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執事ロバート・ブロウと侍女ナンシー

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 執事ロバート・ブロウは往診に来てくれた医師を茶菓子でもてなしたのちに謝礼金を渡し、トンプソン家の馬車に載せて見送る。

「ブロウ執事、お嬢様がお呼びです」

 この屋敷の実質的な主人であるオーロラ・トンプソンの専属侍女のナンシーが小走りに近づいてきた。

「どうした。もしかして具合が悪くなったのか?」

 そうならば、直ぐにでも医師を呼び戻さねばならない。

「違います。前よりすこぶるお元気…、いえ。…ええと、お嬢様が何かお話ししたい様子なのです」

 何事か言いかけて慌てて口に蓋をしたナンシーは、とにかく主人の要件を伝えることに集中したようだ。

「ナンシー…」

 この侍女を雇い入れておよそ十年になるが、幼いお嬢様引き合わせてみた途端石になった。

『て、天使…。どうしましょう。ブロウさん、天使がいます。私、天に召されたのですか』

 トンプソン氏の実家で軽く使用人としての教育を軽く受けたのち送られてきた少女は、両手をあわせて恍惚とした表情で五歳のオーロラ嬢を見つめた。

『違います。この方が、これから貴方がお仕えするオーロラ・トンプソン様ですよ』

 伝えるや否や、どさっと床に腰を落とし、四つん這いになり、本物の犬でもこうはいかないだろうと思われる速さでお嬢様の前までたどり着き、平伏した。

『こ、これから、お嬢様のお世話係になります、ナンシーでございましゅ! いくらでもいくらでもこき使ってくだゃしゃい!』

 カミカミのまま、いきなりの下僕宣言。
 ブロウはこの新入りを返品すべきかとさすがに思った。

 しかし、ウサギのぬいぐるみを抱きしめたオーロラ嬢はこの異常なさまに臆することなく、こてりと可愛らしく首をかしげる。

『ナンシー? オーロラの おともだちになってくれるの?』

 くりくりとカールしたストロベリー色のブロンドがふわりと羽のように宙を舞う。

『おじょうさまああああ』

 こうして、オーロラ嬢に魅了された使用人がまた一人増えた。

 以来、ナンシーは幼い主人の二十四時間三百六十五日を舐めるように監視…いや、母のように暖かく見守っている。


  そんなナンシーが珍しく目を離してしまったのが、二日前の凱旋パレードの時だ。

 オーロラ嬢がナンシーとリラを伴としてパレード見物に行ったものの、予想以上の熱狂の渦に巻き込まれ、はぐれてしまった。

 普段なら見つけてもらえるような場所で待つ筈なのに、主もまだまだ少女だ。


 そして近くの人からおすそ分けされた花の入った籠を受け取り、一緒になって歓声を上げ花びらを撒いていたら、その姿が周囲の男たちの眼に釘付けとなった。
 警備隊をはじめ、みな、初々しいバラ色の髪をした少女の愛らしい顔立ちとそれと…。

 さすがにその先は言葉を濁したが、とにかく本人の知らぬところで注目の的となっているさなかに、一足早く祝い酒を飲み泥酔してしまった男が背後からいきなり不埒な真似を働いた。

 間の悪いことに彼女の周りは女子供しかない。

 それを目撃した騎士たちが慌てて駆け付けようとしている中、『無我夢中でもがいているうちに』オーロラ嬢の手が男の下半身に強く当たり、事なきを得たという。

 逮捕した男は酒を飲むと女性に不埒な真似を働く常習犯で周囲に嫌われており、次に同じ騒動を起こしたら強制労働と言い渡されていたこともあり、数日中に辺境の鉱山へ送り出されるらしい。
 これで、間違ってもその汚らわしい男が再びお嬢様の目の前に現れることはないだろう。

 とりあえず一つ片付いたことにブロウは安堵しながらも、不安がよぎる。

 頭痛で倒れる直前の『お嬢様』は、『お嬢様でないように見えた』とナンシーとリラがブロウと医師に訴えたのだ。
 立ち姿と眼差し、そして、話し方。

「いったい、何が起きているのだ…」

 ブロウは主の待つ寝室へと急いだ。



「ロバート、忙しいなかごめんなさい。…あのね。新聞を読みたいのだけど」

 執事のロバート・ブロウが入室するなり、オーロラはさくっと本題に入る。

 ここがかなり力業のご都合主義の設定だらけのゲームの世界で良かった。

 思いつくまま箇条書きをしているうちに、ストーリーに新聞が出てきたことを思いだしたのだ。
 鉄道と車はまだないが、新聞の印刷は行われており、先日の凱旋パレードの日程と経路もそれで知ったのだ。
 そして、パレードの主役であるハロルド王子とエレクトラ・クランツ公爵令嬢の秘話も。
 とはいえ、新聞社の数は多くない。
 製作者側はその辺についてあまり細かい設定を施さなかったのだろう。
 まあ、必要のないことだから。

「新聞…でございますか」

 彼は少し困惑の表情を浮かべた。

 そりゃあ、そうだろう。

 今までのオーロラはこの屋敷に納められた砂糖菓子のような少女で、社会に関心はさほど持っていなかった。
 新聞など、使用人たちの話題に乗って初めて読むくらいだ。

 たとえ周囲の人々が今の自分の言動に何かを感じたとしても、構っていられない。
 時間がないと、自分の中の何かがせかすのだ。

「遡って…そうね。ざっと二十年くらい。さすがにこの家にはそこまで保管していないわよね。どこに行ったら閲覧できる? 図書館?」

 現代なら図書館か新聞社に所蔵されていたことを思いだしながら、オーロラは尋ねる。

 指を二本立てて言う主の姿をまじまじと見つめたのち、執事はしばし熟考して、答えた。

「そうですね。発行元の新聞社、国の図書館…。そして、商会のギルドならば」

「ギルド? トンプソンが加盟しているから利用できるという事かしら」

「はい。ですが、一日ほどお時間を頂けますか」

「突然訪問しても許可がもらえないと?」

「それもありますが…。お嬢様は倒れられて目覚めたばかり。いきなり人の多い街へ出かけては具合が悪くなるかもしれません。幸いトンプソンは現在、この国の商会では名の知れた地位にあります。楽に閲覧できるよう手配しますので」

 グレイの眉を平らかに、うっすらとブロウが微笑んだ。

「色々やる気になっておられるようですがとりあえず、本日はこのロバートを信じて、お部屋でおとなしくお待ちくださいませ。オーロラお嬢様」

 流石はアラフィフ。
 優しい言葉遣いながら、十代半ばの小娘には逆らえない威圧感があった。

「え、ええ…。わかったわ」

「わたくしの言葉が通じて嬉しゅうございます。ついでにそのまま寝台へお戻りになり、きちんと横になったうえに、目を閉じて頂ければ幸いです」

 いつもは細い目がカっと二倍に開いた。

「……ハイ」

 誰が逆らえようか。




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