盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

ライバル令嬢

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 改めてプレゼントされた点字図書の表紙から開き、題名が打たれているだろうあたりに指を這わせると、前に兄が一番好きな本だと言っていたのと全く同じ名が刻まれている事に気がついた。

 兄さんは三年前の約束を忠実に守ってくれたようだ。


「まず点字に直したのはそれだったが……今優先的に取り組んでいるのは、ローナが入学した時に使う事になる教科書類だ。それを一冊作るのにかかった時間程ではないが、趣味として読む物語類はまだまだ先になりそうだ。すまない。もう少し待って欲しい」
「教科書まで作っていただけるなんて、充分過ぎるほどです。いくらでも待てます」


 ……入学は15歳になる年だから、あと二年で一年生の教科書全てを点字図書に直すつもりなのだろうか。


 また無理をするのではないだろうかと心配になって、兄さんに言い聞かせるように「無茶はなさらないでくださいね」と私は凄んで言った。


「……ウン」


 兄さん、今頷いたな?聞いたからな?言質は取ったからな?

 それならばなりよりですと表面上はにこやかに頷き返して、約束を破った場合は泣き落としでもして休ませようと意志を固めた。


 今すぐにでも読み始めて、早いうちに点字の文章を速読できるようになるために慣れようとも思ったけれど、久しぶりに取れたせっかくの兄さんとの時間を一人で集中する事に費やしたくない気持ちもある。

 ひとまず優先すべきは兄さんだと、私は点字図書をクッキーやティーセットを避けたテーブルの端に置いた。


「? 今、読まないのか」
「あら、まさか私の話から解放されるとホッとしていたのですか?薄情な兄さん。私にはまだまだ沢山、兄さんに話す事がありますのよ」


 特に意味もなく兄を困らせたくてわざと意地悪な言い回しをした私だったけれど、兄さんは少しの動揺も見せないで、嬉しそうに笑って頭を撫でてきた。


「今日は甘えただな」


 ……そんなんじゃない、とは反論できなかった。



   *      *      *



 我が家自慢の料理長であるジュールがアフタヌーンティーに新作のお茶菓子を追加すると張り切っていた話を兄さんにしていた時、珍しいノック音が私の部屋に響いた。

 慌ただしく叩いたような、急ぎの用事があると隠さないそれに違和感を覚える。

 我が家の使用人は例外なく母の厳しい審査を通り抜けてきた、謂わば玄人たちで、いかなる状況にも臨機応変かつ冷静に対処できる人たちばかりの筈だが。


 どうやらそれは兄も同じだったようで、「誰だ」と、いつもよりも低い音で訝しげに返した。


「ご歓談中失礼致します」


 そう言った声の主は、我が家の執事であった。


「ノックの仕方を忘れたのか?アレン」
「申し訳ありません……少々、急ぎのようでして……」


 父の秘書も務める執事長とは違い、アレンという執事はほぼ兄付きのようなものなので他の使用人よりもくだけた関係なのは知っていたが、まさか兄が皮肉を交えられる程に親しい仲とは。


「それで、用件は何だ」
「それが、その……イーサン様にではなく、ローナお嬢様にでして」


 ノック音よりも衝撃的な光景に思わず兄さんに気を取られていた私だったが、突然部屋中の注目が集まって肩がピクリと震えた。


「私に?……あっもしかして、セシルが来たの?今日も王城の訓練場で鍛錬だと言っていたから、帰りに寄ってくれたのかしら……でもまだそんな時間じゃないわよね?」


 私に用といえば、の人をあげたのだが、すぐさま執事によって否定されてしまった。


 ちなみにーー私の好きな人はストイックが過ぎる所があるので、例え王城だろうがそこに鍛錬に適した場があるのならば、先日の一件による気不味さなぞ何のそのと向かってしまえる。

 ついでに、先程まで私が貪り食っていたクッキーは、そういった事情でリーヴェ邸を訪れる事ができないという謝罪が書かれたカードと共に届けられた品物だったりする。


「あとは…………まさか」
「! おい、その方は今どこにいる」


 頭の中に並べた人々をぐるりと一瞥してみて、ここ最近の出来事の中で我が家までわざわざ足を運んで私を訪ねるような人は誰だと考えてーー最も歓迎したくない人に思い当たり、サァッと顔を青ざめた。

 兄は私の様子を見て訪問者の合点がいったのか、切迫した声で執事に掴みかかる。


 ……けれど執事は私たち兄妹の緊迫した様子とは裏腹に、むしろ何故そこまで私たちが慌てているのかわからないというような様子で「客室にお通し致しましたけれど……」と呟いた。


 あまりにも拍子抜けな執事の声に、強張っていた肩から力が抜ける。


 ……歓迎したくない人王太子殿下じゃないの?



「……アレン。速やかに客人の情報を説明しろ」


 私につられて早とちりしていた兄だったが、今度は冷静さを取り戻して執事に問うた。

 兄の命令に従う癖が付いている執事は、今度は言い淀む事なく的確に、簡潔に情報を私たちに渡したのだった。


「つい先程、突然、ネーベンブーラー伯爵家のご令嬢がローナお嬢様に用があると言っていらっしゃいました。どんな事情があってお嬢様に用があるのか聞き出そうとしたのですが、直接物申したいことがあって訪問したのだから、兎に角お嬢様を出せとの一点張りでして」
「……紛らわしい!」


 兄さんが嘆いたのに執事は謝罪しているのを遠くに、私は聞こえた名前に前世を思い起こしていた。


 ネーベンブーラー伯爵家。
 それは確か、『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』に登場する"ライバル令嬢"の家名だった筈。


 名前は……そう、『ギーゼラ・ネーベンブーラー』。


 赤みが強い金色の短髪とルビーの輝きを持つ瞳が特徴的な、少年と見紛う容姿の通りに元気いっぱいで暗い所のない、明朗快活な美少女である。


 ギーゼラもまた"ライバル令嬢"の名称の通り、攻略対象者の一人である彼女の幼馴染のルートにてヒロインの恋路を遮るキャラクター……なのだが。


 明るい性格の通り、ローナやカミラのような卑劣な真似をせずに堂々とヒロインに対峙し、好きな人を振り向かせるべく己を磨く努力をする。

 そして最終的にヒロインに好きな人を奪われても、自分の至らなさを反省して負けを認めるような素晴らしい人格者である……誰かさんらと違って。


 しかもーー"ラスボス令嬢"の『ローナ・リーヴェ』や"悪役令嬢"の『カミラ・ベーゼヴィヒト』とは異なり、主要で登場する女性キャラクターの中で唯一ヒロインとの「友情エンディング」が用意されていた。

 その為、彼女こそが最推しと言うプレイヤーや、彼女との「友情エンディング」こそが一番のお気に入りだというプレイヤーさえいる程に『ギーゼラ・ネーベンブーラー』の人気は高くて。


 ……つまり、何が言いたいかというと。


「どうしてネーベンブーラーのご令嬢が、私に用があるのですか」


 今まで関わる要素など全く無かった筈のゲームの登場人物が訪問してきて、私はかなり動揺しているという事である。


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