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ローナ 13歳編
直接対決、開幕
しおりを挟む……いや、なんで?なんで私、ロルフから殺意抱かれるくらい嫌われてるの!?
必死に舞踏会の日の記憶を振り返ってみても、私が彼の逆鱗に触れるような出来事は思い当たらない。
そっかあ私、リスティヒ様に嫌われてるのね……なんてショックを受けるだけに留められない。
殺意って何?舞踏会の日も今日も、セシルが来てくれなかったら私は死んでたの?
ゲームで嫉妬に狂ったローナが僻地の病院送りになるエンディングはあったけれど、処刑エンドとか、殺害エンドは無かった。
エンディング回収に関しては『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』をやり込んだ前世の私が大いに頷いて保証しているので、認識に間違いはない。
過激な報復措置の無いゲームの登場人物である未来の攻略対象者に殺意を向けられる私って……と落ち込んだのが目に見えて察せられたのか、セシルが優しく私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫。ローナは俺が絶対に守るから。リスティヒに寝首をかかれるようなことは、絶対にあり得ない」
寝首かかれるとセシルが判断するくらい、私はロルフに嫌われてるのね……。
「そうですよお嬢様。もちろん、アンめもお嬢様に万が一のことが無いように働きますからね。一番は、お嬢様ご自身がリスティヒ様にお近づきにならない事ですが」
「そうだな。ガーランドの言う通り、リスティヒには近づかない方がいい」
二人して頷いているのだろうと、見えなくともわかる。
そんなこと言われても、今日みたいに私から近づいたのではなく、あちらから近づかれたらどうにもできないのだけれど……。
まあ、とにかくロルフは"要注意人物"であるとインプットしておけばいいだろう。
特別関わるような用事もないので、あまり必要の無い情報な気もするけれど。
一人でそう頭の中で結論付けていた為になかなか了承の返事を返さなかった私をもどかしく思ったのか、アンが「それに!」と私に言い含めるような強い声を上げた。
「よろしいですか、お嬢様?いくらリスティヒ様がセシル様に似ているからって、簡単に絆されてはなりませんからね」
「……似ている?俺と、リスティヒが?」
訝しげな声でそう言ったセシルに、アンは自身ありげに肯定の言葉を返す。
確かに声は似ていると思うけれど、見た目は似てないんじゃ……と、ゲームで見ていた二人を思い浮かべて発言したいところだが、幼馴染のセシルはともかく、ロルフのことは一度もこの目で見たことがないので、余計な事を言いかけた口を閉じた。
「例え俺とリスティヒが似ていたとしても、ローナは声で判断するのだから関係の無いことだろう」
「いいえ、私にはわかります。セシル様とリスティヒ様のお声はとてもよく似ていらっしゃると」
私はアンの発言に思わず「えっ」と声を出してしまった。
ゲームで二人の声を散々聞いていた私でさえ今世の聴覚の発達によって気づいた事柄だったのに、アンも気づいていたと言うのだろうか。
「リスティヒ様が話されていた時、無意識ながらもお嬢様は少し前のめりになって、軽く首を回してより聞こえやすい方の耳を向けていらっしゃいました。あれはセシル様とお話しされている時に出るお嬢様の癖ですから、リスティヒ様のお声がセシル様に近いものなのだと、アンは気づいたので御座います」
えっ、マジで?
お嬢様として生きてきた体がお下品な言葉を口から出すのを拒んだので声にこそ出さなかったが、心の中でそう呟いていた。
セシルと話している時の癖があったことにも驚きだが、何よりも無意識とはいえ、ロルフの声に対して反応していたことの方が驚きだ。
似てるなあと無自覚に気付いていたのはわかっていたが、行動にも表れていたとは。
私付きの侍女なのだから当然かもしれないが、アンは私をよく見てるのねえ。
……なんて現実逃避している私の頬は、セシルによって絶妙な加減で両手で挟まれていた。
「リスティヒに、そんな可愛いことをしたの?」
「ワ、ワカンナイ……」
「俺とリスティヒの声は似てる?」
「チョット……ダケ……」
さっきまでスイッチが入っていたからか、切り替えるまでが最速だった。
肌で感じるほどの怒気を纏わせているのに、正反対な甘くて優しい声色で語りかけてくるのが、より恐怖感を増している。
「……二度とローナに近づかせるものか。同じ空間も許さない」
地獄の底から響いたかのようなドスのきいた声で、セシルはぽつりと呟いた。
とりあえず私は、大人しく頷いておくしかなかった。
ーーそれから。ひとまず私たちは、今からどうしようかと話を始めた。
「ブラウエ・ブルーメの会」を台無しにしてしまった以上、私が会場に戻るのは悪手というものだし、セシルも令嬢方に鍛錬途中と言っていたのは諦めてもらうための嘘だったようで、もう後は帰るだけなのだとか。
それじゃあ、お母様がこちらに戻り次第身支度をしてさっさと城を去るのが得策だという結論に達した、その時。
コンコンと、控室の扉がノックされたのだ。
母ならばノックの必要は無い。
だってここは、私だけの控室ではないのだから。
つまりは予期せぬ客人が来たということで。
この状況で私を訪れる人なんて、限られてくる。
例えばそうーー王太子殿下の関係者、とか。
……断りたい。
断りたいけれど、断る為の正当な理由が思いつかない。
母がいない控室の中で入室の許可を出せるのは私だけなので、渋々といった様子を隠すことなく口を開いた。
「失礼致します。リーヴェ侯爵家ご令嬢ローナ様、アルブレヒト王太子殿下がお呼びですので、お迎えにあがりました」
部屋に入ってすぐにセシルの膝上に座る私を目にしただろうに、従者は顔色ひとつ変えずにそう言った。
* * *
「来てくれてありがとう。もしかしたら、無視されるんじゃないかって心配だったんだ」
奥に何も無い事を隠す上面だけの安堵の声は、いっそ器用だと感心してしまいそうな程に完璧で。
「本日はお呼びいただきありがとうございました。ですがまず、先程私から挨拶に伺わなかった事を謝罪致します。申し訳ありませんでした」
親しさなど微塵も無い臣下の一端なのだとハッキリと示すため、私は床に対して平行になるまで深々と頭を下げた。
「いいんだよ。話したいと思ってローナを呼んだのに、君を放っておいてしまったのは僕なのだから……ああ、それと」
まるで今の今まで見えていなかったような、今思い出したかのような軽さと、表向きの笑顔だけは浮かべていそうな無感情の声で、私の隣を呼んだ。
「フント侯爵令息も、来てくれてありがとう。久しぶりだね」
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