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第1部:窃盗と盗撮

第7話 犯人は何処へ。

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 男女兼用トイレから出ようとしたとき、うつむき加減の村山愛花むらやまあいかが入ってきた。危うく彼女は俺に体当たりしそうになり、寸前のところで止まっておもむろに顔を上げる。長い前髪に阻まれてよく見えなかったが、メガネのレンズ越しに見開かれた瞳が見えたような気がした。かと思えば、そそくさときびすを返していく。その後ろ姿へ、俺は声をかける。


「あっ! 先生たちはもう出るから、使っていいよっ」
 村山を追いかける形でトイレを出たが、そこに村山の姿はもうすでになかった。学校に来てから、そんなに移動していないのなら、探すべき場所は、もう探しきったはずである。結局、生活科のときはポケットにスマホを入れていない、らしかった。だとしたら、もう手詰まりだ。


 時刻は午後一時に近く、予鈴はとっくに鳴っている。まだ辺りをキョロキョロと見回している樋廻ひまわりへ声をかけた。「五時間目が始まるから、音楽室に向かおう。それからまた考えようか」


 職員室へ教材を取りに行こうとした俺の服のすそを引っ張り、樋廻は引きめようとしている。小さな声で呟いた。「先生、犯人は……」
「ああ……それは、またあとでもいいか?」
 俺の回答に納得していないらしい彼女は、眉根を寄せた表情を向け、少しだけ声のボリュームを上げる。「犯人っ! 捜してくれるって……!」


 食い下がる樋廻へ、俺は毅然とした態度で言った。「犯人がいたとしても、自分で勝手に探しちゃダメだよ。持って来ちゃダメなものを、持って来てる自分も悪いんだからね」
 耳へ届いた自分の声色を聞いて、これはまずかったかな、言い方が悪かったかな、と思った。声を荒らげたつもりはなかったが、樋廻はビクッと肩を震わせたのち、教室のほうへと戻っていく。少しばかり、脅かしすぎたのかもしれない。


 五時間目の始まりを報せるチャイムが鳴った。二年教室の前、廊下で村山と合流し、一緒に入室する。全員、鍵盤ハーモニカを準備し、待っていた。私語が収まらないクラスメイトへ、日直が「静かにしよ!」と声をかける。俺はケースから取り出し、鍵盤ハーモニカを自分の机に広げた。


 教室を巡りながら、運指を教えていく。男子のほうへ顔を向けながら、横目で女子のほうを見る。小さく薄い唇が触れたマウスピースは、唾液が溶け込んで黒光りしていた。細く短い色白の指が、白鍵へ沈み込み、規則的な音域を鳴らす。


 ただでさえ身長が低いからなのか、牧野未來まきのみらいは苦戦しているようだった。口を真一文字に結び頑張る彼女の背後に立ち、自分の腕を背中から肩へと回す。大きく指の間を開ける牧野の手の甲へ、すっぽりと俺の指を覆いかぶせる。前かがみになった俺の鼻腔へ、甘い香りがふわりと立ち込めてきた。重ねた指の毛穴や、背中に当たった上腕二頭筋から、ぬくもりが伝わってくる。
「こうやって、動かしたほうが、うまくできるよ」
 悟られまいと平静を保つべく、俺は震える声を抑えようとした。そんな俺の心情を知らずに、さらにかき乱すような屈託のない笑顔を、牧野は向けてくる。「あっ。ありがとー、せんせー! あっ……」


 牧野は集中するあまり、教科書を落としてしまったようだ。それを拾ってあげると、さらされた膝が視界へ飛び込んでくる。スカートの先の暗闇を一度気になりだすと、どうしてもたいという衝動を抑えるのが難しくなってきた。


 集中しているせいか脚が開き気味になり、この絶妙な角度なら中が見えそうである。「せんせ」
 その瞬間、声をかけられた俺は思わず机の天板に、頭をぶつけてしまった。牧野が「だいじょぶ、せんせー」と心配そうに、俺の頭をさすってくれる。その優しさに、なんだか複雑な心境になった。俺は周囲を見回し、声の主を捜す。それは、どうやら樋廻のようだった。
「せんせ、ドってどこ押すの?」
 何度も児童の間を往復していたが、自然と(意識してはいなかったが)、樋廻の近くをけていたということに、そのとき俺は気がついた。教えるために、俺は樋廻へ近づいていく。


 五時間目の授業終わり、職員室へ行こうとした俺は引き留められる。今度は樋廻ではなく、村山だった。
「あの、先生……」
「ん? どうした?」
「その、心美ここみちゃんのスマホ、あっちで見たよ」
 ず怖ずと村山が指さしたのは、二年教室の真向かいだった。「生活科室? ありがとう!」


 礼を村山に言うが、ちょっとだけ引っかかる。そこでは何人かの児童が、確かに着替えをしていたと思う。けど、樋廻は利用していなかったはずだ。それに村山は「心美ちゃん・ ・ ・ ・ ・の」と言っていた。昼休みに、俺のスマホということで探していたはずだが……まあ、普通に樋廻のものだと勘づいてもおかしくはないか。机の中にあったところを、目撃されているようだし。
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