盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

文字の大きさ
上 下
47 / 84
ローナ 13歳編

勘弁してほしい

しおりを挟む


 ゲームとして画面越しにカミラを見る分には、いっそ清々しいと思える程に徹底した"悪役"だったので、特にこれといった嫌な印象は、ローナほどでは無かったのだが……。

 二次元ゲーム三次元リアルじゃ受ける印象がまるで違った。
 もっと遠くから、いっそ当事者でなければ面白がれたかもしれないけれど。


 隣で怒りのオーラを放つ兄に苦笑して、そんな事よりも今はもっと気にしなければならない問題があると気持ちを切り替える。

 王家が控える階段上に到着したのは、パンプスの先に段差が当たらなくなったことで気がついた。


「よく来た。リーヴェの至宝の子供たち」
「勿体なきお言葉で御座います、陛下」


 威厳ある中に優しさの滲む声で告げたその人へ、ドレスを摘んで深々と頭を下げる。
 先程までのベーゼヴィヒトへの怒りはどこへやら、兄はいつの間にか外向きの声に切り替えていた。


「このような場に招待いただけました事、妹共々嬉しく思います」
「堅苦しい挨拶は無しだ。私とリーヴェの仲じゃないか。それと……ローナ嬢、久しいな」
「ご無沙汰しております、陛下」


 陛下から話しかけられたのは礼を解いてもいいと言われたのと同義なので、頭を上げ、兄さんも浮かべているだろう外向きの微笑みを携える。


「おお、ますます綺麗になったようだ。いや、なんとも素晴らしい御令嬢になられた。ギュンターが仕切りに自慢するのも理解できる」


 陛下に何話してんだお父様。
 内容が気になるところだが、ここで話題を広げてはこちら側にとって不都合になるだけだ。


 軽い世間話を交えての陛下への大体の挨拶を終えたので、兄は今度は王妃様に標的を変えた。


「妃殿下、先日は母が大変お世話になりました」
「いいのよ。私もクリスティーンとお話しできて良かったわ。またいらしてね、と伝えてくださる?」


 そういえば母も「また会いに行きたい」と言っていた。

 リーヴェ家の面目の為に参加してもらっているお茶会だが、その中で母と王妃様で意気投合して友情を築いたらしい。

 順調に深められていく友情が見え隠れして、最高権力者の一人であるのに二心無い王妃様の様子が可愛らしく思えて笑みが溢れた。


「勿体なきお言葉で御座います。そのように母に伝えましょう」
「よろしくお願いね」


 ……さあ。本番はここからだ。
 心なしか国王夫妻も緊張しているような気がする。


 兄が次に挨拶を交わそうと向いた先はーー当然、王太子殿下である。


「アルブレヒト王太子殿下におかれましてはご健勝の事とお慶び申し上げます」
「ありがとう」


 国王夫妻に対して親しげな態度で話していた兄も、今までの外交で培った経験が功を成して声にこそ変化はないが、言葉遣いがまるで違う。


 久しぶりに聞いた王太子殿下の声は、最後に聞いた声よりも低くなり、男の子らしくなっていた。

 まだまだゲームで聞いていたような身が蕩けるような声ではないが、その片鱗を伺わせる。

 見た目も、記憶にある女の子と見紛う細さではなくなっているのだろうか。
 ちょっとだけ気になる。ちょっとだけ。


「ふふ……そんなに緊張しなくてもいいのに。父上や母上に接するように、僕にも接してくれると嬉しいな。王家とリーヴェ家は切っても切れない仲なのだから」


 隣の兄から「どの口が」と聞こえたような気がした。大丈夫、兄さんは優秀なので口を滑らしたりしない。ただの兄妹特有の以心伝心である。


 王太子殿下の言うように、リーヴェ家はクロイツ王国建国当初から存在する、王家の忠臣として名高い家の一つである。

 だから何もおかしいことは言ってないのだけれど……ね、ほら、リーヴェ家の王太子殿下への認識としては、婚約破棄後も謎にちょっかいかけてくる人だから……。


 ーーなんて、兄ばかり気にしていたのが駄目だったのか。

 王太子殿下が突然、爆弾を投げ込んできたのだ。



「ローナ、久しぶりだね。ずっと会いたかったよ」



 やりやがった!!
 ……おっと、"やりやがった"なんてお下品な言葉遣いは控えなければ。

 でもそう叫びたくもなる。
 婚約破棄してから三年、つまりはその分関係性にも穴が空いたはずなのに。

 それなのにも関わらず、今この人は私のことを「ローナ」と呼んだのだ。


 それが何を意味するのかわからない程鈍感にはなれない。

 聞き耳を立てている会場にいる全員がどよめき始めた。ついでに、カミラの悲鳴も聞こえた。


 しかも「会いたかったよ」の呪いの言葉。
 呪いでいい。呪いでなければ何と言う。

 今までに挨拶を済ませていた他の貴族には形式上の言葉だけを述べていた王太子殿下が、崩れた言葉遣いで、逢瀬を願っていたことを匂わせ……いや直接的に伝えてきた。


 それらから周りが推測する私と王太子殿下の関係とは、『婚約破棄後も"好い仲"の二人』といったところか。


 彼が言った「ずっと」の言葉は恋人同士特有の短いものを誇張する表現で、本当は頻繁に会っていると捉えられてもおかしくない。


 ーー何ということをしてくれたんだ、こんちくしょう。


「殿下、我が妹をファーストネームで呼ぶのは控えていただけませんか。そのように呼ばれてしまいますと、仲を邪推する者が現れますので」


 すかさず兄が遠回しに仲を否定する言葉を紡いだが、王太子殿下はなんて事ないように笑って答えた。


「でもまだローナは誰とも婚約していないんだよね?なら、彼女をファーストネームで呼ぶと怒る"特別な誰か"がいる訳でもないんだから、元婚約者の時の癖で彼女を"ローナ"と呼んだって構わないと思うんだけど」


 誰のせいで"特別な誰か"がいない事になってるんですかねえ~?


 もしも今私の手元に縫い針と糸があったのなら、躊躇いなく白々しいことを吐く口をしっかりと縫い付けてやっていたに違いない。


「……婚約者がいないとはいえ、そういった仲ではない年頃の淑女をファーストネームで呼ぶのはマナーに反する行為です。皆の手本として立つ王族として、次回から気を付けていただきますよう」


 隣に立つ私から不穏な雰囲気を察したのか、兄さんが少し早口で忠告を紡いだ。


「うん、わかった。次から、ね」


 本当に次から気をつけるのかどうかわからない返事を返した王太子殿下に舌を打ちそうになったのを耐えた私は褒められていいと思う。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

処理中です...