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【番外編】

12.【社会人四年目/秋】七瀬と七年後とその先と ①

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※七瀬視点※
・本編最終話『みんなで、あんなこと、こんなこと』の七年後
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 濡れた髪を拭きながらパンイチでうろついてたら、冷蔵庫の横に貼り付けられたクリアフォルダが目に入った。帰宅後は風呂場に直行、風呂上がりには牛乳を飲むのが俺のルーティンだけど、ゆうべはこんなのなかったはずだ。
 何だっけと思いながらマグネットから外して見てみれば、何のことはない、この部屋の新しい賃貸借契約書である。

「え、もうそんな時期だっけ」

 一回目の契約更新だってついこの前だった気がするのに、もう二回目とか。
 駅から徒歩十五分。ワンフロア二戸の七階建てマンションの四階。でかいウォークスルークローゼット付きの2LDK。俺たちがこの部屋に引っ越したのは大学卒業前の三月上旬で、二年ごとの契約期間満了までまだ三か月以上もある。

「早すぎじゃね?」
「んー、まあ別に早くてもやること一緒だし。それ、七瀬ななせのとこ書いてあしたの朝にでもポスト突っ込んどいてくれる? 親には連絡しといたから」
「おー」

 契約更新は、既に有川ありかわの中で決定事項らしい。よく見たら、クリアフォルダに有川の実家宛ての茶封筒も挟まってた。切手も貼ってある。

「服着たらもうそっち座ってな。あと並べるだけだから」

 なんていうか、俺らもすっかり落ち着いたよなあ。
 晩飯の支度の片手間にこんな話ができるとか、一回目の更新の時には想像もしなかった。書類上他人の俺たちにとっては、部屋の契約更新自体が、「今の関係を続けますか?」って聞かれてるみたいで、二年前はきちんと座ってお互いの意思を再確認し合ったくらいだったのに。

 一緒に暮らすことを決めた時、俺の実家で開口一番プロポーズみたいなことをぶちかました有川は、なぜかうちの父親にまで気に入られた。それなのに有川の親が連帯保証人になったのは、家賃負担の多い有川が借主になったからである。どう説得したんだか、有川の親どころか弟まで納得済みのこの同棲には、最初から障害らしい障害もない。
 いやもうマジで、ありがたいけどなんで誰も止めねえんだ。とんとん拍子に今に至り、だからこそ、それが本当に有川にとってよかったのかどうか分からない。一緒に暮らしてみて再認識したけど、はっきり言って、この同棲は有川には何のメリットもないのだ。
 有川が仕事部屋として一部屋使ってる分、多めに家賃を負担するのは分かる。実際、俺個人の部屋はなくて、小さい机が作り付けられたウォークスルークローゼットとリビングだけが俺の居場所だし。
 だけど、有川は日中も家にいるからっていう理由で食費や光熱費まで多めに出して、俺がいない間に家事もほどんどやってしまう。俺がやってるのなんて、出勤ついでのごみ出しと休日の皿洗いぐらいか。
 「有川にそういうの求めてない」って啖呵たんかを切ったくせに、俺を待っていたのは、実家以上に過保護で何不自由ない至れり尽くせりの生活である。
 いや、俺だって最初はちゃんとするつもりだった。だけど、詰め込みの新人研修では慣れないビジネスマナーや人間関係に疲れたり、配属先では資格取得が必須で平日の夜も休みの日もずっと勉強してたり。余裕がなくて今だけ今だけって有川に甘えてるうちに、すっかり今の役割分担に落ち着いてしまったわけだ。

 ……なんか俺、すげえ愛されてるよなー。
 俺のどこがそんなにいいのか謎だけど、有川が身体目当てとかじゃなく、本気で俺を好きで大事にしてくれてるのは分かってる。こんなに甘やかされて尽くされて疑うほど俺も馬鹿じゃない。
 キッチンに立つ有川に思わず後ろから抱きついて、刈り上げられたうなじに鼻先を寄せた。有川の匂い。っていうか、ボディソープと、まだ新しい汗の匂い。深く吸い込むと、条件反射で腰の辺りから力が抜けそうになる。

「こーら、邪魔しない。風邪ひくだろ。早く服着て頭乾かしてきな?」

 腰にまわした手を、なだめるようにぽんぽんとたたかれた。

「有川、……したい」
「駄目。週末だけって約束だろ?」
「けち。契約更新のお祝いとかだったらいいじゃん」
「っくく。七瀬、それかなり井田いだっぽいんだけど」
「ちがっ、いや全然違うかんな!?」

 いやまあ、俺も言ってみてから思ったけども!
 つか、俺の言いたいことを正しく理解する有川が相変わらずすごすぎる。「したい」って言ったら、フェラとかオナニーとかセックスとかまあいろいろあるが、この場合はセックスである。そんで、有川が駄目って言ったのは、のことである。
 同棲したらセックスざんまいになるかと思ってたけど、尻の穴を洗うのも身体の負担になるっていう理由で、指でもおもちゃでもちんこでも、挿入ありの行為全般は週末限定にされてしまった。大事にしてくれてんのは嬉しいけど、例によって、そこに俺の意思はない。
 別に俺だって毎日さかってるわけじゃないし、平日に二人で抜き合うのも多くて二日程度だ。だけど、曜日で都合よくやりたくなるわけじゃないのにどうすんだこれ。いつもは二時間残業が基本だけど、今日みたいに珍しく早く帰れた日くらい、ちょっとは融通利かせてくれたっていいんじゃねえのかよ。

 とはいえ、リビングで座面の広いソファに座って経済ニュースを眺めながら、その日あったことや思ったことなんかを脈絡もなくだらだら話すのだって至福の時間だ。夕飯の後も有川にひっついてると、一時間くらいはすぐに過ぎる。
 有川のライティングの仕事の話を聞くのも楽しい。腹筋割れててちんこでかくて、優しくて飯も作れるのに仕事もできるとか、惚れ直す要素しかない。
 でも、フリーの在宅仕事でも外部と連絡を取り合うことの多い有川には、年の近い女の人との出会いがないわけじゃなくて。仕事絡みだと普通に話せるみたいだし、有川は俺なんか放っといて女の人と付き合った方が幸せなんじゃないかと思ってしまう。

 股の間に座って胸板を背もたれにしながら、後ろから目の前に差し出された有川の爪を、ガラス製のやすりで削る。もう何度目だか分からない勝手な妄想と嫉妬と独占欲で、思わず作業にも熱が入った。わがままだって分かってるけど、有川を誰にも取られたくない。
 引っかかって痛いとこがないか爪の先を触って確認して、またちょっとだけ削る。手で触るのと粘膜で触るのとでは違う。断じてエロい気持ちでなんかやってないが、最後に指先をくわえて舐め心地を確認すると、俺の腰を抱く有川の腕に力がこもった。

「かわいい、七瀬。七瀬はそうやって俺の世話してる時が一番かわいいよな」

 くっそ。無駄にいい声だな。
 耳元で含み笑いをしながら、有川が俺の好きな低い声でささやく。これでごまかされそうになるけど、こいつはこれで結構変態である。
 他には、飯食ってる時が一番、風呂上がりが一番、寝起きが一番、なんていう平和なのもあるが、極めつけは『井田と宇山うやま輪姦まわされてる時が一番』だ。いや、どんだけ一番があんだよ。

「この前は寝てる時が一番とか言ってなかったっけ」
「いつでもかわいい七瀬が悪い」
「何それ。お前てきとーすぎ」

 けどまあ、分からんでもない。俺だってこいつの寝癖とかかわいいと思うし。
 家事の合間にスクワットとかストレッチとかしてんのも、別々に寝たはずなのに気付いたら俺を抱き枕にしてんのも、ローテーブルの角に小指ぶつけて一人で静かに悶絶もんぜつしてんのも。洗濯前にこっそり俺の服の匂いを嗅ぐ変態行為ですらかわいく見える、とか。いやもう惚れた欲目ってマジですげえな。
 俺の身長は一八〇センチ近くあるし、有川はさらに頭半分高い。いい年したそんなでかい男が二人、お互いにかわいいかわいい思い合ってんのはどうなんだと思わないこともない。それでも、何度かすれ違いそうになった俺たちは、「かわいい」も「好き」も、今では何でもしつこいくらいに気持ちを伝え合う。
 有川が結構一人で抜いてるって聞いた時なんかは、「もったいない、全部中に欲しい」ってうっかりぼやいたせいで暴走もされたけど。

 お気に入りのソファの上。黒い上下を着たままの有川の膝に、俺だけが下を全部脱ぎ捨ててまたがった。半勃はんだちでも存在感のあるちんこに押し上げられた黒のスウェットに、俺のピンク色のちんこを乗っけてみる。我ながら絵面えづらがエロい。

「有川のも」
「俺は後でいいから」

 有川のちんこも出そうとしたら止められて、スウェットに触れた俺のちんこの先が糸を引いた。

「あ、ゴム……」
「いらない。七瀬が出すとこ、いっぱい見せて」

 有川は、いつでも俺を優先して自分を後回しにする。俺が何回もイくとこを見るのが好きなのは知ってるけど、だったら一人で抜いたりせずに有川も同じだけ一緒にイってくれたらいいのに。
 俺は有川の両肩に手を置いてソファの背もたれに押し付けると、その唇に深くゆっくりと口づけた。有川は両手で俺の尻たぶを割り開いて、俺が整えたばかりの指先で、俺の会陰をゆっくりと揉み始める。かなり尻の穴に近い。つか、れる気がないなら、もう片方の手で穴の周りを撫でるのはやめてくれ。

「んっ、んぅ」

 同時に口の中の性感帯を丁寧に舐められて、俺から仕掛けたくせにあっさり主導権を奪われた。
 有川は俺の口の中で小さく笑いながら、ちんこに比例してどんどん硬くなる会陰を、指で押したまま一定のリズムで揺らす。穴を撫でてる方の指先は粘膜に届きそうになって、俺は慌てて穴をきつく締めた。中を触ってほしくてひくひく震えてるのに、今日は準備してないから触ってほしくない。途中で「自分でしごいてて」って言われて右手で握った俺のちんこは、もはやただのつかまり棒だ。

「あ、あ、駄目。これ出そう」
「いいよ、イって」
「駄目、汚れる」
「洗うからいいよ。七瀬の匂いつけて」

 洗濯するのは有川だ。有川がいいって言ったら俺に拒否する権利はない。けど。

「やだ、一緒がいい」
「しーっ、七瀬。何回でもイかせてあげるから。後で一緒にイこ?」

 もう決定事項なくせに、まるで俺にも選択権があるみたいに、首をかしげて下から俺の顔をのぞき込む。そのままもう一度有川が俺の口をふさいで、硬くとがらせた舌を唇の間に滑り込ませてきた。口では駄目って言いながらも勝手に揺れ動く俺の腰が、穴をいじるのをやめた有川の左腕にがっちり抱き寄せられる。
 その間も途切れることなく、有川は会陰の奥にある前立腺を外側から揉み続ける。その刺激と、まるでちんこみたいに口の中を出入りする硬くとがらせた舌。これでセックスを想像すんなっていう方が無理だ。震えるように込み上げてくる快感に、俺は無駄に握ってたちんこから手を離して、有川の首に両腕でしがみついた。

 ……ああもう、またか。いつも俺がイかされてばっかりだ。いつも俺ばっかりが幸せな気がする。

 俺はちんこをしごく代わりに、黒いスウェット越し、フル勃起してる有川のちんこに、俺の無防備なちんこの先端を押し付けた。



「七瀬、いいからそのまま寝ちゃいな?」
「ん……」

 イったら急激に眠たくなった。これってマジで何なんだろ。身体はもっとしたがってるのに、いつもあらがえずにウトウトしてしまう。ずっと前にちんこ放り出したままソファで寝落ちした時、有川がちゃんとしまってベッドに運んでくれた、っていう安心感のせいもあるんだろうけど。
 なんていうかもう、俺は有川がいないとまともに生活できない気がする。少しずつ甘やかされて、それが日常になって。七年かけて、すっかりダメ人間の出来上がりである。
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