盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

興味の矛先が不動

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「ローナッ!!」


 自分の行いを反省し、すっかり萎縮してしまったギーゼラをどうにか回復してもらおうと、私は我が家自慢のシェフの特性クッキーを振る舞う事にした。
 すると、ポツポツとこぼすようにだが、それでもギーゼラは受け答えできるくらいに気力を取り戻してくれたーーというところで、客室の扉が激しい音と共に風を伴って開かれた。

 それと同時に、吸う空気の足りていない激しい呼吸音混じりに切羽詰まったような声で私の名前を叫んで現れたのは、先程兄さんに代筆を頼んだ手紙と共に早馬を出してもらった、その相手。


「セ、セシル……?」


 応じてくれたのね、と感謝の言葉を述べようと口を動かすには、セシルに余裕が無さ過ぎる。


 どうしてセシルが、こんなにも慌てて現れたのだろう?

 それにリーヴェ邸に到着するのも、予想を遥かに上回って早かった。今日は家の用事があって、それが何時に終わるかわからないから来れないと言っていたのに……偶々、丁度区切りが良かったのかしら。


 ともかく、セシルが突然の呼び出しに応じてくれた事は何より優先して感謝すべきだし、断られなくて良かった。

 用事が済んでいなかったら来られないかもしれないとも思っていたので、その場合の対処を考える必要が無くなったのには助かった。


 ……などと私は、セシルの訪れを呑気に歓迎していたのだけれど。

 セシルが珍しく礼儀を忘れて兄さんへの挨拶からではなく真っ先に近づいてきたかと思うと、私の肩を両手で包んだ。
 一連の流れの素早さとは裏腹に、私の肩を掴む両手は壊れ物に触れるかのように繊細さを持っている。


「ローナ、何があった。怪我……は見たところしていないようだが……見えないところか、それとも見えない怪我なのだろうか。もしくは病……か?治らないものではないのなら、心配しなくていい。父は身体が弱い娘を娶るのは世継ぎがどうのとうるさく言うだろうが、無視して良い。治らない、ものなら……わかった。死ぬ時は一緒だ」
「えっ……えっ?」
「それとも……まさか、俺にも言えない……いや、俺に言いづらい事だろうか。大丈夫だ、心配しなくていい。例えローナにどんな困難が襲おうとも、俺は君を離したりしない。幸せな時も、落ちる時も、俺は君と共にあり続ける」
「ありがとう…………?」


 ……セシルは何の話をしてるんだろう……?
 何が何だかよくわからないけれど、私はこの人にたくさん愛されてるのね、という事だけは充分伝わってきた。

 頭の上に疑問符を増やし続けている私はされるがままで、ギーゼラという客人がすぐそばにいる中でキツく抱きしめられたのに、窘めるのさえ忘れてしまった。

 とりあえず、熱いくらいの熱がセシルから伝わってきて、全速力で駆けつけてくれたのだという事はわかった。


 そういえば今この瞬間は、鍛錬の後は必ず汗を流してからしか会ってくれないので、なかなかに貴重かもしれない。

 汗の匂い混じりの、いつものセシルの匂いがして、息が上がるほどの運動をこなした体が温かくて、眠気を誘うほどに気持ちが良い……………。


 ーーいや。そうではなくて。
 そういうのは落ち着いてから堪能すれば良いのであって、今は成すべきことをするべきであるからして。


「えっと、セシル……?どうして私に、何かあった前提なの……?」


 温もりに絆されて「もう少しこのまま」なんて甘い考えが芽生え始めたがーー何やら勘違いをしていそうなセシルとよく話し合わねば。

 話の食い違いは早いうちに訂正しておかないと、おかしな方向に突っ走り続けかねないので。


「……違うのか?」
「むしろどうして、私に何かあった、という話になったの……?」


 兄さんに代筆してもらった手紙には『今日リーヴェ邸に訪れてほしい』事と、『でも用事が済んでいないのであれば出来る限りでいいので、無理はしないでほしい』という内容を書いてもらったはずだ。

 素直に用件を伝えなかった自覚はある。「ギーゼラに会って欲しいから来て」などと正直に伝えたところで、セシルが応じてくれるとは思えなかったので。


 なのに何故、それが私に一大事があったという解釈になったのだろうか。


「早馬で届いた手紙に『できればリーヴェ邸に来て欲しい。話がある』……と」


 無言で兄さんがいる方を見る。
 何も映らないはずの視界に、気不味そうに目を逸らした兄さんが見えたような気がした。


「ローナがいつも代筆を頼む侍女の筆跡ではなくイーサン様のもので、内容が内容だったから……だから俺はてっきり、ローナに何かあったのかと」


 確かに、兄さんの筆跡でセシルの言っていた通りの簡潔な内容だったのなら、私の一大事だと解釈してしまったのは無理もない。


 なので。


「兄さん……?」
「……いや、その……なるべく急ぐべきなのだろうな、と」
「兄さん」
「…………ほんの出来心で。セシルがどれだけ速くここに来るのだろうかと、気になってしまった」
「…………」


 セシルで遊ばないでほしい。


「君に何か有った訳じゃないならそれで良い……だからローナ、それ以上イーサン様に凄まないでほしい。俺も、少し……ほんの少しだけ、怖い」


 普段は光がさすと痛むので閉じている目を開けて、兄さんがいる方をただじっと見つめていただけなのだけれど、それなりに効果があったらしい。
 セシルに怖いと言わしめる眼力……ということかしら。


「でも、家の用事があったんじゃないの?途中で抜けさせてしまったとか……」
「ああ、それなら大丈夫。殆ど終わっていたようなものだったから」


 セシルがいいと言うのなら、用事にも影響が無かったのならと、私は兄さんを無言で見続ける作業を一旦取りやめた。

 隣からあからさまにホッと安堵の息を吐いたのが聞こえたが、ひとまずは放っておこう。兄さんとは後で、たくさんお話をしましょうね。


「それでね、セシル。突然、貴方を呼んだのは……」
「そこにいる、ネーベンブーラー伯爵の令嬢が関係しているのだろう?」
「ええ、まあ、そうね……彼女のこと、知ってる?」
「……知っているとも言えるし、全く知らないとも言える」


 歯切れの悪い返答に、私の嫌な予感が的中しそうな気配を察知する。

 ギーゼラが、セシルとの対戦で勝ったことがあるかと聞いた時から「もしや」とは思っていたが……これは当たってしまうかもしれない。


「ネーベンブーラー隊長から騎兵を学んでいるから、隊長が娘を連れてきたのを見たことがある。それと、城の訓練場で見かけたことも。だがそれくらいだ。あとは知らない」


 あちゃー、と声に出してしまいたいのを我慢して、悲壮感たっぷりに「そう……」と一言だけで返事を返した。


 やっぱり。

 薄々そうなんじゃないかとは思っていたがーーギーゼラはセシルと対戦したことさえ無いのだ。


 私の前では片鱗さえ見せないのでよく知らないが、他から聞く"セシル"という人は、兄曰く「いつも不機嫌そうな顔をしている」だとか、セシルの従姉妹モニカ曰く「気難しくて融通が効かない。しかも軍関連は天井知らずにプライドが高いからさらにめんどくさくなる。実力が伴ってるのが余計に鬱陶しい」……らしい。


 前情報から推測して、セシルがギーゼラと素直に対戦するだろうか?と疑っていた。
 言い方は悪いがーーセシルにとって格下だろうギーゼラと対戦したことによる利益計算をして、受け入れそうにないなと考えたのだ。


「あのね、セシル。彼女はギーゼラ・ネーベンブーラー様よ。ネーベンブーラー伯爵のご令嬢で、貴方と同じように騎士を目指していらっしゃるの」


 まずは、ギーゼラが騎士を目指しているところから伝えてみた。
 まさかそれさえ知らない、気づいていないなんてことはーー。


「へえ、そうなのか」


 いくらなんでも、関心が無さすぎるんじゃないかしら……?


 ギーゼラに興味があったらあったでうるさく言い出す自分を棚に上げて、訓練場で珍しいだろう女性の仲間に対する認識がその程度なのはどうなのかと、私は苦笑を浮かべた。


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