7 / 14
第1部:窃盗と盗撮
第7話 犯人は何処へ。
しおりを挟む
男女兼用トイレから出ようとしたとき、俯き加減の村山愛花が入ってきた。危うく彼女は俺に体当たりしそうになり、寸前のところで止まって徐に顔を上げる。長い前髪に阻まれてよく見えなかったが、メガネのレンズ越しに見開かれた瞳が見えたような気がした。かと思えば、そそくさと踵を返していく。その後ろ姿へ、俺は声をかける。
「あっ! 先生たちはもう出るから、使っていいよっ」
村山を追いかける形でトイレを出たが、そこに村山の姿はもう既になかった。学校に来てから、そんなに移動していないのなら、探すべき場所は、もう探しきったはずである。結局、生活科のときはポケットにスマホを入れていない、らしかった。だとしたら、もう手詰まりだ。
時刻は午後一時に近く、予鈴はとっくに鳴っている。まだ辺りをキョロキョロと見回している樋廻へ声をかけた。「五時間目が始まるから、音楽室に向かおう。それからまた考えようか」
職員室へ教材を取りに行こうとした俺の服の裾を引っ張り、樋廻は引き留めようとしている。小さな声で呟いた。「先生、犯人は……」
「ああ……それは、またあとでもいいか?」
俺の回答に納得していないらしい彼女は、眉根を寄せた表情を向け、少しだけ声のボリュームを上げる。「犯人っ! 捜してくれるって……!」
食い下がる樋廻へ、俺は毅然とした態度で言った。「犯人がいたとしても、自分で勝手に探しちゃダメだよ。持って来ちゃダメなものを、持って来てる自分も悪いんだからね」
耳へ届いた自分の声色を聞いて、これはまずかったかな、言い方が悪かったかな、と思った。声を荒らげたつもりはなかったが、樋廻はビクッと肩を震わせたのち、教室のほうへと戻っていく。少しばかり、脅かしすぎたのかもしれない。
五時間目の始まりを報せるチャイムが鳴った。二年教室の前、廊下で村山と合流し、一緒に入室する。全員、鍵盤ハーモニカを準備し、待っていた。私語が収まらないクラスメイトへ、日直が「静かにしよ!」と声をかける。俺はケースから取り出し、鍵盤ハーモニカを自分の机に広げた。
教室を巡りながら、運指を教えていく。男子のほうへ顔を向けながら、横目で女子のほうを見る。小さく薄い唇が触れたマウスピースは、唾液が溶け込んで黒光りしていた。細く短い色白の指が、白鍵へ沈み込み、規則的な音域を鳴らす。
ただでさえ身長が低いからなのか、牧野未來は苦戦しているようだった。口を真一文字に結び頑張る彼女の背後に立ち、自分の腕を背中から肩へと回す。大きく指の間を開ける牧野の手の甲へ、すっぽりと俺の指を覆い被せる。前屈みになった俺の鼻腔へ、甘い香りがふわりと立ち込めてきた。重ねた指の毛穴や、背中に当たった上腕二頭筋から、温もりが伝わってくる。
「こうやって、動かしたほうが、うまくできるよ」
悟られまいと平静を保つべく、俺は震える声を抑えようとした。そんな俺の心情を知らずに、さらにかき乱すような屈託のない笑顔を、牧野は向けてくる。「あっ。ありがとー、せんせー! あっ……」
牧野は集中するあまり、教科書を落としてしまったようだ。それを拾ってあげると、晒された膝が視界へ飛び込んでくる。スカートの先の暗闇を一度気になりだすと、どうしても視たいという衝動を抑えるのが難しくなってきた。
集中しているせいか脚が開き気味になり、この絶妙な角度なら中が見えそうである。「せんせ」
その瞬間、声をかけられた俺は思わず机の天板に、頭をぶつけてしまった。牧野が「だいじょぶ、せんせー」と心配そうに、俺の頭を摩ってくれる。その優しさに、なんだか複雑な心境になった。俺は周囲を見回し、声の主を捜す。それは、どうやら樋廻のようだった。
「せんせ、ドってどこ押すの?」
何度も児童の間を往復していたが、自然と(意識してはいなかったが)、樋廻の近くを避けていたということに、そのとき俺は気がついた。教えるために、俺は樋廻へ近づいていく。
五時間目の授業終わり、職員室へ行こうとした俺は引き留められる。今度は樋廻ではなく、村山だった。
「あの、先生……」
「ん? どうした?」
「その、心美ちゃんのスマホ、あっちで見たよ」
怖ず怖ずと村山が指さしたのは、二年教室の真向かいだった。「生活科室? ありがとう!」
礼を村山に言うが、ちょっとだけ引っかかる。そこでは何人かの児童が、確かに着替えをしていたと思う。けど、樋廻は利用していなかったはずだ。それに村山は「心美ちゃんの」と言っていた。昼休みに、俺のスマホということで探していたはずだが……まあ、普通に樋廻のものだと勘づいてもおかしくはないか。机の中にあったところを、目撃されているようだし。
「あっ! 先生たちはもう出るから、使っていいよっ」
村山を追いかける形でトイレを出たが、そこに村山の姿はもう既になかった。学校に来てから、そんなに移動していないのなら、探すべき場所は、もう探しきったはずである。結局、生活科のときはポケットにスマホを入れていない、らしかった。だとしたら、もう手詰まりだ。
時刻は午後一時に近く、予鈴はとっくに鳴っている。まだ辺りをキョロキョロと見回している樋廻へ声をかけた。「五時間目が始まるから、音楽室に向かおう。それからまた考えようか」
職員室へ教材を取りに行こうとした俺の服の裾を引っ張り、樋廻は引き留めようとしている。小さな声で呟いた。「先生、犯人は……」
「ああ……それは、またあとでもいいか?」
俺の回答に納得していないらしい彼女は、眉根を寄せた表情を向け、少しだけ声のボリュームを上げる。「犯人っ! 捜してくれるって……!」
食い下がる樋廻へ、俺は毅然とした態度で言った。「犯人がいたとしても、自分で勝手に探しちゃダメだよ。持って来ちゃダメなものを、持って来てる自分も悪いんだからね」
耳へ届いた自分の声色を聞いて、これはまずかったかな、言い方が悪かったかな、と思った。声を荒らげたつもりはなかったが、樋廻はビクッと肩を震わせたのち、教室のほうへと戻っていく。少しばかり、脅かしすぎたのかもしれない。
五時間目の始まりを報せるチャイムが鳴った。二年教室の前、廊下で村山と合流し、一緒に入室する。全員、鍵盤ハーモニカを準備し、待っていた。私語が収まらないクラスメイトへ、日直が「静かにしよ!」と声をかける。俺はケースから取り出し、鍵盤ハーモニカを自分の机に広げた。
教室を巡りながら、運指を教えていく。男子のほうへ顔を向けながら、横目で女子のほうを見る。小さく薄い唇が触れたマウスピースは、唾液が溶け込んで黒光りしていた。細く短い色白の指が、白鍵へ沈み込み、規則的な音域を鳴らす。
ただでさえ身長が低いからなのか、牧野未來は苦戦しているようだった。口を真一文字に結び頑張る彼女の背後に立ち、自分の腕を背中から肩へと回す。大きく指の間を開ける牧野の手の甲へ、すっぽりと俺の指を覆い被せる。前屈みになった俺の鼻腔へ、甘い香りがふわりと立ち込めてきた。重ねた指の毛穴や、背中に当たった上腕二頭筋から、温もりが伝わってくる。
「こうやって、動かしたほうが、うまくできるよ」
悟られまいと平静を保つべく、俺は震える声を抑えようとした。そんな俺の心情を知らずに、さらにかき乱すような屈託のない笑顔を、牧野は向けてくる。「あっ。ありがとー、せんせー! あっ……」
牧野は集中するあまり、教科書を落としてしまったようだ。それを拾ってあげると、晒された膝が視界へ飛び込んでくる。スカートの先の暗闇を一度気になりだすと、どうしても視たいという衝動を抑えるのが難しくなってきた。
集中しているせいか脚が開き気味になり、この絶妙な角度なら中が見えそうである。「せんせ」
その瞬間、声をかけられた俺は思わず机の天板に、頭をぶつけてしまった。牧野が「だいじょぶ、せんせー」と心配そうに、俺の頭を摩ってくれる。その優しさに、なんだか複雑な心境になった。俺は周囲を見回し、声の主を捜す。それは、どうやら樋廻のようだった。
「せんせ、ドってどこ押すの?」
何度も児童の間を往復していたが、自然と(意識してはいなかったが)、樋廻の近くを避けていたということに、そのとき俺は気がついた。教えるために、俺は樋廻へ近づいていく。
五時間目の授業終わり、職員室へ行こうとした俺は引き留められる。今度は樋廻ではなく、村山だった。
「あの、先生……」
「ん? どうした?」
「その、心美ちゃんのスマホ、あっちで見たよ」
怖ず怖ずと村山が指さしたのは、二年教室の真向かいだった。「生活科室? ありがとう!」
礼を村山に言うが、ちょっとだけ引っかかる。そこでは何人かの児童が、確かに着替えをしていたと思う。けど、樋廻は利用していなかったはずだ。それに村山は「心美ちゃんの」と言っていた。昼休みに、俺のスマホということで探していたはずだが……まあ、普通に樋廻のものだと勘づいてもおかしくはないか。机の中にあったところを、目撃されているようだし。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる