盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

喧嘩するほど仲が…?

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 顎の下に収まっていたミルクの匂いがする髪の毛の柔らかい感触や、然程大きくはない私の体格でさえも覆うように抱きしめることができてしまう小さくて温かい体から、頭の後ろに感じる硬い胸板や、すっぽりと上から囲われるように抱きしめる事ができる、私よりも一回り大きい体に変化した。


 ギーゼラから奪取するように後ろから抱きしめられた私は、右耳はセシルの大きな手によって塞がれ、左耳はぴったりとセシルの胸にくっつけられた事で激しい心臓の鼓動だけしか聞こえず、どう対応すべきか考えあぐねていた。


「貴様がどうしてリーヴェ邸にいる。何故ローナに抱きしめられている。ギーゼラ・ネーベンブーラー、今すぐに答えろ」
「なぜも何も、あれからわたしとローナは友達になったの。抱きしめ合うくらい、友達なら普通のスキンシップだから!……ってかそんな勢いよく奪い取らなくても、女同士なんだから別にいいじゃん」
「うるさい。触るな、見るな、近寄るな。ローナと会話する時はロングソード十本分離れてからにしろ」
「叫びながら会話しろってこと?」


 二人が何か言い争っているのは塞がれた耳でもボンヤリと聞こえるが、内容まではわからない。

 言い争いをしているならば放してほしくて、右耳を押さえるセシルの手を軽く叩いて訴えるが、何を勘違いしてか、抱きしめる力が強くなった。

 はっきり明確に訴えればいい話なのだが……下手な手を打ってしまうと、今のセシルの状態が悋気による精神不安定な場合、被害がギーゼラに及びかねない。

 ……というか、この状態のセシルに反論できているだろうギーゼラが凄い。
 いつぞやのロルフといい、ゲームの登場人物は精神が鋼で出来ていないと務まらない規則でもあるのだろうか。


「ローナは俺とリーヴェ家以外に関わりを持つ必要はない。友人などいなくていい」
「ハァ~?"友は何にも勝る財産である"って言葉を知らないの?」
「格言は時に綺麗事でしかない。今この瞬間も然り、だ。今すぐに帰れ」
「い・や・だ!」


 明らかに頭上を漂う二人の雰囲気が険悪になっていくのを肌で感じる。静電気みたいなピリピリから、地が割れそうな落雷になった気がする。

 これはもう悋気スイッチを押そうが押すまいが変わりないくらいに状況が悪化してしまっていると判断し、せめて少しでもセシルが落ち着くようにと抱きしめ返してから、耳を塞いでいる手を放すようにお願いした。


「……はなしてあげなよ。むしろ、なんでローナの耳塞いでんの」
「これ以上貴様の声をローナに聞かせたくない」
「いちいち腹立つ……」


 放す前にまた一悶着あったような気がするが、一先ずセシルが右耳を解放してくれた。


 セシルの心臓の音だけが響いていた脳内に、濁流のように様々な音が流れ込んでくる。

 微弱な風が吹く音でさえも拾ってしまう程に敏感になった耳に違和感を覚えつつも、詳しい状況をできるだけ知りたくて、周囲の音に耳を傾けた。


 とりあえず私が一番知りたいのは、アンが慌てているか、否か。

 ……大丈夫そうだ。やっぱり二人は言い争っていたのか他の侍女たちの落ち着きが無いようだが、アンは特に何か指示を出したとか、自ら動いている様子ではない。

 という事は、心配していた二人の言い争いはそんなに険悪なものではなかったのね。


「ローナ、大丈夫?セシル・フントの馬鹿力で耳潰されちゃってない?」
「貴様のようにただただ力任せな技術に欠けたことはしない。ましてやローナだぞ?加減ができない筈がないだろうが。馬鹿か」


 は、初めてセシルが"馬鹿"とか言ってるのを聞いた気がする……本当に大丈夫なんだよね?


「えっと、大丈夫よ。セシルは優しいから……それより二人とも、何を言い合っていたの?」
「ローナは気にしなくていい」
「うわっ何今の声、気持ち悪っ。デロデロに溶けた砂糖みたい」
「…………」


 ギーゼラはギーゼラで、こんなにも喧嘩腰に話せたのね……邸に乗り込んできた時は冷静さを欠いていると思っていたけれど、今の言葉を聞く限り、あれでも一線は超えていなかったのね。


 兎も角、このような事態になったのは私が原因だ。
 セシルにはギーゼラが友達になった事を伝えられていなかったし、私自身忘れていたとはいえ、ギーゼラにセシルが今日訪れるかもしれないと伝えていなかった。

 それを謝罪せねばと、ぎゅっと一度腕に力を込めてから体を放し、まずはセシルと正面から向き合う。


「あのねセシル。実は最近、ギーゼラとお友達になったの。貴方にも伝えようと思っていたのだけれど、機会を逃してしまって……貴方にとっては、私の部屋に家族でもない存在がいるように思えて警戒させてしまったわよね……ごめんなさい、貴方に早く伝えなかった私の落ち度だわ」
「いや、その……」
「ギーゼラも。セシルがここへよく訪れる事を伝えていなかったから、突然現れたのに貴方も驚いてしまったわよね……ごめんなさい」
「ううん!ローナが謝ることなんて、その……」


 セシルに続いてギーゼラとも正面から向き合って謝罪したのだが、二人から返ってきたのは歯切れの悪い返事だった。


 やっぱり伝え忘れは、規律を重んじる軍と深く関わっている二人には許し難い事だったかしらーーなんて私が真剣に考えていたというのに、この時の二人ときたら、ジェスチャーで「一旦、休戦、話を合わせろ」「了解」などとやり取りをしていた。


「そうか、ネーベンブーラーと友人になったのか。俺の方こそすまない。また奴が君に迷惑をかけているんじゃないかと、早合点してしまっていた」
「セシル……ううん、こちらこそ本当にごめんなさい」


 よかった。ギーゼラとの事、わかってくれたのね。

 ホッと安堵のため息を吐いた私には、後ろで舌を出してウゲェッと嫌なものでも見たかのような表情をしていたギーゼラに気付く事はなかった。


「あっ、えーと……わたしも、突然フントが現れたのには驚いたけど、全然、これっぽっちも気にしてないから!だから謝らないで、ローナ」
「ありがとう、ギーゼラ」


 喧嘩腰の会話が幻聴だったかのようにいつも通りのギーゼラに戻っているのにもホッとして、眉尻を下げて微笑む。

 そしてその後ろでギーゼラを親の仇とでも言わんばかりの眼光で睨みつけていたセシルの事も、当然気づけるはずもなく。


「うふふ。私のミスで集まったとはいえ、セシルとギーゼラの二人と一緒にいられるなんて、とっても幸せだわ」
「……それは、良かった」
「ソッカー」


 未だ二人の間で火花を散らしているなどと、考えもしなかったのである。


 それじゃあアフタヌーンティーの続きをしましょうかと手を打って、アンにはセシルの分のティーセットの用意を、他の侍女にはすっかり冷めてしまった二人分の紅茶を淹れ直すように指示した。


「このバウムクーヘンはね、ギーゼラが持ってきてくれたものなのよ。とっても美味しいの」
「ふぅん……でもローナ。ローナはバウムクーヘンよりもシュトレンの方が好きだと、前に言っていたよね」
「えっ?ああ、そうね……でもあれは、食べる時期が決まっているもの」
「ローナが食べたいと思うなら、時期に縛られずにより好きな方を食べるべきだ。今度のアフタヌーンティーには、俺が・・王都で一番のシュトレンを焼く店のを買ってこようか」


 今なんか、やけに強調した部分なかった?

 時期外れのものだから今まで何となく選択肢から外していたけれど……確かにセシルの言う通り、別に他の時期に食べてはいけないなんて規則がある訳でもないのだから、今度のアフタヌーンティーのお茶菓子に良いかもしれない。

 それにせっかくセシルが用意すると言ってくれているのだから、甘えてしまおうか。


「そうね。それじゃあ、今度はセシルにーー」
「ローナはシュトレンがお菓子の中で一番好きなの?それとも、シュトレン以上に好きなお菓子があるの?」
「えっ?えっと、そうね……シュトレンもすごく好きだけれど……一番、ではないかしら」
「じゃあ、一番は何?」
「一番は……そうね。色々なものを試してきたけれど、やっぱり一番はクロテッドクリームをたっぷり付けたスコーンかしら。紅茶に一番よく合うもの」
「なら今度のアフタヌーンティーまでに、一番美味しいスコーンを焼くってお店を私が・・探して持ってくるね!」


 今なんかギーゼラまで、やけに一部分を強調していなかった?

 どちらも嬉しい提案だけれど……心なしか部屋の温度が二、三度下がったような。


 どうしよう。
 これはもしかしなくとも、言い争いによって二人の関係に亀裂が入ってしまっているのではないだろうか。

 出来るなら修復したい。けれど吹雪さえ吹いてきそうな部屋の空気に、どんな言葉を皮切りにすればいいかわからない。


 何か……何か、部屋の雰囲気がガラッと変わるようなことが起きてくれれば良いのだけれどーー。



「ローナ!朗報よ!!ついに母はやりました!」



 ーーだからといって、さらに事を引っ掻き回しかねない人が来て欲しいとは言っていない。


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