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ローナ 13歳編
悪役令嬢
しおりを挟む私たちの入場後に公爵家が続き、今夜の来賓が全員揃った。
ザワザワとにわかに騒がしくなってきた会場は、主催者である王家の登場を今か今かと待ち侘びているからだろう。
しばらくこちらに向いていた関心の全てが入場口に注がれるようになったのは有り難いが、そこから現れる人々にはため息が出そうになる。
いっそ、あちらの方が体調不良とかで欠席だったら良かったのに。
残念ながら、そのような知らせは受けていない。
「いいか、ローナ。何か仕掛けられる前に挨拶は簡単にすませてさっさと立ち去る、だ。陛下もこちらの意を汲んでくださるだろう」
いつになく緊張しているのか、兄さんが固い声でそう囁いたのにすかさず返事を返す。
仕事の都合で何度か国王陛下にはお会いしている筈だけれど、やっぱり最高主導者相手は慣れなくて緊張するのかしら。
「……陛下にお会いするよりも緊張するとは。今から将来が楽しみなお方だ」
そっちかい。
あっちでヒソヒソ、こっちでソワソワしていた会場が、水を打ったように突然静まり返った。
それによって音の厳選ができるようになった私の耳に、入場口付近で忙しなく働く足音が聞こえる。
いよいよ来る、ということらしい。
心なしか固まった自分の体をほぐすのに深呼吸をして、従者が高らかに王家の登場を告げたのを腹を括って聞き届けたのだった。
* * *
令嬢たちの王太子殿下に向ける黄色い声援を背後に、私と兄さんは王家が座る上座のすぐ側に控えていた。
「グレンツェント公爵家が今行った。次だ」
「はい」
身分の高い順に王家への挨拶に伺うのだが、同じ爵位を賜る中でも、暗黙の了解で上下関係がある。
我々リーヴェ家は"侯爵位の中で"最も優位な立場にある……らしい。
基本的に引きこもりの私には実感の無い話だがーー貴族院会議の際の席は公爵家の次だし、武功によるものではない勲章を承ったりしている。
あとは私が王太子殿下の婚約者という立場におさまっていたのも、その立場所以だったのだとか。
そんな訳で、公爵家の後に挨拶に向かおうとすぐそばで控えているのである。
そうでもなければこんな所近づかない。怖い。
グレンツェント公爵らしき声の主が締めに入ったのが聞こえる。
ジワリと手のひらに滲んだ冷や汗を握りしめてから、兄さんが差し出してくれた手に自分の手を重ねた。
ドレスの影に隠れて足元に出っ張りが無いかと探りながらゆっくりと歩く私に合わせて、兄さんもゆっくりと歩いてくれる。
「そろそろ階段だ。気をつけなさい」
兄さんの報告をもとに足の先が出っ張りに当たったら膝を曲げようと、今まで以上に集中して階段らしきものを探る。
ツンと歩きやすさ重視のヒールの低い黄色のパンプスの先に、障壁のようなものが当たった。
どうやら階段に着いたらしい。
よしと意気込み、高さを見誤って力加減を間違えないように慎重に膝を曲げようとしてーードンッと後ろから突き飛ばすように何かがぶつかってきた。
「ローナッ」
慌てて兄が腰に手を回して支えてくれたので大事にはならなかったが、あわや大勢の前で盛大に転んで恥を晒すところであった。
王家が座す上座付近でウロウロと歩き回る者などいるはずがないので、ここが人混みだからぶつかったわけではない。
つまり今のは、わざとだ。
このような公衆の面前で、しかも私だけでなく兄さんの邪魔さえしたのだ。
私個人に対して喧嘩を売るならともかく、兄さんをも巻き込んだということはリーヴェ家に対する失礼にあたる。
……すごーく、嫌な予感がする。
こういう事をしそうな人に、心当たりがある。
私に対して敵意剥き出しな感じが、"まさに"といったところだろうか。
腰を支えてくれていた事に礼を言って、バランスを整えた私は改めて兄の手をとる。
兄はぶつかってきた相手が誰だったのかを確認したのだろう。珍しいことに、怒りを滲ませた声で私だけに届くようにその名を呟いた。
「ベーゼヴィヒト……!」
ああ、やっぱりか。
嫌な予感的中に、ついにため息が漏れ出た。
ベーゼヴィヒト。
その家は、なぜかリーヴェ家に敵対してくる同爵位の貴族の名家でありーー『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』の"悪役令嬢"の家名である。
『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』には"ラスボス令嬢"であるローナの他に、目が見えない体のローナの代わりに表立ってヒロインを虐め抜く"悪役令嬢"がいた。
彼女の名は、カミラ・ベーゼヴィヒト。
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悪人面ではなく、"悪役"顔である。犯罪を犯してそうな顔立ちではなく、意地が悪そうな顔立ちである。
そして何よりも重要なのはーーカミラはシナリオにおいてローナの婚約破棄後に、王太子殿下の婚約者のお鉢が回ってきた令嬢である。
なぜカミラが選ばれたのかというと、彼女の母親の強い推薦というのも理由の一つだったが、何よりもカミラ自身が王太子殿下に心底惚れていたからだ。
最有力とされていたリーヴェ家に引かざるを得ない事情が出来て、教養も立場も文句なしの彼女が婚約者の立場にねじ込めたのは当然だった。
そう、"だった"。
本来ならば今の段階で彼女は王太子殿下の婚約者のはずだった。
かの人が「ローナ以外と~」の発言さえしなければ。
彼女が私にぶつかってきた理由ーーそれは「親の敵であるリーヴェ家」と、「好きな人と婚約するのに邪魔な女」だからであろう。
……胃が痛い。
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