あんなこと、こんなこと

近江こうへい

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【こぼれ話】それぞれの、あんなこと、こんなこと

5.【七瀬・社会人二年目/秋】ちんちんかもかも ①

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・こぼれ話『二月の茶番劇』の八か月ほど後
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「いやいやいや、大丈夫かこれ……」

 十月最後の土曜日。ウォークスルークローゼットの中、週末のテンションで機嫌良く着替えてみたはいいが、細長い鏡に映った『黒猫じぶん』の姿を見て我に返った。

 ……これ、もしかして馬鹿みたいじゃね?

 頭の上には猫耳カチューシャ。首には小さい鈴の付いた赤いチョーカー。服は、これチューブトップとか言うんだっけ? 肩ひもがない筒状の布切れ。と、ローライズのケツ割れショートパンツ。どっちもテカテカしたエナメル生地で、パンツの前面にはタマの下まで開くジッパーが付いている。
 あいつらが結託して用意したこの一式は、がっつりへそが見えてるけどちゃんと男用みたいだし、意外と伸びるからサイズ的には問題ない……のかもしれない。それに、ケツ割れって言ったってジョグストラップみたいに尻丸出しじゃなくて、尾骨から会陰にかけてアーモンド形に穴が開いてるだけだし。前から見た布面積だけなら愛用のボクサーブリーフと大差ない……のかもしれない。けど、でも。

七瀬ななせー、まだー? 何か手伝うー?」

 いつの間に風呂から出たのか、寝室の方から急に宇山うやまの弾んだ声が聞こえて、俺は閉まっている引き戸を反射的に両手で押さえ付けた。
 右手に握りしめたまま見ないようにしてたが、嫌でも目に入る。いまだ着ける決心がつかない黒猫のしっぽである。その正体はシリコン製のアナルビーズで、先端に行くほど小さくなる一・五~二・五センチほどの玉が、大小七個も連なっている。
 昔井田いだに譲った落花生形のアナルプラグとは、似て非なるモノだ。

「えっぐ……。どうすんだこれ」

 俺もなんだかんだいろんなおもちゃを試してきた身だけど、実のところ、アナルビーズは未経験なわけで。そもそも、こういうのは一人で使うもんであって、人前でれるようなもんじゃない。大学生の時に、紡錘形のお散歩用プラグを挿れて有川ありかわと一緒に近所を散歩したこともあるといえばある。だけど、あの時は挿れるところや出すところはもちろん、入ってる状態ですら有川に見せたりしなかったのに。
 つか、こんなんAVでしか見た記憶がねえな。あー……、なんでやるとか言ったんだ俺。

 半月前に四人で集まった時、ハロウィンにかこつけて「次回は仮装4Pをやろう」なんて言い出した馬鹿は、例によって井田である。
 そこにあっさり宇山と有川が乗っかって、よく考えずに「いいんじゃね?」なんて答えた俺も、まあ、その馬鹿の一人なわけだが。
 いや、だって。有川の『吸血鬼』とかちょっとだけ見てみたかったし。そこは間違ってない。間違ってたのは、自分の衣装を完全に他人ひとまかせにしてしまったことだ。
 そうやってしっぽを握りしめたまま、引き戸の向こうの宇山に返事もせず「けどでもけどでも」考えてたら、今度はノックと同時に有川の気遣うような声が聞こえた。

「七瀬、平気? 開けるよ?」
「わ、ちょ、待って」

 慌てて、ハンガーパイプにぶら下がった服と服の間に潜り込む。開けられた引き戸が閉まる音を確認して顔だけ出すと、近づいてきた有川に両手で服をかき分けられた。ゆっくりと上下を往復した視線が、俺の頭の上で止まる。

「……っふ、かわいい」
「ちょっ、お前、笑うなよ!」
「笑ってない笑ってない。七瀬、よく見せて」
「あんま見んなって」
「なんで。俺に見せるために着てくれたんじゃねえの?」

 口元に笑みを浮かべたままの有川に両手を差し出されて、うっかりその上に両手を乗せる。と、そのまま手を引かれて、照明の下まで連れ出された。

「でもさあ。これ、やっぱおかしくね?」
「そんなことないよ。すげえ似合ってる。想像以上にエロかわいくてやばい」

 基本、いつでも何でも俺をかわいいかわいい言ってるこいつの感想ほど、信用ならないものはない。いわゆる、ってやつだ。
 だけど、まあ、有川がそう言うなら。大体、他の奴喜ばせてどうすんだ、って話だし。

「……マジで? 興奮する?」
「すげー興奮する。我慢してるけど、……ほら」

 しっぽを持ったままでつながれてる手の甲を、有川のちんこの上に誘導される。
 ……なるほど。つか、これであらかじめ何回か抜いてあるとかいうからすごいよな。嬉しくてついうっかり尻の奥がうずきそうになる。

「七瀬、それ着けたら行こっか。あいつらも支度終わって待ってるし」
「え、だって『吸血鬼』は?」

 目の前にいるのは、いつもの黒ずくめの有川だ。つっても、さっきまで着てた部屋着のスウェットとは違って、あちこちに謎の金具がぶら下がってる外着だけど。久々に見るそれは学生の頃の有川のよそ行き仕様で、けだるげでちょっと近寄りがたい感じがかっこいい。現代の吸血鬼と言われれば、そんなふうに見えないこともない。

「見てこれ。きばがあんだろ?」

 有川が歯をむくように口を開けると、上の犬歯があるはずの場所から、下の歯を覆い隠す長さの牙が生えていた。

「……おお、マジか。つか、そんなん生えてたらキスできねえじゃん」
「そう? じゃあ、舌出してみて?」
「ん……」

 この部屋に引っ越してきてから、有川は外に出る時はごくごく一般的な格好をするようになった。自分の好みを封印して、デザイン性が高いこんな目立つ服はもうずっと着ていない。
 相変わらず黒っぽくてだぼだぼしてる部屋着を見ていれば、有川の好みが変わったわけじゃないことくらい、俺にだって分かる。
 学生じゃないのに平日の昼間ずっと家にいることも、男同士で暮らしていることも。俺は誰かに何か言われたことなんてないけど、そういうのはまだまだ一般的じゃない。
 だからそれは多分、見た目で判断されて後ろ指をさされたり、一緒にいる俺が嫌な思いをさせられたりするのを避けるためだ。
 そうやって今も俺は、何も言わない有川に全力で守られている。就活中にそうだったように。きっと、あれからもずっと。
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