ちから四年後、元婚約者が戻ってきたんですが

影茸
恋愛
 私、マルシアの婚約者である伯爵令息シャルルは、結婚を前にして駆け落ちした。  それも、見知らぬ平民の女性と。  その結果、伯爵家は大いに混乱し、私は婚約者を失ったことを悲しむまもなく、動き回ることになる。  そして四年後、ようやく伯爵家を前以上に栄えさせることに成功する。  ……駆け落ちしたシャルルが、女性と共に現れたのはその時だった。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...