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第1部:窃盗と盗撮

第9話 びしょびしょ。

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 次の日、俺は寝不足気味だった。家に帰ってから、樋廻心美ひまわりここみが寝るまでの様子を、画面へ食らいつくように眺める。就寝後も、録画していた映像を隅々すみずみまでチェックしていたら、結局、朝まで一睡もできなかった。


 着替えの様子も映っておらず、これといった収穫はない。寝る前にスマホゲームでもしていたのか、数分間、彼女のどアップが流れたのみ。


 それだけの映像なのだが、陰茎の膨張を覚える。しかしそれは、湯上りの火照ほてった肌を間近に見たからでも、普段は見ることのないパジャマ姿を見られたからでもなく、ただ単に、のぞき見しているという今の状況に、興奮を覚えているに過ぎないだろう。


 イカ臭くなった部屋を洗い流してくれるように、開けっ放しの窓から雨の臭いが入り込んできた。天気予報では、数日間、雨が続くのだという。これじゃあ、プールは中止にせざるを得ない。


 雨季は終わったはずなのに、合法的に裸を見ることができないなんて。新任早々、楽しみの一つが消えてしまった。翌朝、スイミングバッグを掲げた井上瑞葉みずはが、唇をとがらせながらいてくる。


「プールゎ?」
「ごめん。今日きょうは、できないな」


 俺が中止を告げると、教室が揺れ動くほどの大ブーイングが巻き起こった。先生も悲しんだよ、でも仕方ないんだよ。


 井上の隣りで、不安そうな表情の我妻わづまマリヤが「чтоシトー?」とたずねていた。井上がカタコトながらも、ロシア語を交えつつ丁寧ていねいに答える。


「スイミング! あーえーと、プラーヴァニェ、ないんだって! ニ・イグラエム!」


 それを聞いて、さらにマリヤは絶望を絵に描いたようなリアクションをした。そんな楽しみにしていたのか。だが、天気でだいたい察せるだろ? 数日間も続くと予報された雨雲を見上げ、俺は一つ溜め息を漏らした。


 そのまた翌朝。足元がびしょ濡れの児童たちが、続々と登校してくる。高学年がスムーズに内ズックに履き替える横で、俺は自分が受け持つ二年の子たちを出迎えた。


 学校側としては、レインコートを推奨しているが、蒸れるのを嫌がったり、仕舞うのが難しかったりして、着ない子も多い。風が強いと、傘ではカバーしきれず、濡れてしまう。また、傘では耐えきれず、壊れてしまう。長靴も同様に、年齢が進むにつれて履きたがらなくなる傾向があった。


「サイアク~! 車でね、かけられたんだよ! ほら、見てセンセ!」
 憤懣とした表情の飯田夏央莉いいだかおりが両手を広げて言った。ぴたりと貼りつく白いTシャツから、白いキャミソールが透けて見える。裸を見ることに執着していて、楽しみが消えたと思ったが、雨は雨で悪くはないのかもしれない。


 濡れたままの傘を振り回している男子を注意しつつ、長靴からボタボタと水滴が垂れているのを拭きつつ、座り込んで履き替える女子をチラ見する。ぬぐってあげる際、どさくさにまぎれ、タオルの生地きじの上から、ボディタッチもした。


 自前のタオルでく児童もいれば、タオルを持ってくるのを忘れたのか、構わずにそのまま校内へ入ろうとする児童もいた。そんな子たちは、俺が持参したふかふかのタオルで包んであげる。


「ふにゃっ!」
 鈴木姫冠てぃあらの身体をまさぐったときに、不意に彼女が奇妙な声を上げた。そして、暴れ出した姫冠を抑え込む。「ちょっ……濡れるから」


「だめぇ!」
「ご、ごめん。もしかして、変なところ触っちゃった?」


 身体を強張こわばらせる彼女へ俺はいた。本当は「変なところ触ったのバレた?」なのだが、意図せず・ ・ ・ ・に触ってしまったことを、言い方から暗に匂わせたい。


「く、くすぐられるの、弱いから」


 姫冠の発言に、俺はホッとした。なんだ、そういうことか。そういえば、着替えのときに山下明子はるこくすぐり合っていたのは、目撃したことがある。


 順番待ちをしている児童たちの足元にタオルをき、水浸しになったスニーカーを乾かそうとしているとき、脇腹あたりに添えられた手に気がつく。あまりにも小さな手で、すぐには気づかなかった。白い腕の先へ目を向けると、姫冠の顔が見える。


「ど、どうした?」
「せんせいは、くすぐり強いの?」
「んー、どうだろ?」


 擽らせようとしているのか、姫冠は手を必死に上下へ動かし、脇腹をさすっているようだ。さあ? 自分って、擽りに強いのか? 少なくとも姫冠の方法では、擽ったいというより、変な快感を覚えそうだ。シャツが引っ張られるたびに、乳首がこすられている。


「ほらほら、もう朝の会が始まるから、拭き終わった人から、教室に入って! 着替えたい人は急いで着替えて!」


 変な気持ちの限界を迎えそうになり、俺は姫冠の手を立ち上がることによって振り払う。号令をかけると、ぞろぞろと子供たちが移動していく。そんな中、マリヤが腹を抱え、とぼとぼ歩いているのが気になって、声をかけた。


「大丈夫? How are youハウ・アー・ユー? いや、違うか?」


 こういうとき、なんと言うべきか。ロシア語はまったくわからず、英語もつたなすぎて伝わらないのか、マリヤは立ち止まることなく、通り過ぎていった。話はあとで訊くとして、濡れた床で滑らないよう、まずは拭いてしまおう。
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