盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

ダンスの評判

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 緊張で渇いた喉を潤すのに少しずつ飲んでいた葡萄水の注がれたグラスが私の手から抜き取られた。
 そんな事をするのは隣に立つ兄さんしかいないので、何事かとそちらの方を向く。


「最後の男爵家が挨拶に行った。そろそろ心の準備をしておけ」


 口の中に残っていた葡萄水をゴクリと飲み込んで、私は兄の言葉に頷いた。


 王家の挨拶が終われば、その後に始まるのは舞踏会のメインである。
 ついに、兄さんに付き合ってもらって練習していたダンスの成果を示す時が来たのだ。


 王室付楽団の見事な演奏が始まった。
 私と同じように飲み物を飲んでいた少女たちが、同伴者にエスコートされて会場の中央へ集まりだす。

 彼女たちに倣い、私も兄さんに手を引かれて舞踏スペースまで足を進める。


「まあ……あの方、あれ・・で踊られるつもりなのかしら」
「イーサン様がお可哀想……」


 あたりから囁かれる悪意と嘲笑の全部を無視して、背筋を伸ばして堂々と歩く。

 時々、吃驚するほど鋭利なナイフが私の体を掠めそうになるけれど、そんな時は兄さんに見惚れて惚けている少女たちの呟きを聞けば、私の兄はカッコいいだろうと胸を張ることができて、ナイフを弾き返せた。


 侯爵家なのに端っこの方で踊るのは兄さんが私を恥と思っている、または私に自信が無いからだと思われかねないので、そこそこ目立つ中央付近まで足を運んだ筈だ。


「ローナ、お前は私の自慢の妹だ。なんでも器用に熟せてしまうから、もっと私を頼って欲しいと思う」


 片方は手に、片方は肩に手を置いて型を作ったその時、不意に兄さんがそんな事を言った。


「ありがとうございます。ですが、兄さんにはもう充分頼らせていただいております」
「いや。まだまだ、だ。舞踏もその一つだ。私は舞踏が苦手だから、ローナが・・・・エスコートを導いてくれるように動いてくれるから、私は上手く踊れているように動ける」
「! ……痛み入ります」


 確かに兄さんは舞踏が得意ではないが、"苦手"というほどではない。
 貴族の子息として最低限以上のことができるのに、なぜわざわざ私を持ち上げるような事を言い出したのか。


 これは、周りから飛び交う私を貶す言葉への牽制だ。


 周りの人々は揚げ足取りの為に、私の一挙手一投足に注目しているだろうから、今の会話だってしっかりと聞いていただろう。


 盲目である私に対して随分と大きくなった気持ちでいる者が多いようだが、この会場にいる大半は侯爵家以下の家柄である。

 "侯爵家次期当主たる兄が心を尽くす妹"として私を扱う事によって、誰に・・対して蔑むような態度をとっているのかを思い出させたのだ。

 まさか、本当に兄さんが舞踏が苦手で妹頼りだから礼を言った等と考えるお目出度い人は、ここにはいないだろう。


 兄の思惑通り、ひそひそと囁かれていた陰口の一切がなりを潜めた。


「お前はあまり気にしていないようだったが……私はうるさいと思った」


 きゅっと腰を引かれて耳元で私だけに聞こえるように囁かれた率直な言葉に、思わず小さく吹き出して笑う。


「いいえ。私、ちょうど腹が立っておりました。だから兄さんの言葉は嬉しかったです」
「……そうか」


 兄さんも小さく笑ったらしい。頭の天辺に軽く息がかかった。


「さあ、兄さん。私のリードについてきてくださいね」


 私が戯けてそう言うと、兄さんは口で答える代わりに舞踏の一歩を踏み出した。



    *      *      *



 音楽の余韻が会場に反響する中で、私はドレスをつまんで舞踏終了の礼に膝を曲げて頭を軽く下げた。

 拍手があたりを包む中、二曲続けて踊る必要のないーー確かに私たちは仲の良い兄妹だが、婚約者のように振る舞うのは奇妙にうつるのでーー私たちは用は済んだと言わんばかりに舞踏スペースから抜け出す。


「イーサン様がお上手なだけよっ」
「でも……素敵だったわ。見えている私だって、あんなに上手には踊れないもの」
「素晴らしかったわ……」


 まあね、血の滲むような努力の賜物ですのでね!
 実際に靴擦れで血が滲んだ事もあるのでね!


 クルッと回転したらしい彼女たちの手のひらに、ふふんと得意げになりたいのを我慢して、私は努めて優雅な顔をして静々と歩く。


 ウェイターが飲み物を配って歩くあたりまで進んだ頃に、兄さんはグラスを私に手渡してくれた。
 礼を言って喉を潤すのに葡萄水を口に含む。


 兄が立ち止まったということはつまり、ここでしばらく挨拶だの媚売りにだのやってくる貴族を相手するということだろう。

 案の定、貴族らがこちらに殺到しているのか、舞踏会場には相応しくない忙しない足音がそこかしこから近づいている。


 ……それにしたって、随分と荒々しい。何をそんなに急ぐ必要があるのだろうか。

 あくまでもデビュタントの少女たちがメインの場所で、高位の貴族へのあからさまな媚売りは空気が読めないと見做されるのに。


「…………」
「? 兄さん?」


 突如、兄さんが私を隠すように前に立った。
 会場のシャンデリアで白んでいた視界に影がかかり、胸の前にかざした手のひらが兄さんの背中に当たったので気がついたのだ。


 これでは相手に失礼だし、挨拶ができない。

 それがわからない兄さんではないだろうに。


「失礼。私、伯爵位を賜りますアインファッハの妻で御座います。こちらは息子のリヒトで御座います」
「は、はじめまして」


 兄の背中から出ようと体を横にずらそうとすると遮るように腕がまわってきて、結局その場から動けぬまま、ついに一組目が来てしまった。


 兄さん、どうしてしまったの?と挨拶の途中に声を出すのは憚られて、背中をツンと突く。
 しかしさらに背中に引き寄せられてしまった。

 本当にどうした。


「存じております。して、アインファッハ伯爵夫人がこちらに何用で」


 そればかりか兄さんは完璧な外向きの声ではなく、警戒するような固い声で相手を冷たく突き放すように言ったので、ますます私の焦りが募る。

 いくら相手がこちらより位が低いとはいえ、今のような言い回しは失礼に当たる。


 少し強めに背中を叩いたが、やっぱり兄さんは放してくれない。


 媚売りに付き合う必要はないということだろうか?

 でもだからといって背中に隠す必要はないだろうにーーそう思っていた私に、アインファッハ夫人は嬉しそうに耳を疑う様な事を言い出した。



「貴殿の妹御は今どちらに?是非、うちのリヒトと踊っていただけませんこと?」



 えっ。


「リヒト、貴方からもイーサン様にお願いなさい」
「イーサン様、妹君にダンスを申し込みたいのですが、今どちらにいらっしゃるのか教えていただけませんか?」


 えっ………………えっ?


 確かに私は兄と、誰からのダンスの申し込みも断ると約束しているが。

 しかしーー決して、自分がダンスに誘われるなどとは思ってもみなかった。

 目が見えない相手をエスコートしたがるような物好きは、兄さんやセシル以外にはいないだろうと踏んでいたからだ。


 それを、この伯爵子息は……?


「お待ちください!自分も、自分も妹君に申し込ませていただこうと思っておりまして」
「私が、私こそが適任かと!」
「いや、俺が!」
「僕が!」


 荒々しく近づいてきた足音の全てが兄の前に集結し、我先にと口々にダンスを申し込んでいる。

 物好きが沢山いる……と現実逃避するにはあまりにも兄さんから出ているオーラが不穏すぎて、絶対に彼らに見つかってはならないと、私は兄さんの背中で縮こまるしかなかった。

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