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ローナ 13歳編
王室主催の舞踏会
しおりを挟む手元にある招待状を破り捨てることができたら、どれだけ気が楽になるだろうか。
そんな事をしたらお父様に怒られるのはまだしも、王家から反逆の意思ありとみなされて没落してしまうかもしれない。
……それはさすがにないかしら?
セシルと前世を思い出してすぐの頃とは比べものにならないくらい、私たちの仲がもうこれ以上は無いんじゃないかという程に関係を深め続けてーー早三年。
13歳となった私は社交界デビューの時を迎え、王室主催のデビュタントを迎える令嬢たちを集めた舞踏会に参加するため、馬車に揺られて王城に向かっていた。
私の向かいに座るのは当然、婚約者のセシルーーと、言いたいところだが。
「ローナ、緊張しているのか。大丈夫か」
私のエスコート役に任命されたのは、23の歳を迎えてからというものの、両親からいい加減婚約者を見繕ってくれと口うるさく言われているイーサン・リーヴェーー私の兄さんである。
「緊張のあまり体調を崩しましたと言ったら、王家は納得してくださるでしょうか」
「……無理だな」
そんなハッキリ言わなくたって。
ハァと漏れた私のため息に、兄さんは小さな声で「頑張れ」と呟いた。
非常にーー非常に!残念なことに、私とセシルは誰がどう見ても恋人同士だが、未だに婚約者"候補"のままである。
王太子殿下が相も変わらず、私以外の令嬢とは婚約しないと言い切っているため、王家が私たちの婚約を了承してくれないのだ。
かつて王妃教育のために頻繁に訪れていた王城への足は遠のき、王太子殿下も婚約者でもないーー書類上は破棄されているのでーー令嬢の所に通うわけにはいかないということで、婚約破棄の一件以来、一度も会っていないというのに、だ。
……あんまり思い出したくないのだが、関わりが完全に絶たれた、というわけではない。
毎年必ず、私の誕生日に山のようなプレゼントが王城から届けられる。
差出人の欄にアルブレヒト・メクレンブルガーの名前を添えて。
初めて届いた11歳の誕生日の日、私の誕生日を祝ってくれていたセシルを含めて、その時リーヴェ邸にいた全ての人が固まった。
いち早く我に返って動き出したセシルがプレゼントの山に放火しようとするのを止めるのは大変だった。
別にプレゼントを喜んだわけではないのだけれど、どう見ても侯爵家でさえおいそれと買えない代物が混ざっていたので。
前世を思い出すと共に着いてきた庶民感覚が、存外気が合うのか、私にしっかり馴染んでしまっている。
さらに付け加えると、二ヶ月に一回開催される王妃主催のお茶会の招待状が毎回必ず私に届いている。
ちなみにこれ、王妃主催のお茶会なのに、王妃からの招待状ではない。
ばっちり『アルブレヒト・メクレンブルガー』のサインが入った、招待状である。
色々な意味で怖すぎる。
招待状の宛先は毎回『ローナ・リーヴェ侯爵令嬢へ』と記されているらしいが、家族も一緒にどうぞ、とも必ず書かれているのを利用し、毎回私は急な体調不良ということで辞退し、お母様お一人でリーヴェ家の面目のために行ってもらっていた。
お母様はノリノリだった。
ーーそんな訳で、未だに王太子殿下との関わりが絶たれないままで王城に向かう私の気分は重く、地を這うようなものであった。
「だって、今まで避けてこれていた王太子殿下に会わねばならないのですよ?体調が崩れるのは致し方ないことだと思いませんか」
「こら、避けていたなどと言うな。本当のことだったとしても、言ってはいけないことがある。せめて"偶然お会いできなかった"と言いなさい」
「はい、兄さん」
なかなかに兄さんも失礼なことを言っているが、もはや我が家で王太子殿下の話題は若干恐怖の対象として扱っているので、これはいつもの事だったりする。
妄執されていると思わざるを得ない王太子殿下の行動は、さすがのお父様もドン引きしているらしく、この間「婚約させてすまない」とまで言ってきた。
いやもう、本当に。
馬の蹄が舗装された石畳の道を蹴る音が止み、馬車の揺れがピタリと止まる。
外から従者が到着の宣言をしたのが聞こえたかと思うと、木製の門が重厚な音を立てて開かれたのがわかった。
「城に着いた。ローナ、わかっているだろうが……」
「はい。誰かにダンスを申し込まれても断る、でしたよね」
「ああ」
目が見えないからダンスは兄さんとしかしないーー訳ではない。
邸での猛練習の成果あり、相手が誰であろうと足を踏まないくらい、私は盲目の状態でも完璧に踊ることができる。
それなのに誰からの申し込みも断るようにと言いつけられたのは、これもまた王太子殿下が所以であった。
家族である兄さんが特別なリードをするからこそ踊れるのであって、ローナ・リーヴェは目が見えないから他の人とは踊れない、と思ってもらうためである。
一応他にも、目が見えないのは体を好き勝手にされる可能性が高いということで、貞操の守るために断るように、というのもあるが。
しかしデビュタントの子たちが集まる舞踏会に限っては、踊る相手もまた同じ年頃の子なのでそんな心配は必要ない。
今夜は完全に、王太子殿下対策としての意味のみである。
そしてこの約束、重大な欠点がある。
「セシルとも、駄目だからな」
「…………」
ーーそう。
誰からの申し出も、というのはセシルも含めての話であった。
今夜はセシルも、従姉妹の付き添いで王城を訪れている。
いるのだが……。
「ローナ。返事は」
「………………………………はい」
淑女として優雅ではない仕草だが、眉間に皺が寄るのを止められない。
普段していたら咎められたろうが、今ばかりは兄さんも見て見ぬふりをしてくれた。
誰からのも、王太子殿下の申し込みさえも断るというのに、セシル・フントという例外を作ってしまったら、ではなぜ我々のを受けないのだと非難される。
だからセシルと踊るのも禁止、というのを頭では理解しているのだが。
「……明日また来るんだろう。その時に相手してもらったらどうだ」
「…………はい」
私とは踊れないのに、形式上他の参加者を誘うセシルを遠くから認許しなければならないのはーー今から既に苦痛である。
* * *
「リーヴェ侯爵家御令息イーサン・リーヴェ様、並びに御令嬢ローナ・リーヴェ様、ご到着!」
会場の扉前に控える城の警備兵だろう人がそう叫ぶと、また別の人々の足音が慌ただしくやってきて、扉を仰々しく開け放った。
一人で全部できるのにね、と思う私はお城生活に絶対向いてない。
「行くぞローナ。覚悟を決めなさい」
「はい」
敵は王太子殿下だけではない。
盲目の私を面白がって馬鹿にする人もいるだろうし、侯爵令嬢なのに足らないと蔑む人だっているだろう。
今夜はそれら全てを跳ね除けて、前を向いて笑顔を保たねばならない。
これから先の私の評価の概ねが、今日で決まるのだから。
ゲームのシナリオの『ローナ・リーヴェ』という人は、ここを乗り切って"完璧令嬢"の称号を得て、同年代の令嬢の憧れを一手に引き受けていた。
それがどれだけ大変な事なのか、こうしてローナになってみて良くわかる。
兄の腕に手を添えて歩く私の様子におかしなところは何もない。
三冊の本を頭の上に乗せて歩ける実力は伊達じゃないので。
だというのに、周りから聞こえてくるのはーー嘲笑。
「あれが噂の……」
「見えていらっしゃらないんでしょう?お可哀想に……」
「殿下はお優しい方ですから、あのような方にも情けをかけてくださるのね……見て、目を瞑ってらっしゃるのに一生懸命歩いているわ。赤ん坊みたいで応援したくなりますわね」
悪意の塊みたいな声で、思ってもいないような事を私にわざと聞こえるように囁いている。
ここは戦場だ。
兄さん以外の全ての人が敵で、私が隙を見せた瞬間に、彼らの銃口の全てが私に向けられて、言葉の鉛玉が心臓を貫くだろう。
ーー絶対に、死んでやるもんか。
セシルが可愛いと褒めてくれる笑みを浮かべて、私は戦場への一歩を踏み締めた。
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