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第1部:窃盗と盗撮
第2話 再雇用の経緯。
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遡ること一ヶ月前。二十五歳の誕生日を迎えたばかりの俺に、なんとも嬉しいサプライズプレゼントが舞い込んできた。徒在小学校の校長室、今日は休日のため児童はいない。
促されるまま、俺はソファーに座った。二脚のコーヒーカップへ注ぎ、テーブルの上へコースターとともに置く。上座へ腰かけた校長が、徐に口を開いた。
「いや~、わざわざ悪いね」
「はい……久々で、ちょっとだけ緊張しています」
俺の母校だが、ここへ来るのは、今日が初めてのことになる。しかし校長先生とは、半月前、久しぶりに再会した。小学生のとき、お世話になったときと変わらず、柔和な表情を浮かべている。その校長が、次のように切り出した。
「……実は、二年二組の担任の先生が、産休に入ることになってね。人手が足りないんだ。うちで雇われてくれないかい?」
確か、労基法かなにかで、定められていたっけ。出産予定日の六週間前から申請が可能で、出産後も六週間は休めるはずだ。その穴埋めとして、元教え子に、お鉢が回ってきた、ということらしい。有り難い話だったが、俺は即答できずに、しどろもどろとなった。
「あ、あの。ご存知かと思いますが、お、俺は、その……」
校長は頑として言ってのける。俺に比べ、迷いはないようだった。「三年前のことを言っているのなら、もちろん話は聞いているよ。その上で頼みたいんだ。免許は再発行されたんだろう?」
「……はい」
「なら、問題はない。あのことは誰にも言わないし、こんな田舎じゃあ、知っている人も滅多にいるもんじゃない。よろしく頼むよ」
正直に言えば、また教壇に立てることは嬉しい。断る理由はなかった。「……はい」
「それじゃあ」と、校長は業務連絡に入る。「一ヶ月間は、宮部先生に、ついて回ってください。この学校に慣れていただくために。来月から産休に入りますので、そこからはお任せしていいですか」
「……わかりました」俺は深く頷いた。「よろしくお願いします」
こうして後日、一ヶ月後に産休へ入る宮部郁子先生と対面し、引き継ぎのため色々と見て回った。児童たちと、事前に顔合わせもした。出産予定日は、八月上旬。法律上、予定日の六週間前後ということになってはいるが、予定日を超過してしまうのであれば上限はない。
逆に言うと、出産が早まってしまえば、その分、勤務期間も短くなる。なるべく宮部先生には、難産であってほしい。
あとで聞いたところによると、宮部先生は二十七歳の初産。旦那は、同じ職場の人だったらしい。らしいというのは、今は別々の学校で、その顔を見た人は、この学校にはいないからだ。……と、噂好きな古株の先生が話しているのを、たまたま聞いてしまった。
職員室の中は、コーヒーの香りで充満していた。それと同じ香りのするものを、宮部先生から受け取る。渡されたマグカップの中には、なみなみと黒い液体が注がれていた。俺は礼を言って、ひとくち啜る。優しい口調で、宮部先生が言う。こういう感じの人だから、クラスの子たちに人気があるのかもしれない。
「ここには、もう慣れた?」
「はい、おかげさまで」
「そう……よかった」
宮部先生はニッコリと微笑んだ。すっかり、信頼も勝ち取ったらしい。自分で言うのもあれだが、顔はいいほうだと思うし、傍から見れば真面目な好青年だ。下手を打ちさえしなければ、過去のことがバレることはないだろうと、高を括る。
「中途で採用された方だから、正直、任せていいものか悩みましたが、いい方でひと安心しました。みんなも、懐いているようですし……」宮部先生は、キャスターつきの椅子を、ずいっと俺のほうへ近づける。「教壇に立つのは初めて? それまでは、どんなお仕事を?」
突然の質問攻めに、俺はたじろぐ。「あ、えっと……」
「あ、ごめんなさい、わたしったら……」
「い、いえ……」
「あの子たちのこと、よろしくね」
そう言って宮部先生が入院した翌日、つまり現在に至るというわけだ。
促されるまま、俺はソファーに座った。二脚のコーヒーカップへ注ぎ、テーブルの上へコースターとともに置く。上座へ腰かけた校長が、徐に口を開いた。
「いや~、わざわざ悪いね」
「はい……久々で、ちょっとだけ緊張しています」
俺の母校だが、ここへ来るのは、今日が初めてのことになる。しかし校長先生とは、半月前、久しぶりに再会した。小学生のとき、お世話になったときと変わらず、柔和な表情を浮かべている。その校長が、次のように切り出した。
「……実は、二年二組の担任の先生が、産休に入ることになってね。人手が足りないんだ。うちで雇われてくれないかい?」
確か、労基法かなにかで、定められていたっけ。出産予定日の六週間前から申請が可能で、出産後も六週間は休めるはずだ。その穴埋めとして、元教え子に、お鉢が回ってきた、ということらしい。有り難い話だったが、俺は即答できずに、しどろもどろとなった。
「あ、あの。ご存知かと思いますが、お、俺は、その……」
校長は頑として言ってのける。俺に比べ、迷いはないようだった。「三年前のことを言っているのなら、もちろん話は聞いているよ。その上で頼みたいんだ。免許は再発行されたんだろう?」
「……はい」
「なら、問題はない。あのことは誰にも言わないし、こんな田舎じゃあ、知っている人も滅多にいるもんじゃない。よろしく頼むよ」
正直に言えば、また教壇に立てることは嬉しい。断る理由はなかった。「……はい」
「それじゃあ」と、校長は業務連絡に入る。「一ヶ月間は、宮部先生に、ついて回ってください。この学校に慣れていただくために。来月から産休に入りますので、そこからはお任せしていいですか」
「……わかりました」俺は深く頷いた。「よろしくお願いします」
こうして後日、一ヶ月後に産休へ入る宮部郁子先生と対面し、引き継ぎのため色々と見て回った。児童たちと、事前に顔合わせもした。出産予定日は、八月上旬。法律上、予定日の六週間前後ということになってはいるが、予定日を超過してしまうのであれば上限はない。
逆に言うと、出産が早まってしまえば、その分、勤務期間も短くなる。なるべく宮部先生には、難産であってほしい。
あとで聞いたところによると、宮部先生は二十七歳の初産。旦那は、同じ職場の人だったらしい。らしいというのは、今は別々の学校で、その顔を見た人は、この学校にはいないからだ。……と、噂好きな古株の先生が話しているのを、たまたま聞いてしまった。
職員室の中は、コーヒーの香りで充満していた。それと同じ香りのするものを、宮部先生から受け取る。渡されたマグカップの中には、なみなみと黒い液体が注がれていた。俺は礼を言って、ひとくち啜る。優しい口調で、宮部先生が言う。こういう感じの人だから、クラスの子たちに人気があるのかもしれない。
「ここには、もう慣れた?」
「はい、おかげさまで」
「そう……よかった」
宮部先生はニッコリと微笑んだ。すっかり、信頼も勝ち取ったらしい。自分で言うのもあれだが、顔はいいほうだと思うし、傍から見れば真面目な好青年だ。下手を打ちさえしなければ、過去のことがバレることはないだろうと、高を括る。
「中途で採用された方だから、正直、任せていいものか悩みましたが、いい方でひと安心しました。みんなも、懐いているようですし……」宮部先生は、キャスターつきの椅子を、ずいっと俺のほうへ近づける。「教壇に立つのは初めて? それまでは、どんなお仕事を?」
突然の質問攻めに、俺はたじろぐ。「あ、えっと……」
「あ、ごめんなさい、わたしったら……」
「い、いえ……」
「あの子たちのこと、よろしくね」
そう言って宮部先生が入院した翌日、つまり現在に至るというわけだ。
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