盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

文字の大きさ
上 下
81 / 84
ローナ 16歳編

プロローグ

しおりを挟む


「絶対に俺の方が良いに決まっている」
「いいえ、こればかりは譲れません」


 ある昼下がりの平和を具現化したような午後ーークロイツ王国の外交を一手に担うリーヴェ侯爵の、素晴らしく優美で、そして壮観な根城の一画にて、男女が向かい合って言い争いを繰り広げている。


 対立の一方である男は、ダークチョコレート色の髪と煮込んだ赤ワイン色の鋭い瞳を持つ、年相応の幼さの残る顔立ちの中に、それとは矛盾する厳格さを漂わせる精悍な偉丈夫である。

 もう一方はというと、光を帯びて銀色にも見えるプラチナブロンドの髪を引っ詰めにし、太陽の輝く青空を思わせる瞳を持つ、実用性とそれなりのデザイン性を兼ね備えたお仕着せを身に纏う壮年の女。


 その正体は、片や侯爵令息、片や侯爵家お抱えの侍女という二人だが……どらちも手に一枚の図案を掲げ、間に火花を散らすほどに激しく睨み合っていた。


「よろしいですか?お嬢様が細工など不必要な程美しくいらっしゃるのは当然ですがーーそれとこれは別です!!最新の流行を積極的に取り入れつつ、新たな流行を生み出していくべきです!」
「細工など必要ないと言うのなら、下品極まりない流行なぞ取り入れる必要がない。リボンとレースをふんだんにあしらい、肌を一切見せないドレスこそが彼女に相応しい」


 どちらも互いの意見を聞き入れるつもりは毛頭なく、一歩も引こうとしない。

 しかし、どちらにも共通する事として、これだけ自信満々に己の案こそ相応しいと訴えるにも関わらず、話題の渦中たる張本人に同意を求めていない。


 なぜか。


「元気ねぇ」
「……この状況をその一言で済ませられるローナはすごいと思うよ」


 張本人たるリーヴェ侯爵家の令嬢ーーローナは、白銀の長い睫毛に縁取られた蜂蜜を蕩して微笑み、飼い犬が庭を駆け回る様子でも見ているかのような声色でそう言った。

 どこをどう聞いても、二人の激しい言い争いは"元気"の一言で済ませられるような簡単なものではない。
 隣に座る彼女の友人であるギーゼラは、ローナだけ違うものが聞こえているのではと疑わずにはいられなかった。


「下品とは何ですか、下品とは!今は踝が見えるくらいのスカート丈が洒落ていると、貴族の御令嬢方に人気なのです!精巧な出来栄えの靴を嫌味なく見せることができ、少女らしい活発さを演じることができて大変愛らしい丈だと評判を呼び、大大、大流行中なので御座います!それを、下品などと……!」
「ローナの踝を他の奴らに見せる必要性を微塵たりとも感じない。それにガードナー、貴方のその図案では踝だけでなく肩まで見せるようなデザインだ。肌の露出は許せない。絶対に!」


 まるで上等な音楽団の演奏でも嗜んでいるかのような顔で二人の言い争いを聞きつつ、ローナは紅茶を優雅に啜る。


 つまりーー大変珍しいことに、愛し愛しと想い合い、貴方の為ならばとセシルの提案に何でも頷いてしまうローナが、今回は同意せずに静観しているのだ。

 舞踏会用にあしらえるドレスも、普段に着るドレスでさえセシルの要望を叶える彼女が、だ。

 クロイツ王国の流行りから大きく外れた、ギーゼラ曰くの"修道女ドレス"を嬉々として受け入れているローナは、どうやら今ばかりはいないらしい。


 また信頼のおける侍女であるアンの案にも静観の姿勢を貫いている時点で、どちらの図案にも賛同してくれないというのがわかっているのか、アンもローナへ同意を求める声を掛けないでいる。


 そういう訳で。
 常ならばセシルの案を受け入れると声を上げるローナが傍観の立場を貫く様子から、彼女に己の図案を明確に拒否されるのを恐れている為、または普段は想い人の案を受け入れて流行遅れのドレスばかりを着用している主人へここぞとばかりに最新のものを身につけてもらう為、二人の言い争いは止まらない。


「確かにフントのはちょっとヤダなって私でも思うけど……アンさんの方は可愛いと思うよ?」


 セシルが掲げる図案に描かれたドレスは、一流の職人に彼が要望を伝えて図面に起してもらったものなので、何もかもが駄目という訳ではないが……。

 図案に描かれた流行遅れの首から足の爪先までキッチリ布で覆われた、顔と手先以外の肌を見せまいとする意図が感じられる"修道女ドレス"なのは兎も角として、いくら何でもリボンやレースが多すぎる。

 幼い印象を与えるどころか、ローナたちの年齢で着用するには、ちと痛い。


 それと比べると、アンが掲げる図案は天と地の差があると言ってしまっても過言ではないほどに素晴らしい。


 だというのに、ローナはギーゼラの言葉に曖昧に微笑むばかり。


 それもそのはず。

 ローナは心の中で、アンの図案に対して誰にも言えない意見を抱えていた。


 セシルが提案する図案に対して、ギーゼラが抱いた感想と全く同じことをローナは思ったので同意しなかったのは一先ずとしてーーアンが提案するそれは、ローナの頭にある前世の記憶に登場する『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』の中で『ローナ・リーヴェ』が着用していたドレスその物なのだ。

 『ローナのドレス』と銘打たれていたそれは、確かにプレイヤー達を魅了するだけの魅力が詰まっているが……ラスボス令嬢と名高かった彼女と同じものを着用する気には、到底なれないのだ。



 折角、王都一の腕前を持つデザイナーを呼んでのデザイン決めであったのに、このまま言い争いを続けるようでは、今日中に終わらないかもしれない。

 ローナは「元気ねぇ」と呟いたその裏では、この状況にどうやって終止符を打とうかと悩んでいた。


「ローナ、ようやく二年次の教科書ができーー……これは一体、どういう状況だ」


 そこへ現れたのは、この状況を打開すべくして現れたと言わんばかりの救世主ーー26の歳を迎え、両親から見目の良さがあっても三十路を超えれば御令嬢方は寄って来なくなる、頼むからいい加減妻を迎えてくれないかと悲壮感たっぷりに訴えられているローナの実の兄、イーサンである。

 室内の混沌とした雰囲気に若干の動揺を見せた彼の後ろでは、積み上げた教科書を腕いっばいにして持ち運んだ執事が控えている。


 ローナは教科書の礼を言い、これまでの経緯を簡潔に兄へ説明した。


「成る程……正直、私にはどちらの方がより良いのかわからない。だがローナは可愛い、きっとどちらも似合うのだろう」


 その言葉にローナは嬉しそうに頬を染めたが、ギーゼラはイーサンがセシルの案も受け入れていた事に、確かにわかっていないのだなと密かに頷いた。


「ローナは、何か希望は無いのか?」


 その言葉にハッとしたのはローナだけではなかった。
 イーサンが現れてからも言い争いを続けていた二人でさえも、口を止めたのだ。


「私、は……」


 ずっとローナの座るそばで落ち着きなくオロオロしていたデザイナーを筆頭に部屋中の人々が、彼女が紡ぐ次の言葉を期待して耳を傾ける。


「流行に乗るようなデザインではないのですが、一つ確かに、思い描いてみたものがあるのです」


 ……そこからの話は大雨が降った次の日の川の流れの如く、滞りなど少しも無かったかのように事が運んだ。


 ローナの案に否やを唱える者は一人としていなかったがーーアンはついにお嬢様に流行のドレスを身に付けさせることができると喜んでいた心持ちが灰と化して風に流れていくのを、何とも言えない心地で眺めていたのだった。



    *      *      *



 息を吹き返したデザイナーが新たなる流行の予感に心躍らせてローナの希望を図案に起し、図案を持ち帰って早速制作に取り掛かる為にローナの採寸を申し出た。


 婚約者の間柄とはいえーー淑女が下着一枚になるような場、しかも身体のサイズを測るような所に無遠慮かつ無神経に居座るつもりは無く。

 セシルはイーサンらと共にローナの自室を出た。


 晩餐会に招待されているので、帰宅するのではなくリーヴェ邸で待機する為にどこかの客室を借りようと、イーサンから申しつけられて案内を承った執事の先導について歩く。

 すると、廊下の向かい側からリーヴェ邸の主人ーーリーヴェ侯爵が小走りでセシルに近寄ってきた。


 義父となる人であり、そもそもの礼儀として挨拶をしようとしたセシルだったが、リーヴェ侯爵によってそれは遮られた。


「ああ、丁度よかった。ローナは今、何をしているのかな」
「制服の採寸をしているところです」
「成る程。それで、君は一人でいるのか」


 頷いたセシルに、じわりと汗が滲む額にハンカチを当てたリーヴェ侯爵が笑う。
 先の大戦の事後処理に未だ奔走する日々を送るリーヴェ侯爵は、いつもどこか急いている。

 何か労いの言葉をかけるべきか、いやしかし若造に言われたとて……とセシルが思案している間に、リーヴェ侯爵は共に小走りで現れた執事長に預けていた物を受け取っていた。


「ならばこれは君に頼もうか。私はこれから、少々急ぎの用があるのだが、どうしても今すぐローナに渡したい物があってね」


 そう言ってセシルに差し出したのは、一枚の紙きれと、手のひらで包み隠してしまえるほどに小さな筒のような物だった。


「これは?」
「ローナにとって、とても良いものだ。すまない、説明している時間はないんだ。その紙に用途が書かれているから、ローナの代わりに君が読んで説明してあげてほしい」


 それではね!と片手を上げ、再びリーヴェ侯爵は忙しなく来た道を戻って行ってしまった。

 ひとまず腰を落ち着けてから説明書きだという紙の内容を把握しようと、執事に言って客室までの案内を再開させた。



「それではしばらくの間、こちらでごゆっくりお寛ぎくださいませ」


 そう言って扉を閉めた執事の姿を横目で見届けて、体が沈むほどに柔らかい座面のソファーに座し、自分で注いだ紅茶を啜る。

 フント邸では殆どの時間を一人で過ごす為、ローナの側にいない時は一人にしてほしいと話したところ、寛容にもリーヴェは受け入れてくれた。


 その為、今客室にいるのはセシル一人である。


 ティーカップをソーサーに戻し、小さな筒を十分に観察してから、セシルはリーヴェ侯爵から受け取った物のもう片方である紙に目を通すことにした。




「『魔眼鏡』…………?」




 ーーそこに書かれていた単語を不思議そうに読み上げたのを、誰が耳に入れるはずもなく。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

処理中です...