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ローナ 13歳編
食えない相手
しおりを挟む今回の招待に対する形式にそったお礼の言葉を返したセシルは、私を王太子殿下から隠すように前に立った。
「ローナとはもちろんのことーー君とも、話がしたいとずっと考えていたんだ」
見えずとも目に入る光の加減から伺える王城の煌びやかさと相反する不穏な空気に、私は淑やかに重ねていた手の、隠れている片方を緊張で握りしめる。
「こうしてゆっくり君たちと話し合えるのは、舞踏会の時は挨拶だけに終わってしまったから……もう、二年ぶりなんだね。随分と、久しぶりだ」
王太子殿下のゆったりと穏やかな口調は親密さを演出するが、流れる空気の張り詰めた緊張感は一向に変わらない。
「積もる話を立ちながら、というのはあまりにも無作法だ。ましてや、ローナはデビュタントを迎えた立派な淑女なのだから。お互いに座って話をしよう。さあ、どうぞ」
長居したくない側としてはその申し出に「いいえ」と口を出したいところだが……王太子殿下の、あくまでも"ご好意"を断れるような身分に無い。
一言断って、私はセシルに手を引かれた通りの席に座した。
「今回の茶葉は王室御用達の物ではなくてね。我が国の輸出入を担うカウフマン伯爵は知っているよね?その伯爵が是非にと勧めてくれた物で、特に母が気に入っているんだ……ああ、ローナ、どうか気に病まないでほしい。リーヴェ侯爵が持ち寄ったレーヴェ経由の茶葉だって素晴らしいのだけれど、ただ、母の今の流行りがカウフマン伯爵の物というだけなんだよ」
久しぶりに会った友人同士としてなんらおかしくはない世間話を話す王太子殿下だがーー警戒を怠ってはいけない。
何気ない話から始めた会話の主導権を、このまま彼に握らせたままではいけない。
王太子殿下のペースのまま話を続けられては、また舞踏会の日の二の舞になるだけだ。
「お気遣い痛み入ります……それで、ここへ私たちをお呼びになった理由をお聞かせいただけますでしょうか」
少々強引な引導だが、こちらから仕掛けてやる。
本題に無理矢理入る事で、私がこの会話のペースを作るのだ。
「そう急かさなくてもいいのになあ。それでもローナが理由を知りたいと言うのなら、答えよう。僕は君たちを友人と思っているから、友人との会話を楽しみたくて呼んだに過ぎない……どう?満足したかな」
「いいえ。少しも」
「…………」
私の強気な返答に、王太子殿下が白々しく纏っていた穏やかな雰囲気が崩れた。
肌に感じるひりつくような緊張感が増したのだ。
「私はリーヴェ家の者として、セシル様はフント侯爵家の者として。我々は貴方様の忠実なる臣下の一端としてここに居ります。王太子殿下の友人なぞ、恐れ大きこと。そのような気安い関係では御座いませんもの」
「僕が君たちを友人だと言っても?」
「ええ。それは、貴方様の一存で決められるものではないでしょう」
彼は友達を"選ぶ"立場でありながらも、選ぶには様々な思惑と大人の指示が絡み、友情さえも『王太子』という身分に雁字搦めに縛り付けられている。
それを可哀想だと同情しない訳じゃないけれど、今回は利用させてもらった。
「手厳しいね」
「申し訳ありません」
王太子殿下はふふ、と小さく笑うと「では僕たちが友人でないのなら、どうしようかな」と思わせぶりな口調で歌うような軽やかさで呟いた。
私たちに聞こえるか聞こえないかの音量。けれどそれは計算し尽くされたもので、私が「どうしようかな」の言葉に食いつくように、確実に聞こえるような小声だった。
ではここは、そちらに乗ってやろうではないか。
「どうしようかとは、何事でしょうか」
「……ああ!聞こえてしまったかな。そうだな……こんな意地の悪い事を言ってしまったら、君たちに嫌われてしまうかもしれないけれど……でも君たちと僕は友人ではないのだから、僕は"公平な判断"を下さなければならないと思ってね」
……この人本当に、乙女ゲームの二大看板の片方を担ってたのかな。
いや、確かに担ってたんだけど……目の前の彼はどちらかというと別ジャンルに出てきそうな、『ローナ・リーヴェ』とはまた違うラスボス感があるというかというか……。
きっとお腹の中と同じくらい真っ黒な笑みを浮かべているだろう王太子殿下を思い浮かべ、存外、その様子に違和感がないことに笑いそうになった。既の所で我慢したけれど。
「公平な判断、ですか」
「そうだよ。だって君たちが僕の友人ではなく一臣下であると言い張るから、その通りにしようと思って。だから先程のフント令息の婚約者発言について……こちらで了承していない、王家の決定を捻じ曲げるような発言に対してそれなりの対応を取ろうかなって」
ここへ来るまでにある程度予想していた通り、王太子殿下はあの日のようにセシルを使って私を脅してきた。
……でも。
あの日とは違って、私にはセシルがくれた"クロイツじゃなくてもいい未来"への余裕があって、何より、そばにはセシルがいる。
「そうですか。では、こちらも対策を取らせていただきましょう。婚約に関しては、こちらも家の存亡が掛かっておりますので。正当な理由なく却下され続けている事への声明を、フントから貴族院に提出させていただきます」
「……へえ」
セシルの淡々と無感情に告げたその声は、言葉に嘘が無いことを表すかのように冷静沈着だった。
やるといったらやるぞ、セシルは。
例え絶対権力の国王陛下といえど、歴史ある忠実なる臣下のフント侯爵家とリーヴェ侯爵家から本気で訴えられたらーーそれも、お家存続に関する婚約についてーーおいそれと無視したり、安易に却下する事はできない。
だから、私たちの婚約は無理を通せば、今までも叶わないこともなかった。
しかしそうなれば、訴えが通らなかった時の、両家の王家に対する反抗ともとられる行動に対する世間の風評が怖い。
勝ち目がないわけではないが、有ると断定できない事柄に積極的に立ち向かえるほど、両家が背負うものは軽くなかったので。
それなのに何故、今こうしてセシルが言い切ったのかというと。
それは単に、先程のお母様の発言だった。
お茶会でセシルを暴走させてしまった時、はったりをかましたセシルに対して私の母は王妃殿下がいる目の前で私たちの婚約を仄めかす供述をした。
婚約関係にあると断定する発言ではなかったが、それに近しいと大勢の前で認めたのだ。
母は一国の姫だった。
末の姫といえど、その発信力や発言力がどのように作用するかなど、息をするように当然に理解している。
その母が何の対策も無く、無責任な事を言うはずがなかった。
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