上 下
40 / 40

はちのひとさし

しおりを挟む

 フェイ曰く、ラースに関してはゲームの設定どおり幼いころから神童と呼ばれそのまま魔力知力ともに破格の実力を保持し続けているらしい。

「ちなみに、オーロラってこの間以外で死にかけたことない?」

 問われてオーロラはしばらく考えを巡らせる。

「…そういや…。五年くらい前かな…。体調不良続きでもう駄目だってなりかけたような。頭痛吐き気高熱が続いて、最後の日はたっくさん血を吐いてたりして、枕とかシーツが真っ赤に染まって私よりもみんなが泣いていたわ。でも、ある朝ケロッと治ったのよね」

 過ぎてしまったことなのですっかり忘れていたが。

 全身を大きな見えざる手によってぎりぎりと雑巾のように搾り上げられている夢にうなされながら、もうこれは死ぬなとどこか冷静に思っていた。

「うん、多分ビンゴかな。一応執事さんとかナンシーたちに当時の記録を見せてもらうけど」

「何が?」

「その頃にね、ハリスが急死したんだよ。ある朝使用人が寝台の上を見たらね。カスッカスのミイラみたいになったハリスが凄い状態で転がっていたんだって」

「すごい…とは」

「うん、なんかの呪いにかかってめっちゃくちゃ苦しんで死にましたって感じ?」

 目と口をを見開き、両手を天に向けてすがるように突き出したままの姿だったとか。

「それって、まるで呪詛返し…。こっちの世界ってそんなんあるんだっけ」

「うーん、なくはないんだけど、今回のはちょっと違うんだよね」

 言うなり、フェイはぱっとタブレット端末を切り替える。
 画面から光が立ち上り、三人の前に図が立体的に浮かび上がった。

「オーロラの魔力と生命力と魅力を削いで、なおかつ監視するあの装置なんだけどさ。多分、『あちら側』にコントローラーのようなものがあったみたいでね。一度最大出力に上げた形跡があるんだ」

「んん? ごめん意味が解らない」

「ええとねー。ようはさ。アニメとかで機関車をめっちゃ走らせるシーンあるじゃん。そん時に炉の中に石炭どんどん突っ込むよね。それと同じ。超特急で動かしたいならエネルギーをどんどん食わせればいいわけで、それの逆転」

「ああ、ようはオーロラの命を急速に吸い上げてとっとと殺そうとしたってことか!」

 ぽんと両手を打ち合わせ、ミシェルはげに恐ろしきことを口にする。

「マジそれな」

 びしいと両手の人差し指をミシェルに向けて、フェイはキメた。

「…え~…」

 なんだか嬉しくない答え合わせだ。

「でさでさ。解析しているうちに作り手がこっそりトラップをかけていたってのが解ったんだよ」

 庭に埋められていた術具を開けるとオーロラの毛髪を含ませて固めた魔石があったが、その下に薄い小さな板が必ず紛れていて、それを開くとわずかな毛髪が見つかったらしい。

 そして、林檎の木に埋まっていた気味の悪いモノも然り。
 そちらは入念に編み込まれていたそうだ。

 発見された毛髪は色と質感からリンジー家の男子に多いもので、ハリス・リンジーを連想させる。
 彼は、腰に届くほど長い豊かな髪を優雅に波打たせて歩くのが好きだった。
 採取するのは容易だっただろう。

「その男は多分、何か弱みを握られて携わったんだろうね。だってさ。幼い女の子が孤独になるように仕向けるだけじゃなくて、じわじわと弱らせる機能を付けろなんて正気の沙汰じゃない。しかも、場合によっては即病死を装えるスイッチを搭載させていたんだよ」

 そこで、彼はささやかな抵抗を試みた。
 もし、最悪の選択をした場合、最終的にはオーロラではなくハリス・リンジーの命を召し上げるように仕組んだのだ。

「あ、ちなみにパシリのマルコは十年ほど前から行方不明らしいから、おそらくは納品次第消されたんじゃないかって」

 まさに、蜂の一刺しというところか。

「…んん? それってなんか回りくどくない? 最初から死のスイッチ押したら術具が壊れる仕様にした方が簡単な気がするけど」

「そうなんだけど、既に神童・ラースが生まれていたから、早々にバレたら改良されてしまうと思ったんだろうね」

「でも、そんな呪詛返しみたいな死に方していたらバレバレじゃん。どうして掘り返さなかったんだろう」

「それは、ハリスは死んだとき、実際に呪詛返しめいたことがあったからなんだと思う」

 こちらの話の方が魔導師たちの間で有名だったらしい。
 ハリスは死ぬ半月前くらいから妙に浮かれていて、自分はこのままでは終わらない、いずれ誰もがひれ伏す立場になると漏らしていたという。
 その一環で、彼は『身辺整理』をした。

「叩けば埃がどんどん出る男でね。例えば令嬢の食い逃げとか」

「くいにげ」

「それで、妊娠した没落令嬢を赤ん坊ごと消そうとしたのがちょうどミイラ化の夜で」

 煙幕系毒の術符を女性の家の暖炉の隅に貼り、真夜中に術を展開させ明け方には何事もなかったように…。
 『原因不明の突然死』を装うつもりだった。

 ところが元令嬢とハリスの交際を反対し疎遠になっていた女友達が偶然訪ねて来て異変に気付き、呪術の展開は阻止された。

「獣人の血を引く魔導女戦士だったらしいんだよね。妙な匂いがするって見つけて剥がして終了。翌朝クズは遺体で発見ってやつ」

 その後様々な呪いの術符の習作がハリスの書斎から発見され、死因はこれを多用したせいではないかという結論に至った。


「まあ、低能クズ男の作ったちゃちな術符なんかでそんな強力な呪詛返しに遭うわけないとみんな思っているけどね」

 魔導師の怪死に関わりたい者などいない。
 余談だが、捨てられた令嬢は自活し親友と子どもと三人でしあわせにくらしている。

「でも、依頼主にはバレているんじゃないの」

「術具がそのまま何事もなかったかのようにフツーに動いていたし、オーロラも生きていたから、クランツ側は誰も気づかなかったんじゃないかな」

 ハリスの容姿は美しく有能さを装う腕に関しては一級で、家族も雇い主も張りぼてだと気づかなかった。
 その時、ラースは深く関わっていなかったのか掘り出して確認された形跡がない。

「ようは、一回目のオーロラ殺害は馬鹿男の暴走だった。主命ではなく」

「んん~んんん? ごめん、せっかく説明してくれているけれど一ミリも理解できない」

 オーロラは早々に白旗を上げた。

「依頼主に殺意はなかったんだよ。むしろ殺したくない、かな。多分無事エンディングを迎えてほとぼりが冷めた頃にどこか…。他国とか辺境とかかかわりのない土地に解き放つつもりだったんじゃないかって、じいちゃんは言ってたよ」

「え? でも、私、この間死にかけたよね? 矛盾してない?」

「経営者が変わったんじゃない? 私が勤めてたスーパー、娘婿が社長になった途端に草木も生えないコストカットぶりだったもん」

 ミシェルは肩をすくめる。

「うん。うちらもそう考えた。トップ交代だね。オーロラになんらかの情を持ち細く長くひっそりと生き延びて欲しいと願った人と、最愛のためならいくらでも非情になれる人と」

「生きて…欲しい…かあ」

 オーロラは顎に手を当ててしばらく考え込む。

「あのさあ。お二人に、つかぬことをお聞きしますが…」

 『鈴音』は『心愛』主導のゲーム展開しかしらない。
 しかも甘やかされて育った引きこもりで、この世界に対する設定から何から知識がなさすぎる。
 だから、尋ねるしかない。

「もしかして…」

 真実の愛を。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

キジトラーン
ネタバレ含む
犬飼春野
2024.04.11 犬飼春野

キジトラーンさま

感想と励ましをありがとうございます。

そういやそうだ、ここも五人。
実は乙女ゲームに関して大昔にちょろっと見たアンジェリークと遙かなる時空の中でしか記憶がなく、その攻略対象が五人くらいかな? と思ったら違った。ウィキのぞいたら少なくとも八人いた。
勤勉だったんだな、アンジェリーク……
今どきのがっつり恋をする乙女ゲームはどうなるだろう。
こちらとしては五人でも多いかなって状態です。
ムーンでもっと大所帯の逆ハー読んで、やれるやろと思ったのだけど難しい~
大丈夫かエレクトラ。

解除
ノコノコ
2024.01.15 ノコノコ
ネタバレ含む
犬飼春野
2024.01.16 犬飼春野

ノコノコさま

感想ありがとうございます。
何を書いてもネタバレになりそうなので、残念ながら今はお答えできないのですが。
ボロボロと色々出てきますので。
お楽しみに。

解除

あなたにおすすめの小説

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる
恋愛
マリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢は王命により結ばれた婚約者ツィータードに恋い焦がれるあまり、言いたいこともろくに言えず、おどおどと顔色を伺ってしまうほど。ある時、愛してやまない婚約者が別の令嬢といる姿を見、ふたりに親密な噂があると耳にしたことで深く傷ついて領地へと逃げ戻る。しかし家族と、幼少から彼女を見守る使用人たちに迎えられ、心が落ち着いてくると本来の自分らしさを取り戻していった。それは自信に溢れ、辺境伯家ならではの強さを持つ、令嬢としては規格外の姿。 素顔のマリエンザを見たツィータードとは関係が変わっていくが、ツィータードに想いを寄せ、侯爵夫人を夢みる男爵令嬢が稚拙な策を企てる。 ※2022/3/20マリエンザの父の名を混同しており、訂正致しました。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 本編は37話で完結、毎日8時更新です。 お楽しみいただけたらうれしいです。 よろしくお願いいたします。

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

魔力無しの聖女に何の御用ですか?〜義妹達に国を追い出されて婚約者にも見捨てられる戻ってこい?自由気ままな生活が気に入ったので断固拒否します〜

まつおいおり
恋愛
毎日毎日、国のトラブル解決に追われるミレイ・ノーザン、水の魔法を失敗して道を浸水させてしまったのを何とかして欲しいとか、火の魔道具が暴走して火事を消火してほしいとか、このガルシア国はほぼ全ての事柄に魔法や魔道具を使っている、そっちの方が効率的だからだ、しかしだからこそそういった魔力の揉め事が後を絶たない………彼女は八光聖女の一人、退魔の剣の振るい手、この剣はあらゆる魔力を吸収し、霧散させる、………なので義妹達にあらゆる国の魔力トラブル処理を任せられていた、ある日、彼女は八光聖女をクビにされ、さらに婚約者も取られ、トドメに国外追放………あてもなく彷徨う、ひょんなことからハルバートという男に助けられ、何でも屋『ブレーメンズ』に所属、舞い込む依頼、忙しくもやり甲斐のある日々………一方、義妹達はガルシア国の魔力トラブルを処理が上手く出来ず、今更私を連れ戻そうとするが、はいそうですかと聞くわけがない。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。