盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

セシルの人気

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「お母様……」
「だってぇ……」


 絶対、お母様は面白がって言わなかった確信犯だ。

 セシルに伝えていない事を知ったうえで、王太子殿下がいるお茶会に参加した私との鉢合わせを期待していたに違いない。

 兄六人・姉八人の兄姉に甘やかされて育った末娘の母には、暇を持て余した悪戯っ子のように刺激を求める悪い癖があるのだ。


 どうしよう。母への挨拶に訪れたというのなら、セシルは今まさにこちらへ近づいているというわけだ。
 セシルが私に気づくのも時間の問題……。


「セシル様、今回もいらしてくださったのね。私、すごく嬉しいですわ」


 時間の問題……。


「今日も鍛錬だったのですか?頑張っていらっしゃるのですね……とても素敵だと思いますわ」


 時間の……。


「セシル様、今日こそ私とお話ししてくださいませ。セシル様の為にお菓子を持ち寄ったのですよ」


 ……………………。


「会に参加しにきた訳ではない。とある方に挨拶に来ただけだ。話はしない。鍛錬の途中だ。菓子はいらない」
「そんな固い事おっしゃらないで!」
「さあさあ、こっちにいらしてくださいな」


「お、お嬢様……」


 お茶会がスタートしてから一度も話す事なく後ろに控えていたアンが、何かに怯えたような声色で私に話しかけてきた。


「なぁに?」
「纏う雰囲気が……い、いえ……何でも御座いません……」


 別に、お母様に挨拶するだけとはいえ、セシルが「ブラウエ・ブルーメの会」に訪れたことがある事を話されたことがないからといって気にしているわけじゃないし。

 別に、絶対今いらないボディータッチしてる人いるんじゃないの?とか思ってないし。

 別に、「セシル様」って名前で呼ばれてるんだとか思ってないし。

 別に、女の子に囲まれてて私に気づかないんだー?とか思ってないし。


「……お茶を一杯飲んだら解放すると約束するなら」


 ふぅん。受け入れるんだ。へぇー。

 そうですか。その様になさるのですか。へぇー。


「今日人気者ねえ、セシルくん。端正な顔立ちで将来有望なのに、婚約者がいないから女の子は必死なのねえ」


 見なくてもニヤニヤしてるだろうとわかる声色で煽ってくる母を無視して、私は静かに紅茶を啜る。


「飲んだ。約束通り、解放してもらう」
「お待ちになって!……セシル様が今回もいらしてくれると思ったから、私は参加したのです。殿下には申し訳ないですけど、貴方様にお会いしたかったから」
「私だって!セシル様とお会いしたくて、今回も参加したのです!」
「あら、私だって!」


 わかりやすくアピールしているご令嬢方に対照的な対応をしているのだから、気にしなくていいのはわかってる。

 それなのにーー聞きたくて聞いているわけじゃないのに、やけに耳につく声のせいで音を勝手に拾ってしまう。


 心の奥底から湧き出た黒いモヤが頭の中を埋め尽くそうと溜まったのを振り払おうとしているのに、キャアキャアと囃し立てる声に混ざってセシルの声が聞こえると、どんどん量を増して酷くなっていく。


 いっそここから逃げ出せたらいいのにと考えたら、頭に溜まった黒いモヤが質量を得たような気がしてーー私は重さに耐えられなくなって顔を伏せた。


「あ、あの……大丈夫ですか」


 頭の上から心配そうな声色が降ってきた。

 そういえばロルフがまだそばにいたんだと思い出して、慌てて「何でもありません」と誤魔化しの言葉を返す。


「そうは見えないけど……」


 私に聞かせるつもりはなかっただろう音量で呟かれた言葉は、私の耳には聞こえてしまった。


 さすがに誤魔化すには無理があったかと苦笑してーーふと、二つの声が重なって聞こえたのに気がついた。


 セシルが……"ご令嬢方"と!……話している声と、ロルフが今私にかけた声が違和感なく混ざり合って聞こえたのだ。


 ああ、そうか。

 ロルフの声は、セシルの声に似ているんだ。

 だから私は妙に覚えがあったし、理由に違和感を感じたのだ。


 そういえば『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』の公式ファンブックに載っていた原案に、セシルとロルフは兄弟か双子にするつもりだったと書いてあった。

 セシルは端正だが厳格そうな顔立ちに筋肉質な体型と長身なのに対して、ロルフは優男風のイケメンに均整のとれた体つきだったりと、雰囲気も真逆と言っていい程に二人は違うのだが。


 原案の名残なのか、髪の色は濃淡の違いはあれど二人とも茶髪だし、目の色もセシルが濃い赤で、ロルフは桃色に近い薄い赤色と、何となく近い色合いをしている。

 声優さんが違ったので今まで気づかなかったが、耳から入る情報以外の一才を削ぎ落として比べてみると、二人は声が特に似ているらしい。

 前世では全く、気がつかなかった。


 もしもセシルが普段よりも高い声で話したらロルフの声と聞き分けられないかもしれないし、ロルフが普段よりも低い声で話したらセシルの声と聞き分けられないかもしれない。


「あれ……フント侯爵子息がすごい形相でこっちに向かってきてるような……」


 聴覚の発達による新たな発見に感心して心の中で頷いていた私に伝えたかった訳ではないのだろう。ロルフがまたポツリと小さく呟いた。


 舞踏会会場程大きな訳ではないこの空間の中で、密集した人々の足音を聞き分けられない私にとって、セシルが近づいてるからどうかはさっぱりわからない。

 なのでロルフの呟きはかなり有益な情報であった。


 前髪がカーテンのように垂れるほど下げていた頭を急いで持ち上げて、「私は何も気にしていません」の顔を作る。


「ロッ……リーヴェ侯爵夫人が此度もご参加なされたと聞き、挨拶に参りました……今回はご令嬢も一緒に参加なされたのですね」


 私の名前を呼ぼうとしたのが丸わかりの出だしだったが……セシルは私たちの目の前に到着してから最初に母への挨拶を、後に困惑の色を滲ませた声で私に向けた言葉を発した。


「ええ、今日はローナも一緒なの。ほらローナも、セシルくんに挨拶なさいな」


 相変わらず母は私を面白がっているらしく、ニヤニヤの声色で促してきた。


 モヤが纏わりつく頭をリセットして冷静になる為に小さく息を吐き出して、どこへ出しても恥ずかしくない完璧な令嬢スマイルを浮かべ、私は口を開いた。



「王妃殿下から招待状を頂いた私がお茶会に参加することに、何か不都合でもおありなのでしょうか?」



 いつもこちらの都合でお断りばかりしてきたので、今回は何とか参加できたのですーー確かに私が頭に思い浮かべていた返事は、こうだったはず。


 なのに口から飛び出たのは、チクリと針で刺すような言い回しと声色だった。


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