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魅了の逆転、つまりは忌避

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 透明な箱の中に閉じ込められた青紫色の物体は相変わらずウゴウゴと蠢いている。

「グロい…」

 あの黒い石にしてもこれにしても、あからさまに邪悪だ。

「お嬢様は『魅了』という禁忌魔法をご存じですか?」

 フランコに問われてオーロラは首を振った。

「ようは強制的に好意を持つように操り、崇拝もしくは執着に近い愛を得る術です。人を呪い殺すことと同じようにこの世界では禁じられている魔法なのですが、方法は一つとは限らないため、完全な撲滅に至っていません」

 視覚、嗅覚、聴覚など感覚から働きかけて感情を改変させるため、古くは闇か光のみと考えられていたが魔力や魔道具次第でいくらでも魅了は可能だという研究結果が出ているらしい。

「なるほど」

「それでこの物体ですが、『魅了の逆転』だと思います」

「魅了の逆?」

「つまりは、『忌避』。お嬢様と接触した外部の者は必ず貴方様を嫌い、避けたがるよう仕向けられていたのです」

 この『忌避』魔法も歴史の裏側で密かに存在し続けているのだと言う。

 例えば次の王座を争う王子たちがいたとする。
 相手を蹴落とすために誰もが手段を択ばない。
 血統、財力、派閥、後見の力をもってしてもライバルに勝てない場合、『魅了』もしくは『忌避』を使い、人心を掌握した例があった。

 もちろんそれは許されざること。
 しかし、色々な機関が取り締まっても新たな方法が編み出されてしまうのが現実なのだ。

「正直なところ、今回この屋敷に仕込まれた二重の呪術はどれも新たな発見と言いますか…」

「あのね」

 祖父の説明にまどろっこしさを感じたフェイは割って入り、ぺらぺらと説明を始めた。

「これほど執念深い仕掛けは初めてだよ。とくに、これね。林檎の木の枝葉から忌避魔法が発せられていたんだと思うよ。あっちで言うなら電波塔みたいな感じ? そんでこっちももちろん動力源はオーロラの生命力と魔力。大掛かりな分、ほんのちょっとの働きでものすっごくエネルギーを食う古き良きアメ車みたいなヤツで、多分、木が倒れたの嵐の日って、宿主であるオーロラはガス欠状態になったんだよ」

「…は?」

「さっきのねえちゃんの話を聞いていて考えんだけど。十中八九、林檎の木が倒れた時。オーロラは死んだはずだった…いや、衰弱死を狙った殺人なんじゃないかな」

 衝撃的な解説にオーロラは両手で頭を抱え、考えを巡らせる。

「えええ…」

 あの嵐の最中は、本当に最悪で何度ももう死ぬかもしれないと思った。

 なのに、翌日昼近くに目覚めると妙に身体が軽くなり、ものを口に入れることができるようにまでなっていたのを思い出す。

 フェイ曰く、倒れた瞬間に根と魔道具のつながりがほぼ切れ、さらに倒木は庭師が切り分けて敷地の外へ持ち出したことにより一切の干渉がなくなったからだろうとのことで、命を削られなくなったオーロラ体調はゆっくりと回復し、凱旋パレードの見学に行けるほどになったわけだ。

「そういや、そんな呪いの林檎の木、庭師のおじいさん大丈夫だったのかしら。まさか、おじいさんに災いが…」

「ああ、それは大丈夫だと思います。数日前に庭師がやってきて、結構な小遣い稼ぎになったと言っておりましたから」

 ロバートがオーロラの不安を即座に打ち消す。

「その庭師が問題の林檎を植えたのですか?」

 フランコが重ねて尋ねると、ロバートは答えつつも質問の意図に気付き青ざめた。

「いいえ。違います。トンプソンの旦那様が連れてきた人たちで……。よくよく考えると、旦那様の言いつけでいきなり敷地の庭を大改造して今の庭になったのでした。彼らは作るだけ作った後去ってしまったので、それ以降通いで雇うものの、どれも長く続かず…」

「もしかしたら、通い故に忌避の効力があったのかもしれませんな」

「実は、今の庭師は獣人の血を引いておられて…。もしかするとそのせいで大丈夫なのかもしれません」

 オーロラにとって初耳だった。
 ちょっと小柄でお腹はコロンとしているけれど手足はがっしりとした頼もしい老庭師を思い浮かべる。

「ほう。何族ですかな」

「亀だと…言っておられました」

 亀。
 なんだか可愛らしくて、ますます親近感がわく。
 マイペースな仕事ぶりながらパワフルだったのは、それゆえなのか。

「それはまた…珍しい。幸運でしたな。たしか亀族は生まれながらにして防御の力を備えていると聞いています。だから彼は普通に働くことが可能だったのでしょう」

「あのう…。そのおじいちゃんなんですが…」

 そこで、リラがまた会話に入る。

「けっこうあちこち掘り返して土を入れ替えたり、病気になった花木とか雑草とかいらないものを積んで乾燥させて落ち葉と一緒に燃やして……よく芋を焼いては私たち使用人にふるまってくれましたよ。それがまたすごく美味しくて…」

「わかった!」

 よほど焼き芋が美味しかったのかリラはうっとりと笑みを浮かべて脱線しかけたが、そこでフェイがぱん、と両手を合わせ大声を上げた。

「それだ。その亀爺さんのせいだ」

 自信満々な様子に、全員の視線が集まる。

「フェイ?」

「さっき、認識阻害の魔道具を埋めた場所がほとんど規則性なくて変だなと思っていたんだよ。普通ならしっかり網目状になるはずなのに、まばらで。ようはノー呪詛な亀爺さんが思うままに掘り繰り返して、芋と一緒にお焚き上げしてしまったんだね。だから樹木とセットの呪いの魔方陣にほころびが出て、おねえちゃんは助かったんだよ。いやもう、これって、その爺さんにチップをめちゃくちゃ弾むべきだね」

「そう致します、すぐにでも」

 ロバートは胸に手を当てて深くうなずく。

「…待って。ようは、幼い時から両親は私を閉じ込めるだけでなく成人前に病死するよう仕組んだってことよね」

「まあ、そうなるね」

「でも、あの両親がこんな綿密な殺人計画を立てるとは到底思えないのよね。殺すつもりなら幼いうちにピクニックにでも誘って川に突き落とすか、馬車に細工して送り出すのがせいぜいよ」

 宙を見つめ顎に手を当てて考えを口にするオーロラを、魔道具師たちは困惑の表情を浮かべ、みまもった。

「…………」

「でも事故死の偽装は目撃者や協力者の裏切りなどでリスクが高い。かと言って他の手なんて思いつかないし、こんな高性能な魔道具を手に入れて施工させる伝手もない。こうなるとやっぱり…」

 黒幕が存在する。
 それも、金も知力も伝手もある立場の人間が。

「すべてはあの方へつながってしまうね。残念ながら」

 フェイは深くため息をつく。


 エレクトラ・クランツ公爵令嬢。
 この世界のヒロインとなった、元悪役令嬢。

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