17 / 332
金髪碧眼伯爵夫人vs.金髪碧眼秘書、仁義なき戦い
しおりを挟む「・・・ストラザーン伯爵夫人が、よもやブライトン子爵家のご息女だったとは思いませんでした」
「ホランド!!」
ホランドの皮肉に全員の視線が集まり、コールが顔色を変えて止めに入った。
「そうね。あなたに言わせれば、ゴドリーに土下座して二千ギリアを恵んでもらったハンス・ブライトンの実妹が何をほざいてやがる、…ってとこかしら?」
「ご無礼を申し訳ありません、ストラザーン伯爵夫人・・・」
コールの謝罪を、カタリナは片手を上げてさえぎる。
「構わないわ、その辺を白黒はっきりさせないとあなた方も困るでしょうし」
扇子を口元に当てて、ゆるりと微笑んだ。
「ホランド卿、あなたが挙式の二日後に王立図書館へ行き、二十三年前から数年間の貴族年鑑の閲覧したのは知っているわ。私の経歴を調べるためにずいぶんと面白いコネを使ったのね」
この国で貴族年鑑は爵位を拝命している各家に配布され、毎年刷新される。
旧版は新版と交換で、回収したものは王立図書館がすべて廃棄、原本は侯爵以上の当主もしくは委任状を持った代理以外入室できない閉架書庫に納められている。
規定通りにいけば、ホランドが閲覧することは不可能。
「・・・ご存じでしたか」
平然と応じるホランドをカタリナはじっと見つめ続ける。
「まあ、ヘレナの口からあなた方に『叔母の嫁ぎ先の養女になった』と告げさせた時点で、ハンスの妹と宣言したのも同然だし。そもそも秘密というほどのことではないから別にいいのよ、それはね」
「ただ、あなたが私の経歴を確認した結果がこれなら、残念だわ」
「・・・は?」
「あなた、主になんて言ったの?ヘレナの叔母は、ブライトン子爵の籍を抹消するために金の力で三回も転籍した女で、王族を母に持つリチャード様よりずっと格下だから相手をする必要はない。・・・そんなところかしら」
「まるでご覧になっていたかのような口ぶりですね。まさか、使用人を買収されたのですか」
挑戦的を通り越して、まるでカタリナを見下したような口ぶりに、クラークがホランドの腕を引く。
「やめるんだ、ライアン!」
「ああ、いいのよ、クラーク卿。あまりにも予想通りでこちらとしては爆笑ものだから」
カタリナは余裕の笑みを浮かべたままだ。
「最初にヨーク子爵、次にトレヴァー辺境伯爵、最後はダルメニ侯爵。それぞれの家の養女になったのは、何故なのか。それがだれの指示だったのかまでは追跡せず、そして全く何も考えなかったようね。ライアン・ホランド」
艶やかに光る黄金の髪、理知的な青い瞳、白磁のようなきめ細かな白い肌、すっと通った鼻筋、バラ色の唇。
長い首と腕、細く締まったウエスト。
とても三十代後半には見えない若々しくも美しい容姿。
宮廷の薔薇として今も咲き誇り、芸術の女神とも讃えられるカタリナ・ストラザーン。
「夫が私を見初めて慣例を無視して妻にすると決めた時、義父は私にブライトンと縁を切ること、婚約期間の三年間とある家々の養女になることを課した。単純に私の経歴を洗い流すために見えたでしょうけれど、実際は当時バラバラだった国内の貴族の結束に私を利用したのよ。もちろん役に立たなかったら捨て駒にするつもりだったけれど、期待以上の仕事をして義父の鼻を明かしてやったわ」
「・・・自慢ですか、それは」
不快気に眉を顰めるホランドに、カタリナは手の甲を口に当て声を上げて笑った。
「本当に、あなたは・・・。空っぽと罵ってあげたら良いの?それとも遅い反抗期ねと甘やかして欲しいの?」
「な・・・っ」
「今の話、全く分からなかったようだから、優しく教えてあげるわ。私は確かに没落下位貴族の娘だけど、転籍を繰り返すうちに多くを味方につけ、それは今も続いているからこそ、あなたの行動は筒抜けだったということなのよ」
ホランドの顔色がみるみる変わっていく。
「その多くって、何が含まれているかわかるかしら、コール卿」
「・・・王宮、ですね」
コールは息をついた。
ホランドは監視され、泳がされていた。
国家の危機などではなく、たかだか父に売られた子爵令嬢のために貴重な人材を使い、それが許されるほどの力。
「正解」
「・・・この度の無礼の数々、大変申し訳ありませんでした。これは私の失態です。いかようにも罰を受ける覚悟です」
「誠に申し訳ありません。私も責任を取ります」
呆然と立ち尽くすホランドをそのままに、コールとクラークが頭を下げる。
「その必要はないわ。貴方たちはヘレナの雇用主なのだし。ただし、この書類に貴方たちのサインを貰うわね」
「はい」
二人は先ほどの書類にすぐさま署名した。
ヘレナとストラザーンとの交流の容認、商会の出入り。
予定にはなかったことだが、こうなると従うほかない。
「確かに」
秘書官とともにサインの確認をし、カタリナは頷く。
若い彼らは知らない。
二十数年前の帝国は平穏に見えて水面下では貴族たちの権力闘争で混乱し、一歩間違えはドミノ倒しになるところだったことを。
それを未然に防ぎ国内をまとめていったのは前ストラザーン伯爵の功績だ。
成功と引き換えに当主は家門で絶対君主となり、次期当主ですら家臣扱いになった。
それが、ヘレナをぎりぎりまで助けることができなかった原因だ。
義父はたしかに功臣だ。
しかし、家族にとっては・・・。
カタリナは頭を振って、亡き義父への思いに蓋をする。
「ライアン・ホランド」
「・・・はい」
もう彼から傲慢な態度はすっかり消え、うつろに開かれた瞳にカタリナの姿が映る。
「今回の貴方の言動は単なる余興で、私の挑発にやすやすと乗っただけのことにしてあげる。貴方の生家に敬意を表して今回は罪に問わない」
ホランドがカタリナの実家の爵位を持ち出し見下せたのは、彼が伯爵家に籍があるからだ。
「それと誤解を解いておかないとあなた方の仕事が増えるだけだから言っておく。私が伝手を使ったのは外でのホランドの動きだけ。屋敷内のことは今も知らないわ。ただね。挙式当日に関しては詳細な情報が即、耳に入ったから、こうして動くことになったわけよ」
「え…?」
三人はいちようにぽかんと口を開いた。
「これからテリーとちょくちょく顔を出してくれるそうだから紹介するわね。魔導士庁職員のサイモン・シエル。彼があなた方のヘレナに対する扱いを見るに見かねてストラザーンへ通報してくれたのよね」
「は・・・?」
カタリナの背後に控える背の高い魔導士とヘレナの関わりがわからない。
濃い灰色の髪にラピスラズリの瞳。
そしてライアンの華やかさと対極にある静かな美貌。
一度でも見かけたなら、これほどの男を自分たちが忘れるはずはない。
困惑する彼らの前で、ローブ姿の男が薄い唇を上げてにこりと笑った後すっと頭から首に手を滑らせる。
「あ・・・っ。おまえ…っ」
思わず、クラークが粗野な言葉を吐きだした。
雑に伸びた鼠色の頭髪、あばたの跡がくっきり残る肌。額と頬骨とアゴが高く突き出て岩のような輪郭、そして極めつけは歪んだ分厚い唇。
この男なら、忘れるはずがない。
リチャードとコンスタンスの挙式を執り行った司祭だ。
「改めまして、魔導士のサイモン・シエルです。前職は司祭でしたが一週間ほど前に助祭ともども年季が明けまして。二人そろって魔導士庁へ転職しました。いやあ、先日はけっこうなお式でしたね」
にかっと不揃いで大きな歯を見せて笑う。
「あの日頂いた奉納金は無事神の元へ納められたのでご安心を。ちなみに私どもを含めあの場にいた信徒たちは一銭もおこぼれを預かってはおりませんので、そちらも安心なさってくださいね」
口元にかざした指先にふっと息を吹きかけた瞬間、稀代の醜男は消え、エルフと見まごう美青年が現れた。
「あ、こっちが本物です。素のままでいると尻の穴が破壊されるので仕方なく」
清らかな色で理想的な形の唇から、聞いてはならない言葉が出たような気がする。
「・・・」
応接間に再び沈黙が落ちた。
48
お気に入りに追加
465
あなたにおすすめの小説

【完結】没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら
Rohdea
恋愛
婚期を逃し、没落寸前の貧乏男爵令嬢のアリスは、
ある日、父親から結婚相手を紹介される。
そのお相手は、この国の王女殿下の護衛騎士だったギルバート。
彼は最近、とある事情で王女の護衛騎士を辞めて実家の爵位を継いでいた。
そんな彼が何故、借金の肩代わりをしてまで私と結婚を……?
と思ったら、
どうやら、彼は“お飾りの妻”を求めていたらしい。
(なるほど……そういう事だったのね)
彼の事情を理解した(つもり)のアリスは、その結婚を受け入れる事にした。
そうして始まった二人の“白い結婚”生活……これは思っていたよりうまくいっている?
と、思ったものの、
何故かギルバートの元、主人でもあり、
彼の想い人である(はずの)王女殿下が妙な動きをし始めて……

うまい話には裏がある~契約結婚サバイバル~
犬飼春野
恋愛
ナタリアは20歳。ダドリー伯爵家の三女、七人兄弟の真ん中だ。
彼女の家はレーニエ王国の西の辺境で度重なる天災により領地経営に行き詰っていた。
貴族令嬢の婚期ラストを迎えたナタリアに、突然縁談が舞い込む。
それは大公の末息子で美形で有名な、ローレンス・ウェズリー侯爵27歳との婚姻。
借金の一括返済と資金援助を行う代わりに、早急に嫁いでほしいと求婚された。
ありえないほどの好条件。
対してナタリアはこってり日焼けした地味顔細マッチョ。
誰が見ても胡散臭すぎる。
「・・・なんか、うますぎる」
断れないまま嫁いでみてようやく知る真実。
「なるほど?」
辺境で育ちは打たれ強かった。
たとえ、命の危険が待ちうけていようとも。
逞しさを武器に突き進むナタリアは、果たしてしあわせにたどり着けるのか?
契約結婚サバイバル。
逆ハーレムで激甘恋愛を目指します。
最初にURL連携にて公開していましたが、直接入力したほうが読みやすいかと思ったのであげなおしました。
『小説家になろう』にて「群乃青」名義で連載中のものを外部URLリンクを利用して公開します。
また、『犬飼ハルノ』名義のエブリスタ、pixiv、HPにも公開中。

辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元敵国の人質になったかと思ったら、獣人騎士に溺愛されているようです
安眠にどね
恋愛
血のつながらない母親に、はめられた主人公、ラペルラティア・クーデイルは、戦争をしていた敵国・リンゼガッド王国へと停戦の証に嫁がされてしまう。どんな仕打ちを受けるのだろう、と恐怖しながらリンゼガッドへとやってきたラペルラティアだったが、夫となる第四王子であり第三騎士団団長でもあるシオンハイト・ネル・リンゼガッドに、異常なまでに甘やかされる日々が彼女を迎えた。
どうにも、自分に好意的なシオンハイトを信用できなかったラペルラティアだったが、シオンハイトのめげないアタックに少しずつ心を開いていく。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。
稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」
兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。
「取引……ですか?」
「ああ、私と結婚してほしい」
私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか……
ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。
* * * * * * * * * * * *
青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。
最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。
リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。
※ゆる〜い設定です。
※完結保証。
※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる