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はちのひとさし
しおりを挟むフェイ曰く、ラースに関してはゲームの設定どおり幼いころから神童と呼ばれそのまま魔力知力ともに破格の実力を保持し続けているらしい。
「ちなみに、オーロラってこの間以外で死にかけたことない?」
問われてオーロラはしばらく考えを巡らせる。
「…そういや…。五年くらい前かな…。体調不良続きでもう駄目だってなりかけたような。頭痛吐き気高熱が続いて、最後の日はたっくさん血を吐いてたりして、枕とかシーツが真っ赤に染まって私よりもみんなが泣いていたわ。でも、ある朝ケロッと治ったのよね」
過ぎてしまったことなのですっかり忘れていたが。
全身を大きな見えざる手によってぎりぎりと雑巾のように搾り上げられている夢にうなされながら、もうこれは死ぬなとどこか冷静に思っていた。
「うん、多分ビンゴかな。一応執事さんとかナンシーたちに当時の記録を見せてもらうけど」
「何が?」
「その頃にね、ハリスが急死したんだよ。ある朝使用人が寝台の上を見たらね。カスッカスのミイラみたいになったハリスが凄い状態で転がっていたんだって」
「すごい…とは」
「うん、なんかの呪いにかかってめっちゃくちゃ苦しんで死にましたって感じ?」
目と口をを見開き、両手を天に向けてすがるように突き出したままの姿だったとか。
「それって、まるで呪詛返し…。こっちの世界ってそんなんあるんだっけ」
「うーん、なくはないんだけど、今回のはちょっと違うんだよね」
言うなり、フェイはぱっとタブレット端末を切り替える。
画面から光が立ち上り、三人の前に図が立体的に浮かび上がった。
「オーロラの魔力と生命力と魅力を削いで、なおかつ監視するあの装置なんだけどさ。多分、『あちら側』にコントローラーのようなものがあったみたいでね。一度最大出力に上げた形跡があるんだ」
「んん? ごめん意味が解らない」
「ええとねー。ようはさ。アニメとかで機関車をめっちゃ走らせるシーンあるじゃん。そん時に炉の中に石炭どんどん突っ込むよね。それと同じ。超特急で動かしたいならエネルギーをどんどん食わせればいいわけで、それの逆転」
「ああ、ようはオーロラの命を急速に吸い上げてとっとと殺そうとしたってことか!」
ぽんと両手を打ち合わせ、ミシェルはげに恐ろしきことを口にする。
「マジそれな」
びしいと両手の人差し指をミシェルに向けて、フェイはキメた。
「…え~…」
なんだか嬉しくない答え合わせだ。
「でさでさ。解析しているうちに作り手がこっそりトラップをかけていたってのが解ったんだよ」
庭に埋められていた術具を開けるとオーロラの毛髪を含ませて固めた魔石があったが、その下に薄い小さな板が必ず紛れていて、それを開くとわずかな毛髪が見つかったらしい。
そして、林檎の木に埋まっていた気味の悪いモノも然り。
そちらは入念に編み込まれていたそうだ。
発見された毛髪は色と質感からリンジー家の男子に多いもので、ハリス・リンジーを連想させる。
彼は、腰に届くほど長い豊かな髪を優雅に波打たせて歩くのが好きだった。
採取するのは容易だっただろう。
「その男は多分、何か弱みを握られて携わったんだろうね。だってさ。幼い女の子が孤独になるように仕向けるだけじゃなくて、じわじわと弱らせる機能を付けろなんて正気の沙汰じゃない。しかも、場合によっては即病死を装えるスイッチを搭載させていたんだよ」
そこで、彼はささやかな抵抗を試みた。
もし、最悪の選択をした場合、最終的にはオーロラではなくハリス・リンジーの命を召し上げるように仕組んだのだ。
「あ、ちなみにパシリのマルコは十年ほど前から行方不明らしいから、おそらくは納品次第消されたんじゃないかって」
まさに、蜂の一刺しというところか。
「…んん? それってなんか回りくどくない? 最初から死のスイッチ押したら術具が壊れる仕様にした方が簡単な気がするけど」
「そうなんだけど、既に神童・ラースが生まれていたから、早々にバレたら改良されてしまうと思ったんだろうね」
「でも、そんな呪詛返しみたいな死に方していたらバレバレじゃん。どうして掘り返さなかったんだろう」
「それは、ハリスは死んだとき、実際に呪詛返しめいたことがあったからなんだと思う」
こちらの話の方が魔導師たちの間で有名だったらしい。
ハリスは死ぬ半月前くらいから妙に浮かれていて、自分はこのままでは終わらない、いずれ誰もがひれ伏す立場になると漏らしていたという。
その一環で、彼は『身辺整理』をした。
「叩けば埃がどんどん出る男でね。例えば令嬢の食い逃げとか」
「くいにげ」
「それで、妊娠した没落令嬢を赤ん坊ごと消そうとしたのがちょうどミイラ化の夜で」
煙幕系毒の術符を女性の家の暖炉の隅に貼り、真夜中に術を展開させ明け方には何事もなかったように…。
『原因不明の突然死』を装うつもりだった。
ところが元令嬢とハリスの交際を反対し疎遠になっていた女友達が偶然訪ねて来て異変に気付き、呪術の展開は阻止された。
「獣人の血を引く魔導女戦士だったらしいんだよね。妙な匂いがするって見つけて剥がして終了。翌朝クズは遺体で発見ってやつ」
その後様々な呪いの術符の習作がハリスの書斎から発見され、死因はこれを多用したせいではないかという結論に至った。
「まあ、低能クズ男の作ったちゃちな術符なんかでそんな強力な呪詛返しに遭うわけないとみんな思っているけどね」
魔導師の怪死に関わりたい者などいない。
余談だが、捨てられた令嬢は自活し親友と子どもと三人でしあわせにくらしている。
「でも、依頼主にはバレているんじゃないの」
「術具がそのまま何事もなかったかのようにフツーに動いていたし、オーロラも生きていたから、クランツ側は誰も気づかなかったんじゃないかな」
ハリスの容姿は美しく有能さを装う腕に関しては一級で、家族も雇い主も張りぼてだと気づかなかった。
その時、ラースは深く関わっていなかったのか掘り出して確認された形跡がない。
「ようは、一回目のオーロラ殺害は馬鹿男の暴走だった。主命ではなく」
「んん~んんん? ごめん、せっかく説明してくれているけれど一ミリも理解できない」
オーロラは早々に白旗を上げた。
「依頼主に殺意はなかったんだよ。むしろ殺したくない、かな。多分無事エンディングを迎えてほとぼりが冷めた頃にどこか…。他国とか辺境とかかかわりのない土地に解き放つつもりだったんじゃないかって、じいちゃんは言ってたよ」
「え? でも、私、この間死にかけたよね? 矛盾してない?」
「経営者が変わったんじゃない? 私が勤めてたスーパー、娘婿が社長になった途端に草木も生えないコストカットぶりだったもん」
ミシェルは肩をすくめる。
「うん。うちらもそう考えた。トップ交代だね。オーロラになんらかの情を持ち細く長くひっそりと生き延びて欲しいと願った人と、最愛のためならいくらでも非情になれる人と」
「生きて…欲しい…かあ」
オーロラは顎に手を当ててしばらく考え込む。
「あのさあ。お二人に、つかぬことをお聞きしますが…」
『鈴音』は『心愛』主導のゲーム展開しかしらない。
しかも甘やかされて育った引きこもりで、この世界に対する設定から何から知識がなさすぎる。
だから、尋ねるしかない。
「もしかして…」
真実の愛を。
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