盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

とっておき

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 舞踏会へ行くよりもずっと前、私が13歳の誕生日を迎えた日。

 レーヴェ王国の現国王陛下であり私たちの従兄のヘンリー様からお祝いのプレゼントと共に、一通の手紙が届いた。

 手紙の内容を要約するとーークロイツ王国の王太子殿下が私以外と婚約するつもりはないと発言したのがレーヴェでも噂になっており、まだ王太子の子供の我儘だと寛容に受け止められているが、近いうちに別の意味で捉えられるかもしれない、とのことだった。

 大人の仲間入りとしてプレゼントされた豪奢なネックレスの中に隠してあった手紙を見つけられたのは、お母様のお手柄である。

 さらに手紙は念には念を入れてレーヴェ語の文章に他言語を無作為に交えて書かれており、万が一検閲で見つかったとしてもーー私たちにとっては親戚間のやり取りだが、相手は他国の最高位なので必ず内容を確認されてしまうーー読めないようになっていた。


 それでも明確に書くのは憚られたのか解読した文章でさえ遠回しな言い回しだったけれど、要はレーヴェ側としては私とクロイツ王太子の結婚に反対しており、既に破棄されたのならそのように通告してほしいとの意図が含まれていた。


 それに対して、兄さんはすぐさま正直に現状を説明する返事を書いた。
 検閲に引っかからないようにレーヴェ王族の暗号を用いて、傍からみれば、私の誕生日プレゼントへの御礼の手紙にしか見えないように工夫して。


 ヘンリー様はそれからさらに返事を返してくれたのだが、それが届いたのはお茶会の日の直前だった。
 検閲を通らないように、各国に嫁いだ伯母たちを何度も経由してリーヴェ邸に届けられたので、大いに時間がかかったのだ。


 そこに書かれていた内容は、私にとって都合の良いものだった。
 お茶会の王太子殿下対策を練っていた我が家にとってあまりにもタイミングの良い話に、思わず、手紙が本物かどうか兄に何度も尋ねてしまった程に。


 ヘンリー様のお考えはこうだ。


 現在、レーヴェ王国とクロイツ王国が同盟を結び、ハーン王国への抑制力となる考えは全く無い。

 なぜならば、レーヴェはハーンとの長年の不和を案じ、新時代への一歩として彼の国と結婚による国交改善を目指している。

 それを妨害するようなクロイツの行動には苦言を呈さねばならない。

 しかし文化的、経済的交流の面においてレーヴェとクロイツは切っても切れない関係を築いており、維持または更なる利益の為に繋がりの強化を望むというのならば、新たなる隣人であるハーン王国を刺激するような手ではなく、別の方法を取ることは吝かではない。


 ……との事だった。

 この知らせには兄だけでなく父や母も驚いた。
 まさかあのレーヴェがハーンと手を取り合うような未来が来るとは、誰も予想だにしなかったからだ。


 私との婚約によって得られる利益は何もないどころか、クロイツが大国であるレーヴェとハーンを敵に回しかねない状況に、うっかり両親の前でガッツポーズをしてしまった。


 これで私は、晴れてセシルと正式に婚約できるんだ!と喜んでいた……のに。


「あの手紙は、いずれ国に正式にお話される事を先に私たちへお教えくださったというだけだ。ヘンリー様も、もし王家に伝えられる機会があるのであれば、と記してくださっていただろう」
「はい……」
「気に病まなくていい。大の大人でさえも、あのお方には敵わないのだから」


 そう言って兄は、クッキーばかりを口に入れていたせいで乾いた私の口に飲みやすい温度になった紅茶を近づけた。


 赤ん坊ではないのだから自分で手を伸ばしてティーカップを持てばいいのだけれどーー甘やかすと決めた兄さんは、何もさせまいとばかりに私をとことん甘やかしてくるので、それに逆らう事なく喉を潤す事にする。

 逆らうと寂しそうな声で「いらないか……」と呟かれるのは、結構心にくるので。


 運ばれた紅茶を飲んでクッキーをお腹に流す作業を終えた私の頭を再び撫でられてーーもはや呼吸をするだけで褒めてきそうな兄に、そろそろ、そこまでして甘やかさなくても大丈夫だと伝えようかと思案していたのだが、膝にポンと置かれた何かによって遮断された。


 なんだろうか。長方形で小さな箱のようだが、中身がぎゅうぎゅうに詰まっているのかやけに重い。


「ローナが落ち込んでいるのを見るのは辛い。だから今日は、とっておきの物を持ってきた」
「とっておき、ですか」


 触っても良いかと首を傾げて聞くと許可が返ってきたので、私は遠慮なく膝の上に乗せられたそれに触った。


 まず最初に触れた所は滑らかな感触で、それが革で覆われていることがわかった。

 次にそれを持ってみると、膝の上で感じていたよりも重みがあり、長時間持つには肩が凝りそうな物だと思っ
た。

 膝に乗っていた状態から横に傾けると、長方形の表面に対して側面は薄く、しかし重みの通りに厚さはある。

 手で側面を辿っていくと、ザラザラとした切られた感触と共に、一枚一枚が独立しているのか、触れた所から裂かれたのがわかった。

 裂かれて開かれた所に指を這わせると、ぶつぶつとした感触が一定の法則を保って一面に打たれている。


 ーーこれは、もしかしなくても。


「ついにできたのですね……点字図書が!」
「ああ。ようやく、一冊目ができた」


 一冊の本を点字図書にする為には、課題である不揃いの凹凸を解消し、字で書かれたものを点字に直し、紙に点を打つという途方も無い作業が必要だった。


 だけど兄さんは諦めなかった。
 もういっそ諦めてください、せめて睡眠時間を削ってまで没頭するのはやめてくださいと何度も言ったが、兄さんはやめなかった。


 まず点を打つ作業について、均一に打てる職人を育てるという手もあるが、兄さんはそれでは時間がかかるということで機械化を目指した。

 一年で実現した。
 報告を聞いた時、私は「はや……」と口を滑らせた。


 次に点字に直す作業を、開発チーム内で分担することで効率化を図った。

 それでも開発チームのメンバーだけでは足りないと感じた兄さんは、前々からリーヴェ家から寄付金を出していた孤児院の出身の中で、浮浪者となっていた者を捕まえ、点字翻訳の仕事を与えた。

 それによって村一つ分の治安が改善したとかで、国に呼ばれていた。

 報告を聞いた私は、もはや驚かなかった。「兄さんは有能だから」の合言葉を手に入れていたのだ。


 そうして完了した翻訳の通りに点字を打つための点筆を調整し、均一な力加減で打てる機械の歯車を回す事で、ページ一枚一枚を作成して完成したのがーー私の膝の上にある"点字図書"だという。


 翻訳に思っていた以上の時間がかかってしまった……と申し訳なさそうに兄は呟いたが、三年間でクロイツには無かった点字から点字図書まで完成させたのだから充分すぎると思う。


「ありがとうございます、兄さん……私の中にある感謝の気持ち全てを兄さんに届けたいのに、凡庸な言葉しか出てきません。この本の作成に関わってくださった方々にも、なんとお礼を言ったらいいか」
「その気持ちだけで充分だ。奴らもローナが喜んでいたと伝えれば、私と同じことを言うだろう」


 兄さんはそう言ったけれど、また本が読める私の喜びは一入ひとしおで、感謝してもしきれない。


 ここにある兄さんに渡せるものといったら、クッキーと紅茶とーー私自身なので、飛びつくように兄さんに抱きついて全身で喜びを表現する事にした。

 突然飛び込んできた私に最初は驚いていたようだけれど、兄さんもすぐに私の背に腕を回してくれた。


「本当にありがとう、兄さん。大好きよ」
「……ああ。私も、ローナが大好きだよ」


 ふふと二人で笑い合って、私はさらにギュッと抱きしめる力を増す。


「それに、点字図書作成の機械化はハーンにも無い技術だった。なので、ハーンへと伝えるのに開発に携わった技術者たちを派遣する事になった。ハーンだけじゃない。他の国々からも、声がかかっている。恩を売れる上に、儲かるぞ」


 ……確かに兄さんの本業は外交ですけれども。

 今、それを言う必要なくない?


 やっぱり兄さんは、ミステリアスなんじゃなくて天然が入ってるだけなんだろうなと、確信せざるを得なかった。


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