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ローナ 13歳編
道は一つじゃない
しおりを挟むどうやらセシルは私が浮ついているうちにお茶会の会場から退場して、私とお母様が開始前に使用していた控室に移動していたらしい。
それに気づいたのは、私を持ったままセシルがソファーに腰掛けた時だった。
「どうしましょう……王妃殿下に何て言えば……!色々とやらかしてしまったような……!」
「ローナは悪くない」
「そもそも私が悪かったとはいえ、セシルも色々とやらかしてるんだからね……」
セシルは私を膝の上に乗せて上機嫌で抱きしめてくるが、私はこれから起こるだろう事を想像して頭を抱える。
まず、嫉妬に駆られてセシルに悪態をついていた様子を王妃殿下が見ていた事。
それによってセシルのスイッチを押してしまい、色々な暴露による混乱でお茶会を滅茶苦茶にしてしまったこと。
ついでに、最後の無断退出。
嘘も方便というけれど、セシルがついた「ローナの婚約者」という嘘は王家が関わってくる問題だから、方便になっていない。
婚約を認めてくれなかった議会に文句はあれど、伝えるつもりはなかったのにーー私たちは子供で、決定に文句を言えるほどの立場にないのでーー遠回しに言ったも同然で多くの貴族の反感を得ると同時に、「ローナ以外と~」発言をしている未来の国王たる王太子殿下への反抗とも捉えられかねない。
それが何を意味するかなんていうのは……もう散々考えてきた事だ。
「……俺のことを考えてくれるローナには悪いが」
ハァと悩ましげにため息を吐くと、私の頭の上に額をつけたセシルが言いづらそうに口を開いた。
「どうしたの」と続きを促す代わりに、私の膝の上にあったセシルの手を握る。
「正直なところ、このままクロイツに俺たちが認められないなら、いっそ別の国にーー例えば、クリスティーン様の故郷に二人で逃げるのも良いかと思っている」
「えっ」
至極真面目な声で、セシルははっきりと言い切った。
そんな、それじゃあ貴方の今までの努力は……そう考えたのが顔に出たのか、セシルは言葉を続けた。
「父の期待を裏切ることにはなるが、どの国にも兵士はいる。当然、レーヴェ王国にも。兵士になりたいのならば、クロイツにこだわる必要は無い」
「それは、そうだけれど。でも国に対する忠誠心が何よりも大切にされる職で、そんな簡単に貴方の気持ちを他国に鞍替えしたり、国だって他国の者を受け入れたりできないでしょう?」
「だろうな」
「なら……」
「国に対する忠誠心が無くとも、どこでだって兵士として雇われる実力が俺にはある。重職に就くために忠誠を誓えと言われたら、その通りにする」
いつになく饒舌に語られる将来の可能性は、咄嗟に考えて口に出していると言うにはあまりにも明確で、前々から考えていたのだろうと察せられる。
「だがそれら全ては、俺の隣にローナがいる事が大前提だ。この国だろうが別の国だろうが、ローナがいなければ何の意味もない」
「…………」
「ローナはこの世に一人しかいない。俺にはローナ以外などあり得ないのに、この国にいる限り君と結ばれる事が叶わないというのなら、捨ていけばいい」
国を捨てて二人で逃げるなんて、私は考えもつかなかった。
クロイツを出るということは、王太子殿下の言葉の呪縛の範囲から逃げられるが、同時に家族を捨てることになる。
家族を捨てるということは、生まれもった地位と安寧を捨てるということでもあり。
エンゲルの時も然り、ロルフの時も然り。
彼は相手を睨む時でさえ口調を崩せないくらい、"貴族"が染み付いているというのに。
ーーでも。それさえも捨てて良いと、貴方は言うの?
私から握ったはずの手がいつの間にかセシルに絡め取られ、隙間なく握り締められていた。
もう片方の手で腰を引かれ、これ以上ないくらいに密着する。
壊れ物に触れるように優しく、そっと私の額にセシルの唇が掠めた。
それは緊張からか、少しカサついていて。
「君に出会った時から、君は俺のこの世で一番大切なたからものだ。君以上に優先するものなんて無いんだよ」
心臓が鼓を鳴らすような音を立てるのに集中しているせいで、他の器官が動くのを拒むように声が出ない。
きっと私は間抜けな顔を好きな人に晒している。口をハクハクと水面に顔をのぞかせた魚のように動かすだけで、セシルに返事を返せないのだから。
仕方ない。
顔から火を出していないだけ、マシという話だ。
「それとも、ローナは俺と一緒は嫌……?」
「嫌なわけない!!」
「そうか。良かった」
今の声はかなりズルい。
声が出ないと悩んでいたのに、咄嗟に返事を返せるようになる程に衝撃的だった。
普段私を甘やかしてばかりでヤキモキさせられるセシルの甘え声を、私が拒めるはずがない!
「今と同じ生活ができるように努力するが、クロイツを出てしばらくは苦労させると思う。でも、絶対に幸せにするから」
貴方と一緒にいるだけで幸せなのだから、そんな心配必要ないのに。
ーーああ、この気持ちを何て言えば良いのだろう。
ズルい。どんどん格好良くなって、私ばっかり翻弄されてる。
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頭の固い考えに縛られていた私は置いていかれるような、そんな心持ちがした。
「でもね、セシル……私、目が見えないのよ?お風呂も一人で入れないから……そうなったら、セシルに手伝ってもらわなくちゃね」
「あっ、えっと、そ、それは………」
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「ゴホン、ゴホン!」
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「……イーサン様を敵に回したくはないな……」
「地の果てまで」は言い過ぎよと笑った私に、二人とも気まずそうに何も返事してくれなかった。
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