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残された記憶
しおりを挟むヘレナの案内で門を通りアプローチを歩きながらカタリナとシエルは、屋敷と周囲にざっと目を配った。
秘書と護衛騎士、そしてラッセル商会の従業員たちは荷馬車から持ち込んだ荷を下ろし運び始める。
ラッセルは従業員たちに指示を飛ばしながら、ヘレナが先に捕獲したものを回収するために屋敷内へ先に向かった。
「なるほど・・・」
シエルが下唇に指先を当てて考えるそぶりを見せた。
「色々と仕掛けが必要ですね」
一定の距離をもって張り巡らされた柵の中は、敷地内で植物の栽培が十分なほどの広さ。
家畜も飼わせてもらえるなら、多少の無聊は慰められるだろう。
屋敷も頑丈で贅沢な造りに見える。
しかし先ほどのラッセルとのやり取りを思い出すにつけ、不安要素満載だ。
「早速お願いできるかしら」
「もちろんです。そのために私は来たのですから」
首をかしげてにこりと笑う。
「こちらへどうぞ。お茶をお出しします」
玄関ホールへ入ってすぐの応接室の扉を開けてヘレナは入室を促す。
しかしカタリナとシエルは立ち止まり、吹き抜けの窓からの光をじっと眺めた。
「ここは・・・」
「どうされました?」
ヘレナが問うとカタリナは軽く頭を振って微笑む。
「外観が記憶と少し違ったからわからなかったのだけど、昔、ここを訪れたことがあったようね。内装も変わっているけれど、この吹き抜けは覚えているわ」
「ここは先代のご令嬢の療養のために改装されたと聞きましたが、お知り合いだったのですか」
「…ええ。でも、私がここを訪れたのは多くなくて、二十年以上前のことだから今まで忘れていたわ。あの方は若くして亡くなられたし、私自身色々とせわしなくて」
「そうですか・・・」
叔母の言葉に色々気になる部分があったが、多くを尋ねるには人が多すぎた。
ヘレナは今のところ一階のみを使うつもりだとラッセルに打ち明けたので、応接室以外は一気に喧騒に包まれている。
「・・・ここは、生と死が同時に存在した場所なのですね」
夜の青を宿した瞳でシエルがぽつりと言う。
「あら、おわかりになるのね」
カタリナは目を丸くする。
生と死?
シエルに視線を投げかけても、優しい目で見つめ返されるだけだ。
「はい。祝福と嘆きと…。色々な感情が複雑に絡まって澱んでいたようですが…。ヘレナ様がここで過ごされることで浄化されるのではないかと」
「え?私が?」
いきなり自分のことを持ち出されてぎょっとする。
「私にはそんなたいそうな魔力はありません」
「ああ、大丈夫ですよ。なんといえば良いでしょうかね。この家はずっと寂しかったのです。そこに若いヘレナ様がいらして、家畜たちと日々の暮らしを重ねる…。そうしたら記憶がだんだんと薄れていくのですよ。良い事です」
「まるで、家が生きているような口ぶりね」
叔母はそっと壁に手をやり、優しく撫でた。
すると、なんとなく周囲の明るさが増したような気がする。
「ええ。そう思って頂ければ」
サイモン・シエルは不思議な人だ。
ゆったりとした柔らかな言葉を聞くうちに、初日にここに立った時の重苦しさと暗さそして寒さを、ヘレナはもう思い出せないことに気づく。
「これからしばらく、よろしくね」
天井を見上げて囁くと、ふわりと身体が暖かくなった。
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