わがまま令嬢の末路

遺灰

文字の大きさ
上 下
18 / 19
序章

閑話 Ⅰ

しおりを挟む
  
 王子から頻繁に手紙を貰うようになった。

 週に必ず一通、多い時には二通は届く。王子の日々の生活や出来事が綴られたそれらに、私は頭を抱えていた。

 よくもそんなに書くことがあるものだと思う。

 今日は友人とこんなことをした。今日はこんなことを学んだ。今日は君に似合いそうな物を見かけた。今日は君が好きそうな花を見つけた。今日は、今日は、今日はーーー。

 興味がないものを無理矢理読まされて返事を書くために時間を割かなければいけないなんて、新手の拷問か何かかしら。私は王子に私のことや私生活について知られたくなどないし、特に彼に話しておきたい事柄もない。

 故に毎度の返事にものすごく時間がかかる。
 こんなことよりも剣を持って素振りをする方が絶対に有意義だわ。出来るなら返事を書かずに無視したいものなのですが、以前返事を書くのを忘れたフリをして手紙を無視したら王子が私の安否を確認しに家まで来たことがあったのだ。

 王子に直接会うストレスよりも、返事を書くストレスの方がまだマシだ、という新しい発見をいたしました。素晴らしい発見ですわ、本当に。

 でも、それにしたって量が多いのよ。
 週に一通なんて恋人同士でもそこまでやるかしら。私は恋愛経験なんてないので、世間一般の度合が分からないですけど、私にとっては多いわ。
 これがあの子からの手紙だったら嬉しいと思えるし、喜んで返事を書くのに。あの子から手紙を貰った日には、きっと嬉し過ぎて眠れなくなるに違いないわ。

 しかし現実はそう甘くはない。

 私は真っ白な紙の前で深い溜め息を吐いた。

 私は毎日あまり代り映えのしない毎日を過ごしている。
 起きて着替えて朝食を摂って、授業を受けて鍛練をして、お茶を楽しんでゆっくり過ごして、夕食を家族そろって食べて寝る。あまり変わったことはしない。
 たまに厨房に顔を出したり、刺繍をしたり、最近はスケッチなんかにも手を出したりしたが、手紙に書くようなことは何もしていない。

 なので私の手紙は王子の手紙への感想や返事から始まって、使用人の仕事ぶりや彼らがしていた噂話、庭に植えられた新しい花や植木、そして義弟の活躍などを綴ることにしている。
 王子も義弟の様子を気にしていたし、別に嫌がらせしているという訳ではないのよ。

 義弟と王子の仲は別に悪くはない、と思う。だけれど顔を合わせれば競い合うのは変わらない。
 義弟は王子を煽ることはあるが、心底見下しているという感じはしない。それは私が彼の前世を知っているからというのもあるけれど、義弟が王子の友人である剣士に向ける顔が"そう"であるからだ。

 完璧に見える義弟でも、相手を侮ることで油断するという弱点があるのね。
 王子との打ち合いで少しは変わったかと思ったけれど、ちっとも変わってなかったわ。自身が認めた者に対しては態度が変わるというだけ。

 まあ、私には関係がないし好きにすればいいと思っている。

 王子は手紙でよく「義弟はどうしているか」「義弟についてどう思うか」など義弟の様子を気にしているようなことを聞いてくる。
 なので私の手紙の半分は主に義弟についてである。義弟は今日はこんな本を読んでいた、義弟は今日はこんな魔法を使ってみせた、義弟は今日はティータイムの時にこんな話をした、などなど。
 特に義弟に何かを思うことはないので、どう思うかと聞かれても困るのですけど。そういう時は「今日はいつもより静かだと思った」や「今日はいつもより機嫌が良さそうだと思った」と書くことにしている。聞かれていることとズレてはいるが、私が思ったことなのでそこまで違いはないでしょう。

 それにしても、どうしてこんなにも義弟の様子を気にするのかしら。
 ……私は同性同士の恋愛を否定するつもりはないけれど、学園を卒業するまでは大人しくしていてほしいわ。

「ふあ~…」

 噛み殺しきれなかった欠伸が私の口から漏れて宙に溶けていく。
 手紙の内容を考えるのは退屈なことには変わりない。重くなっていく瞼に抗うように私は大きく伸びを一つすると、目の前の問題に向き合った。

 今日も今日とて私は白紙に黒いインクで言葉を紡ぐ。



しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...