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序章
閑話 Ⅰ
しおりを挟む王子から頻繁に手紙を貰うようになった。
週に必ず一通、多い時には二通は届く。王子の日々の生活や出来事が綴られたそれらに、私は頭を抱えていた。
よくもそんなに書くことがあるものだと思う。
今日は友人とこんなことをした。今日はこんなことを学んだ。今日は君に似合いそうな物を見かけた。今日は君が好きそうな花を見つけた。今日は、今日は、今日はーーー。
興味がないものを無理矢理読まされて返事を書くために時間を割かなければいけないなんて、新手の拷問か何かかしら。私は王子に私のことや私生活について知られたくなどないし、特に彼に話しておきたい事柄もない。
故に毎度の返事にものすごく時間がかかる。
こんなことよりも剣を持って素振りをする方が絶対に有意義だわ。出来るなら返事を書かずに無視したいものなのですが、以前返事を書くのを忘れたフリをして手紙を無視したら王子が私の安否を確認しに家まで来たことがあったのだ。
王子に直接会うストレスよりも、返事を書くストレスの方がまだマシだ、という新しい発見をいたしました。素晴らしい発見ですわ、本当に。
でも、それにしたって量が多いのよ。
週に一通なんて恋人同士でもそこまでやるかしら。私は恋愛経験なんてないので、世間一般の度合が分からないですけど、私にとっては多いわ。
これがあの子からの手紙だったら嬉しいと思えるし、喜んで返事を書くのに。あの子から手紙を貰った日には、きっと嬉し過ぎて眠れなくなるに違いないわ。
しかし現実はそう甘くはない。
私は真っ白な紙の前で深い溜め息を吐いた。
私は毎日あまり代り映えのしない毎日を過ごしている。
起きて着替えて朝食を摂って、授業を受けて鍛練をして、お茶を楽しんでゆっくり過ごして、夕食を家族そろって食べて寝る。あまり変わったことはしない。
たまに厨房に顔を出したり、刺繍をしたり、最近はスケッチなんかにも手を出したりしたが、手紙に書くようなことは何もしていない。
なので私の手紙は王子の手紙への感想や返事から始まって、使用人の仕事ぶりや彼らがしていた噂話、庭に植えられた新しい花や植木、そして義弟の活躍などを綴ることにしている。
王子も義弟の様子を気にしていたし、別に嫌がらせしているという訳ではないのよ。
義弟と王子の仲は別に悪くはない、と思う。だけれど顔を合わせれば競い合うのは変わらない。
義弟は王子を煽ることはあるが、心底見下しているという感じはしない。それは私が彼の前世を知っているからというのもあるけれど、義弟が王子の友人である剣士に向ける顔が"そう"であるからだ。
完璧に見える義弟でも、相手を侮ることで油断するという弱点があるのね。
王子との打ち合いで少しは変わったかと思ったけれど、ちっとも変わってなかったわ。自身が認めた者に対しては態度が変わるというだけ。
まあ、私には関係がないし好きにすればいいと思っている。
王子は手紙でよく「義弟はどうしているか」「義弟についてどう思うか」など義弟の様子を気にしているようなことを聞いてくる。
なので私の手紙の半分は主に義弟についてである。義弟は今日はこんな本を読んでいた、義弟は今日はこんな魔法を使ってみせた、義弟は今日はティータイムの時にこんな話をした、などなど。
特に義弟に何かを思うことはないので、どう思うかと聞かれても困るのですけど。そういう時は「今日はいつもより静かだと思った」や「今日はいつもより機嫌が良さそうだと思った」と書くことにしている。聞かれていることとズレてはいるが、私が思ったことなのでそこまで違いはないでしょう。
それにしても、どうしてこんなにも義弟の様子を気にするのかしら。
……私は同性同士の恋愛を否定するつもりはないけれど、学園を卒業するまでは大人しくしていてほしいわ。
「ふあ~…」
噛み殺しきれなかった欠伸が私の口から漏れて宙に溶けていく。
手紙の内容を考えるのは退屈なことには変わりない。重くなっていく瞼に抗うように私は大きく伸びを一つすると、目の前の問題に向き合った。
今日も今日とて私は白紙に黒いインクで言葉を紡ぐ。
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