わがまま令嬢の末路

遺灰

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序章

第十一話 劣等

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 また、この夢か。

 流石に何回も見ると飽きてくるものね、と少しげんなりしながら私は上を見る。
 宙を舞う紙切れはまるで雪のように止むことなく、ひらひらと天から降り注いでいる。
 幻想的にも思えるその様を眺めていれば、突然バチンと音がして照明が消えた。

「ここにお前との婚約破棄を宣言する!」

 もう一度先ほどと同じ音がしたと思えば、今度は眩しいくらいの光が私を照らした。
 私の目線の先でいつものお決まりの台詞を叫ぶ王子とその傍らでこちらを見る女が、私と同じように光を浴びて立っている。
 いったいどこに光源があるのか、とぼんやり思っていれば女の取り巻きから罵声が飛ぶ。

「卑怯なやり方で彼女を傷つけて…恥を知れ、卑しい悪女め」
「貴方には失望しましたよ。特に期待もしてませんがね」
「実に哀れで嘆かわしいな。お前に祈られる神が不憫だ」
「俺の剣はお前のような悪を裁くためにあるんだ。覚悟しろ」

 はて、私はこんなことを言われていたのでしたっけ?
 ここまで鮮明に彼らの言葉を覚えているのも違和感があるわ。
 もしかしたら私の被害妄想かもしれないわね。だって私は彼らに興味なんてないもの。

 そもそも彼らってどんな顔をしていたかしら?

「あら?」

 改めて見た彼らの顔は、インクを垂らしたように真っ黒だった。

 ***

「悪夢だわ」

 ホラーテイストの夢を見てしまったことに身を震わせながらも、私はここ最近のことを思い返すことで気分を切り替えた。

 劇的な変化といえば、両親だわ。
 彼らに前世からの感情を吐露した日から、明らかにスキンシップが増えた。

 父は私に声をかける頻度が増したし、母とは必要事項以外も話をするようになった。この間なんて庭でティータイムを共にした。
 確かに寂しかったとは言いましたけど、今までとのギャップがすごいですわ。

 寂しかったのは過去の話ですし、両親からの愛を欲しいとはもう思っていないので、特になにかを思う訳ではないですけど。
 今さら普通の家族のように接するのは、なんだかおかしな気分だわ。

 今日の授業を終わらせた私は紅茶とお茶菓子で一息ついた。

 最近は時間の流れがひどくゆっくりしているように感じる。
 座学は中等部で習うことをじっくりやっているので余裕があるし、マナーやダンスのレッスンも前世で体に叩き込んでいるので問題は今のところない。

 前世では血の滲むような想いを毎日していたのに、今はこうしてお茶を楽しむ時間まである。
 やっぱり私って人より相当劣っていたのね。前世の記憶がなかったらと思うと、ゾッとするわ。

 魔力制御は少しずつ上達しているようだけど、剣の扱いは未だに上手くいかない。
 何か一つのことに集中するのは得意なのだけど、情報量が増えると途端に頭が混乱してしまうのよね。
 これでは魔法が使えるようになったとしても実戦では使い物にならないわ。

 でも絶対に前世よりは余裕があるし、出来ることも増えている……と、思う。
 少しづつ確実に出来ることを増やしていきましょう。

 リフレッシュを終えて気合を入れなおした私は、日課である走り込みに向かうために着替えて部屋を出る。

「おや、今日も走るのかい?」

「あまり無理をしてはいけませんよ」

 外まで行く途中で両親に声を掛けられた。
 どうやら父はいつもより長めに家にいるようで朝から晩まで母につきまと……いえ、仲睦まじく日々を過ごしていますわ。
 二人に返事をすれば「いってらっしゃい」と見送ってくれた。

 才能があると思われるだけでここまで環境は好転するものなのね。
 良いことのはずなのに優し過ぎて逆に怖いわ。

「いい天気ね」

 外に出て大きく深呼吸をすれば、心地いい空気が肺を満たす。
 季節はもうすっかり秋だった。

 ***

「だいじな話、ですか?」

「そう。会わせたい子がいるんだ」

 平穏な日々を過ごして数日、父から話があると呼び出されて今に至る。
 この時期に重要な話、ね。なにかあったかしら、と軽く思い返してみても思い当たる節が見当たらない。
 というのも幼少期はとにかく辛いことが多すぎて、それ以外のことの記憶が薄い。

 まあ、別に大したことではないでしょう。

「入っておいで」

 父の合図と共に書斎に隣接する扉が開かれる。
 それに釣られるように顔をそちらに向ければ、そこに居たのは歳が同じくらいの男の子だった。

「君の弟になる子だよ」

「お初にお目にかかります」

 ものすごく大したことでしたわ。

 そういえばそうだった。
 この時期から更に教育が厳しくなったせいで、すっかり忘れていた。
 いや、忘れていた、というより脳が嫌な記憶を思い出さないようにしていたといった方が正しいかもしれない。

 礼儀正しく挨拶して微笑む男の子は、確かに前世で義弟であった者の面影がある。
 柔らかそうな栗色の髪を一つにまとめて、輝く海のような深い青色をした瞳を私に向ける様は、まるで天使のように愛らしい。

 まあ、見た目だけなんですけどね。

 義弟は母方の遠縁の親戚にあたる伯爵家の四男であるという出自を父は語る。たぶん前世でも聞いていたけれど、興味がないので覚えていない。恐らくこの後も忘れるだろう。

 私が義弟に軽い自己紹介をすれば、彼は嬉しそうに「会うのをとても楽しみにしていました!」と裏表のないような笑顔で言う。
 二言三言ほど私たちが言葉を交わしていれば、父は満足気に微笑んだ。私たちの様子を見て上手くやっていけそうだと安心しているようだった。

「では、私は鍛練がありますので」

 数分ほど話をしてをしてから、区切りのいいところで私はそう切り出した。
 正直に言えば、さっさと義弟から離れられればなんでもいいのですけれど。

「おや?もうそんな時間かい」

 父は基本的に私のやりたいようにさせて邪魔をすることはないので、私がそう言えば「無理しすぎない程度に頑張ってね」と快く送り出してくれた。
 私はそれに感謝しつつ失礼します、とお辞儀をして部屋から出ようとした。

「僕もご一緒してもよろしいですか?」

 断固拒否しますわ。

 貴方から離れたいのに貴方が付いて来てしまったら意味がないじゃない。
 と、言いたいところですけど父がせっかく安心しているのに、輪を乱すのは如何なものかしら。
 でも、私はこの子が苦手なのよね。正直一秒たりとも一緒に居たくない。

 ……どうして私が彼らに気を使わねばいけないのかしら。
 遠慮したところで私が嫌な気分をするのに、我慢するなんて馬鹿らしいじゃない。
 そうよ、大事にするべきなのは私自身だわ。

「嫌ですわ。鍛練は一人で行いたいので」

 私はニッコリと笑ってそう言い切る。
 わがままに生きると決めたのだから周りの迷惑など考えるのは時間の無駄だわ。

 義弟は一瞬だけ呆気にとられたようだったがすぐに表情を悲しそうなものへと変える。

「では、私はこれで」

 義弟が何か言おうと口を開くのが見えたので、私は彼よりも速くそう言い放ち、さっさと部屋を後にした。
 義弟に行動をさせる前に切り抜けたことに満足しつつ、私は軽い足取りで鼻歌交じりに庭園へと向かった。

 それが義弟に火をつけたとも知らないで。

 ***

 今の私の感情を表す言葉を、誰か一緒に考えてはくれないかしら。

「なんだ、このちっこいのは」

「…………義弟ですわ」

「今日からよろしくお願いします!」

 初めて出会った日から早数日、あれから何かにつけて義弟は私の後をついて回り、今日はこうして授業に無理矢理ついてきた。

「お母様には話を通してあります!」

「まあ、金が払われるんなら俺が拒否する訳にゃいかねえな」

 ニコニコと人好きのする顔でそう言う義弟に、教官は少し面倒くさそうにしてはいるが、特に追い払ったりはしなかった。
 これが純粋に姉である私と一緒に居たいから、とかならまだ可愛げがあるものの、そうでないから困るのよ。

「僕も未だ拙いですが剣の心得はあります」

「ほーん……じゃあ、ちょうどいいや。
 ちょっくら姉ちゃんと打ち合ってみな」

「はい!」

 やっぱりこうなるのね。
 もうだいたいこの後の展開もどうなるか予想できたわ。

 でも、そうね。
 才能の違いというやつを知れる良い機会かもしれないわね。

「参ります」

 私が剣を振れば義弟は「わ!」と大袈裟に驚いた振りをする。
 それから数発連続して打ち込めば、義弟は慌てたような素振りをして見せるが、しかし私の打撃を全て完璧に受け止めていた。

「よーし!今度は僕の番ですよ!」

 彼は隙をついて素早く私から一旦距離を取ると、そう言いながら大振りに剣を振り上げる。
 これが義弟ではなく同い年の子だったのなら、きっと私は油断したでしょうね。

 でも、そんなわざとらしい攻撃、貴方がすると警戒しかできませんわ。

 義弟は避けるのが簡単な速さで剣を振り下ろす、と比べ物にならない程の速さで斬り上げてきた。

「くっ!」

 なにかすると分かっていても、下からの攻撃ということも相まって、速いそれに対する反応が少し遅れてしまった。
 まだ幼いというのに、もう既に戦い慣れしているようにすら思える。

「あれ?」

 義弟は心底驚いたような表情で目を見開く。
 まあ、あんな攻撃を授業を受け始めて間もない私が止められるとは思ってなかったのでしょうね。
 面食らって頂けたようでなによりですわ。

 ぞわり。

 瞬間、背筋が凍るような視線が私に突き刺さる。
 義弟の鼻を少しでも明かせたことに対して内心で「ざまあみなさい」とほくそ笑んでいた私は、感じた事のある感覚に身体を強張らせた。
 義弟の顔つきが先ほどまでとは打って変わって、ギラついている。

 まるで"あの時"みたいな殺気だ。

 プライドを傷つけるつもりが、逆に傷つけられたんですものね。怒るのも無理はないわ。
 でも、そういうの巷では逆ギレと言うのよ。

 彼がギュッと剣を握り直したのが見えた。

「そこまで」

 そこに教官の静止の声がかかる。
 義弟は一瞬だけ不満そうに顔を顰めたが、すぐにあの人懐っこそうな顔に戻っていた。
 教官が助けに入るだろうと思っていたので余裕はありましたが、肝が冷えたわ。

「に、しても弟の方はすげえ才能だな」

「え、本当ですか!嬉しいなあ」

 義弟は上機嫌で褒められたことを喜んでいる。
 私は逆に先ほどの太刀筋の乱れや反応の遅さを指摘された。そんな私を義弟は嬉しそうに見ていた。

「お手本にしろとは言わねえが盗めるもんは盗めよ」

「善処しますわ」

 その後の魔法術の授業でも、義弟は魔法を楽々と操ってみせた。
 魔法の精度、発動する速度。どれを取ってもよく出来ていると教官は彼を褒めた。
 一方で私は魔力制御の速さも安定も増してきてはいたが、まだ魔法を発動させるには早いと教官は判断した。
 私もまだ自身の成果に納得がいっていないので、教官の判断は正しいと思う。

 そんな私の横で義弟は得意気に魔法を見せていた。


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