盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

小さな女の子

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「勝ったことは、その……」


 ……まあ、一度もセシルからギーゼラの話を聞いたことがなかった時点で、彼女がそれほど重要な人物では無いーーつまり、セシルが負けるような強者ではないことは察しがついていた。


 でも彼女に言われっぱなしの押されっぱなしだったののをこちらのペースに持っていく為には、良い切り込みだったと思う。

 その証拠にギーゼラは先程までの勢いを失い、言葉を選びながら発言しようとして、どれも及第点すら取れずに出かけたものを引っ込める、という作業を繰り返している。


「一度も無いのでしょう?それなのにどうして、セシルが腑抜けたとわかるのですか。練習量がそのまま実力になる訳ではないと、そちらの分野に浅学な私でも容易に察せられる事です。そしてそれは、常日頃から実感しているだろうあなたならば、当然」
「…………」


 過度な運動は、身につくばかりか体を壊す可能性が高い。ましてや、私たちは成長期真っ只中の13歳である。

 無闇矢鱈に鍛えればいいというだけではないのだと、セシルも言っていた。

 かつて彼が行なっていた日が暮れるまでの鍛錬とは結局、腕や足を痛めたりして、本来鍛錬に回すはずだった時間を治療に費やす事になってしまう。


 それでもセシルが無茶な鍛錬を続けていたのはーー思い出すだけでも頬が熱くなる話だが、王太子殿下の婚約者の私に会いたいのを我慢する為だったのだとか。

 鍛錬に没頭する事で少しでも私のことを考えるのをやめようとしていた……らしい。


「……ローナ?」


 セシルからかつて無理をしていた話を聞いた時を思い出して頬に熱が集まっていた私だったが、兄の困惑混じりの呼びかけにハッと我に返った。

 いけない、いけない。今はギーゼラの相手だった。


 コホンとひとつ咳払いをして気を取り直し、私は意識して目をつり上げてギーゼラがいる方を見据えた。
 舌に乗せた言葉に、迫力と説得力を装飾するために。


「貴方はどうして、そんなにも焦って・・・いるのですか」
「"焦って"って、わたし別に何も……」


 本心を問いかけるようにジッとギーゼラを強く見つめるとーー彼女の心に引っかかりが見つかったのだろう、言葉は半端に途切れたきり紡がれなくなった。


 セシルと彼女の関係にほとんど部外者の立場である第三者視点の私からはありありと見える彼女の不安は、本人は気づきにくいものだろう。

 だからギーゼラは心に思い当たるものがあり、でもそれが何なのかはわからなくて、上手く私に反論できない。


「先程までの勢いはどうなさったの?」
「…………っ別に、今までと変わらないし!」


 彼女の怒りを煽りたいのではなく、自覚を促す為に発した言葉だったが、私に何か言い返さなくてはと余計な怒りを生んでしまったらしい。

 努めて優しい声で言ったつもりだったけれど……。


 ともかく。

 恋敵ではないとわかった以上、私はギーゼラと喧嘩するつもりはない。

 自覚を阻むギーゼラの怒りを解消するため、彼女が言い訳を紡ぐよりも先に口を開くことにした。


「貴方は先程まで、捲し立てるような、怒りそのものを私にぶつけるように話していらしたわ。それはどうして?」
「どうして……って、それは、セシル・フントが腑抜けた要因があんただって気づいた時の事を思い出したから、思わず……」
「それじゃあつまり、貴方は私に怒っているのね」
「…………」


 ギーゼラから返ってきたのは沈黙であった。
 返事を待たず、私は話を続ける。


「セシルを駄目にした私に怒り、セシルを目標に掲げて頑張ってきた貴方の努力を台無しにしてしまう私に怒っているのね」
「……違う。別にわたしは、あなたに怒ってるんじゃなくて……」
「それなら、セシルに怒ってるの?」
「…………」


 再び返ってきたのは、沈黙。

 無理もない。
 私がギーゼラにしている事はーーセシルが腑抜けたんだと思い込み、原因はその婚約者にあるんだと決めつけて、彼女が受け入れずにいた"焦り"と向き合わせようと誘導しているのだから。


「貴方の目標であるセシルが腑抜けたことに、怒っているのね」
「………………ちが、う。怒ってなんか、ない」


 今まで冷静に見つめ直したことなんて無かったのだろう。

 きっと受け入れるのはとても苦しいだろうけれど、こちらとしては大切な人を侮辱されているので、おあいこという事にしてほしい。


「じゃあ、どうして貴方は目標であったセシル・フントが腑抜けてしまったのは婚約者のせいだと捲し立てていたの?」


 苛立ちは何も、怒りからくるだけのものではないのだと、彼女の心の奥底では十分過ぎるほどに理解している筈だ。


 暫くの沈黙の後、隣の兄から息を呑んだ音がした。心なしか慌てているような気配もする。

 どうしたの、と問いかけようとしたーーその時。



「だってーーだって、認めたくなかったっ」



 ブルブルと喉を震わせ、涙に濡れた痛ましいギーゼラの叫びが客室にこだました。


 兄が控えていた執事へハンカチを用意するようにと指示したのを聞き流し、続きを促すように軽く頷いて返す。

 鼻をグズグスと鳴らしてしゃくり上げながらも、ギーゼラは懸命に自分の思いを紡ぎ始めた。


「お母さんは日が暮れるまでの鍛錬は許してくれないから、セシル・フントの練習量を真似できなくて……っだから、だからわたしはセシル・フントには敵わないんだって……"女だから"とか、"生まれ持った素質"とか、そういう自分じゃどうしようもできないもので負けてるんじゃないって、ずっとずっとそう思ってきたのに……なのに、前より練習量がずっと少なくなった今でも、セシル・フントは何も……ほんとうは、何一つとして変わらない……!!」


 軽い足音を鳴らして客室に現れた侍女はきっと、ハンカチを持っているのだろう。
 でも、ハンカチといえど横槍を今入れられるのは困る。

 話しかけるタイミングを伺っているだろう兄さんに片手を挙げることで制止の合図を送り、ギーゼラには「それで?」と相槌の範囲を出ない短い言葉を返した。


「わたしはお母さんみたいな立派な騎士になりたくて、その為には誰にも負けないくらい強くならなきゃいけないのにっ……それなのにわたしは、同い年の女の子の中で誰よりも小さくて……頑張って身長も筋力もどうにかしようとしたけど、ちっとも伸びなくて……誰よりも努力して、誰にも負けないくらい鍛錬して、男なんか目じゃないくらい、頑張ってるのに……実力差は縮むどころか、離れていって……」


 今から三年後の話になるがーーゲームでのギーゼラの身長は、145㎝とかなり小柄である。

 これは女性キャラクターの中で最も低く、二番目に身長の低いヒロインでさえもギーゼラにとっては少し頭を上げなければ目を合わせられない相手だった。


 日本女性の平均身長にも届かない彼女の小柄に部類される身長は、中世ヨーロッパを思わせるこの国では尚更で。


「焦って、焦って、焦って……どんなにたくさん努力しても、どうにもならなくて……諦めたくないのに、わたしはどこまでも"非力な女"で、その女の中でも一際チビで劣ってるって……っそんな自分にイライラして……!!」


 卑怯な話だが、私は彼女が語った話の大体を知っていた。
 ゲームでは今のように取り乱してはおらず、冷静に、どこか他人事のように達観していたけれど、セシル云々を抜きにすれば大旨は同じだった。


 でもーーわかっていて自分で仕掛けた事だというのに、とても胸が痛くて苦しい。


「…………駄目なのは自分だったのに、苛立ちをセシル様のせいにして、楽をしてました。ローナ様のおかげで、それに気づくことができました……これまでにたくさん、失礼な事を言いました。許されないような暴言を、吐きました。本当に、申し訳ありません」


 ギーゼラは深く頭を下げてそう言ったのか、地面に反射したのが耳に届いたので、なんとか聞き取れたくらいに声がくぐもっていた。

 ようやくタイミングが来たと兄がハンカチを渡そうとしたようだが、ギーゼラにこれ以上の迷惑はかけられないと断られている。


 ……これで終わりで、本当にいいの?
 ギーゼラが泣くほど辛い思いを誘導で自覚させて、私は非礼を謝ってもらって。


 胸のあたりに残った蟠りは、無視できない程に大きい。



「兄さん、お願いがあるの」



 私の口は自然と、そう言葉を発していた。


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