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悪夢に泣く

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 まずは、何としてでも手に入れるべきは聖力。
 それが、『ヒロイン』の絶対条件だからだ。

 エレクトラは前世のゲームの記憶をもとに、オーロラのフラグを折ることに集中した。

 しかし、何事にも保険は必要。
 エレクトラ自身が陣頭指揮に当たってはならないのだ。

 そこで。

「ふ……ええ……。おかあさまあ、おとうさまあ……。たすけて…」

 一晩中、悪夢にうなされて号泣することを何度も繰り返す。

 そして、次第にやつれ笑わなくなった幼い公女に、使用人も両親も心を痛めた。

 公爵は家庭を何よりも大切にする男になっていて、舌っ足らずな娘の訴えを見過ごすことができない。
 医師を交えて根気強く聞き出し、エレクトラのたどたどしい説明から、やがて恐ろしい夢の内容を知る。

 オーロラという少女に魅了された若者たちが国を荒廃させ、エレクトラは冤罪で処刑されると。

 小さな口が紡ぐ断罪後の迫害の数々は目を覆いたくなるほど残虐だった。

 三歳が見る夢にしては生々しすぎる。

 そのぐらいの歳の幼児は時として不思議なことを口にすることもあるらしいと医師は楽観した意見をして、大人たちが納得しそうになったところで事件が起きた。

 場所は王宮。

 エレクトラはある若い侍女が窃盗の疑いを向けられ、失意のあまり自ら命を絶った夢を見たと語り、それは全て合致した。

 盗まれたのは王妃の耳飾り。

 新入りの侍女が疑われたが本人は否定し、その耳飾り自体はたいして貴重な品ではなかったので王妃は下賜したと言ってその場をおさめた。

 しかしそれがますます同僚たちの妬みをあおったのか、数日後にその侍女の遺体が発見されることとなる。彼女の持ち物から耳飾りは見つからず、結局うやむやのまま幕を下ろすのだが、エレクトラはその耳飾りは上級侍女しか出入りできない王族専用の図書室の本棚の中に隠されているとまで明かしていたため、公爵は耳飾りの紛失事件を聞くや否や、図書室を検めることを進言した。

 結果、耳飾りは見つかった。

 その図書館は王宮の最奥にあり、いくつかの検問を通らずにたどり着くのは不可能。
 犯人だと名指しされていた侍女は、その図書室へ入る権限など持つはずもなく。

 疑いはすぐに晴れ、エレクトラの夢で命を落とした侍女は助かった。
 そして彼女を陥れようと王妃の所持品を隠匿した侍女たちは全て捕らえられ、刑に処された。

 この事件によりエレクトラの悪夢は未来視のようなものではないかと大人たちはとらえ、聖女になる可能性を考えるようになる。

 なぜエレクトラはまずその事件を親に話したかというと、その侍女が攻略対象の一人であるゲオルグの親族だったからだ。

 本来ならば、王子ハロルドとの好感度を上げて王族の図書室へ案内されたオーロラが偶然耳飾りを見つけ、ゲオルグと家族の無念を晴らすエピソードが存在していたが、それをまるまる夢で見たことにした。

 これで、オーロラが耳飾りを見つけることはない。

 さらに騎士ゲオルグの傷心エピソードをなくすとともに、『叔母の冤罪を晴らしてくれた公女』として彼の家族の記憶に刻まれた。

 おかげで、のちの護衛騎士となるゲオルグの好感度はすでにほぼ百パーセントに達し、以後下がることはない。

 以来、エレクトラはことあるごとに悪夢に泣き、周囲の大人はそんな未来を変えようと尽力した。

 もちろん、その中にはオーロラの案件も含まれている。

 公爵は裏社会の伝手などを使い、オーロラとその家族を見張らせ、手の者に没落させないように財産を定期的に監督させた。

 本当はオーロラたちをさっさと殺してしまった方が早いと何度も思ったが、最後の決断の時になるとなぜか中止を命じてしまう。
 己の不甲斐なさに腹を立てながらも、まだ何も犯していないし、オーロラもまた非力な子供なのだと公爵は思い直した。
 監視者から送られてくる映像の少女のあどけない表情に、常になく罪の意識が芽生えるが、すぐに愛娘の泣き顔を思い出し隅に追いやった。

 初心を忘れてはならない。
 エレクトラ・クランツを守るのだ。

 己の不甲斐なさに腹を立てながらも、まだ何も犯していないし、オーロラもまた非力な子供なのだと公爵は思い直した。

 そもそも、母親自身があやまちの子であるオーロラを疎んでいるのは明らか。
 自分でなくとも、いずれ彼女がことを起こすだろう。
 その時に少し手を貸せばいい。

 公爵家は静かに爪を研ぎながらトンプソン家を見守った。

 やがてそれはオーロラの住まいに植えられた林檎の木など陰湿な呪いの仕込みの数々へと発展していくのだ。


 そうしておよそ五年でエレクトラは丹念にオーロラと関わるフラグを折り、聖力を手に入れた。

 本来ならば、オーロラが様々な苦労を経て十歳となってようやく手にするヒロインの特権を短い間にことごとく我が物とし、ますます周囲に愛されていった。


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