盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

悪童はどこにでもいる

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 兄さんに抱きしめられるのは嫌じゃないが、場が場なので戸惑いを覚える。しかも子爵も怒鳴っていたし。

 どうしたのですか、と兄さんに聞こうとした私を遮って、この場にいたもう一人が声を上げた。


「へー、ホントに見えてないんだ」


 社交界でまず聞かないだろう口調と、兄さんと子爵がピリピリとした空気を作る中で響いた呑気な声色。
 聞こえた言葉から察せられるのは、何故兄が焦って私を引き寄せたのかという理由。


 あまりにも不愉快で、考えたくもない事だけれどーーたぶんこの人、つまりは子爵子息は私の目の前で何かしたのだろう。

 健常者なら生理的に反応せざるを得ないような……手を叩くような音はしなかったから、たぶん私の目に向けて殴りかかるフリでもしたのだろう。

 思えば抱きしめられる直前に、顔に向かって軽い風が当たっていた。


「ももももも申し訳御座いません!!うちの愚息がとんでもないことを!!」
「なんで謝るんだよ父様。父様だってホントに見えてないか怪しいって言ってたじゃん。だから俺、こいつに試したんだよ?」


 ーーホントに見えてないか怪しいって言ってた?
 ーー"こいつ"?


 子爵が言葉の限りを尽くして謝っているが……あれだけ私を介して兄さんに取り入ろうとしていたくせに、事前まで野次っていたのだと知ってしまえば、もうそこに誠意があるとは到底思えない。


 前世でだって苛立ちを感じただろう初対面の"こいつ"呼ばわりは、この世界ではもっと重大な意味を持つ。

 規律の厳しい貴族社会の中で、最も重要視される基準の爵位の序列を著しく損なう言葉。

 うっかり口を滑らせました、では済まされない。
 高位の者に対して、侮辱行為にも値する発言。


 盲目である私への酷い差別行為に対するものは勿論のこと、侯爵家並びに以下の爵位にも該当する侮辱に対して怒りを持って接せねば、リーヴェ家の格に関わってくる。


 淡々とした口調を崩し、兄さんは怒りを強く露わにした声で子爵に向けて声を上げた。


「貴様ら……キンディッシュだったな。先程の愚行、しかと記憶した。今夜の行い全てを父たるリーヴェ侯爵に報告する」
「お待ちください!まだほんのーー13の子供のした事です!どうか、お許しを!」


 あーあ。ここで息子を庇ってしまうのね。
 何と素晴らしき親子愛だろうか。


 子爵の言ったように"ほんの"13の子供がした事だというのならーー確かに私が怪我をしたわけではないのだから、許される事象なのかもしれない。


 けれどここは、庶民の子供同士の喧嘩を若気の至だからと受け入れられる世界じゃない。
 未遂であっても"侯爵令嬢に手を挙げようとした"という事実だけで、引き金を引くには十分すぎる。


「リーヴェの御二方に対して、なんて不躾なのかしら……」
「キンディッシュ子爵ですって……」
「ああ、あれはフランツだ。前々から田舎臭くて野蛮な奴だと思っていたんだ……」
「確かお金で爵位を買われたのだとか……御里が知れますわね」


 兄さんが怒りを露わにした事で、事の成り行きを見定めていた周りの貴族が銃口の先を選んだ。

 あたりから子爵親子に囁かれる弾丸は心臓に狙いを定め、彼らの没落社会的抹殺を夢見て的を撃ち抜こうとしている。


 その中には私の入場時に嘲笑していた人の声も混ざっており、容赦ない無駄な団結力に呆れてため息が出そうだが、子爵親子に同情はしない。

 貴方達が招いた結果だ。


「不愉快極まりない。ローナ、せっかくのデビュタントの途中すまないが、もう帰ろう。このような者たちが出席している場に居座る必要は無い」
「はい、兄さん」


 やったあ、帰れる!

 元より踊った後は必要最低限の挨拶をして、さっさと帰ろうと話していたのだが、足止めが多く居たために予定よりも長居してしまった。
 どうやって兄さんに帰宅を提案しようかと思っていたところだったので、不幸中の幸いだ。


 子爵親子の事はもう知らない。忘れた。
 きっと会場中の貴族が好き勝手に彼らの処遇を決めるだろう。


「今夜はお前にとって楽しくないだろう事はわかっていたが……こんなにも酷いとは思わなかった」


 まだ胸の奥に燻りがあるのか、いつもより強い言い方で兄さんはボソリと呟いた。


「お気になさらないで下さい。ある程度は想定内です」
「だが奴らの行動はこの上なく差別的で屈辱的だった。父だってそう言うだろう」


 私以上に兄さんが怒ってくれるからか、自分自身ではそんなに苛立ちを感じていない。

 リーヴェ家の体裁としてだけでなく、自分のことのように感じ取っている兄さんに、何だか体の奥の方が擽ったいような心地がした。



 背後で「お待ちください!」と子爵が騒いでいるのを無視して、兄さんが手を引く通りに出口に向かっていた私だったがーー思わぬ足止めを食らうことになる。


 甲高い女性の短い悲鳴と共に、私の足元で液体が飛び散ったような嫌な音がしたのだ。

 ドレス越しの足首に感じる、ひんやりとした水っぽい感触にますます嫌な予感が高まる。


「申し訳御座いません!申し訳御座いません!」


 空気を切る音を立てるほどに頭を上下して謝っているらしいその人は、しかし周りの注目を集めるほどに大きな声で繰り返している。


 …………何というか、わざとらしい。


 兄さんが耳打ちしてくれた情報によるとーーどうやら飲み物を運んでいたウェイターの女性が、思い切り転んで私のドレスに葡萄水を引っ掛けたらしい。


「弁償いたします!何でもいたします!申し訳御座いません!申し訳御座いません!」


 うわっ……と声を上げそうになる程必死な彼女の様子に、さっさとこの場から退散すべきだと判断する。


 これは偶然じゃない。
 帰ろうとした私たちを引き止めるために、わざとしたんだ。

 絶対、碌なことにならない!


「お気になさらないで。私たち、もう帰ろうとしていたところで……」



「あらぁ!災難でしたわねえ」



 高らかな笑い声と共にそう言って登場したのは、私の予想通りというべきかーー全くもってこちらを災難などと思っていないだろう、カミラ・ベーゼヴィヒト侯爵令嬢だった。

 どうやら今夜は話しかけてこないようだから見過ごしてくれるのかなと思えば……そんな事はなかった。


「今度は何なんだ……」


 同感です、兄さん。
 ……頭が痛い。


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