盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

私とセシル

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「ずっとずっと、会いたかった」


 距離があきすぎてセシルがどんな反応をしているのかわからないまま、それでも私は告白の前段階に取り掛かることにした。

 返事は返ってこなかったが、直前まで車椅子を押していたアン曰くセシルもかなり窶れたとの事なので、彼もまた私に会えなかった事が応えているのだと勝手に思っておく。
 そうでないと、うっかり挫けてしまいそうなので。


 続いて私は、セシル本人も自覚していないだろう事を自覚させる為、兄さんとの会話を念頭に入れて口を開いた。


「聞いたわ、全部。貴方がすごくすごーく嫉妬深いってことも、それでお父様に色々と疑われていたことも」
「……"すごく"なんて可愛いものじゃないとも聞かなかった?」


 セシルが喋った。
 蚊の鳴くような声だった上に掠れていて聞き取りづらかったが、私が彼の声を聞き漏らすはずがなかった。

 聞こえた位置と私が今いる位置とを測り、間にかなりの距離がある事に気づいた。
 しかし、まだその時ではないと踏みとどまる。


「そうね。異常だって、そう言われたわ」
「……うん。そうだね」


 罪を背負い罰を受け入れた罪人のような暗い声色で、セシルは静かに私の言葉を受け入れた。

 否定するでもなければ、狼狽えるでもなく。
 当然ように受け入れたセシルが痛ましく思えて、今すぐにでも「そんなことない」と言ってあげたくなる。


 でもここで私がそんな事を言ってしまったら、それは彼自身を否定するも同然だ。

 恋心を自覚した時、私は同時に彼の全てを受け入れると決めた。
 異常なほどの強い嫉妬もまた、セシルという人を形成する一つなのだから。


「俺は、ローナを傷つける。そんなこと、自分が一番よくわかってるんだ。だって、君に関わる全てが許せない。君が花を好きだと言うのでさえ、許せない。ましてや人間なんて、男というだけで君の耳の届くところにいるのが耐えられない……こんなの異常だ、狂ってる。でも……わかっていても、それが抑えられない」


 吐き捨てるようにそう言ってセシルは自嘲気味に笑った。
 けれど彼の言葉は、怒りとも悲しみとも表せない複雑な思いがごちゃごちゃに混ざり合い、苦しそうに喘ぎ泣いているようにも聞こえた。


「お願いだローナ。もう二度と、俺の前に現れないで。俺の感情はいつか、君を殺してしまう」


 それはまるで、鮮烈な愛の言葉に思えて。


 わかってる。セシルが心から苦しんでいることは。
 それなのにーー私はその思いに喜んでいる。

 ドキドキと高鳴る心臓に合わせて足を動かし、一歩一歩確かに近づく距離に胸が苦しくなる。


「殺されたくはないけど、貴方の前に二度と現れないのも、嫌」
「っローナ……」


 きっと苦しんで下を向いていたり、顔を覆っていたのだろう。私に気がつかなかったセシルのすぐ目の前くらいまで接近することができた。

 私から離れようと後ずさったセシルを逃すまいと、すかさず彼の手を取った。
 見えなくてもセシルの手を掴むのくらい、造作もない事だ。


「ねえセシル、私の話も聞いて……ううん、聞きなさい!」
「っはい」


 いつになく押せ押せの私の雰囲気に飲まれたのか、セシルは思わずと言ったように返事を返してくれた。

 それにニッと口角を上げて笑って、「ちゃんと最後まで聞きなさい」と付け加える。

 さあ、ここからだ。
 覚悟なさい、セシル!


「セシルのその持て余すほどに強い感情は、貴方だけの問題じゃない。貴方だけの責任じゃないのよ」
「何を言って……」
「私にも原因があるって、そう言ってるの」
「違う!」
「違わない」
「違う、ローナは何も……」


 頑固に認めようとしないセシルが首を振って聞く事を拒否してきた。
 そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。

 離した瞬間に逃げ出したりしないよう、セシルの手を握りしめている手を片方ずつ外して、ガッチリと固定するのに頬を両手で挟んだ。


「聞きなさいって、言ったでしょう。いい?貴方がそうやって何もかも許せないのは、私が貴方以外に浮気すると思っているから。貴方は私のことを信用できないから、不安で不安で仕方がないの。貴方に信用されるように私がしてこなかったから、貴方はずっとずっと苦しんできた!それを私の責任と言わず、何というの?」


 もし、私がセシルのことが好きじゃなくてーーもっと言えば、嫌いだったとして。
 だとすれば彼の強すぎる感情は、彼自身の問題で、会わなければ済む話だろう。

 でもそうじゃない。
 私は彼のことが好きで、婚約者候補として仲を深めていた訳で。
 言うなれば思わせぶりな事をして不安にさせていたのに、私は何も関係ありませんはおかしい。


「俺がローナを、信用してない……?」
「そうよ。気づいてなかったでしょう」


 得意げになって言ったが、私も兄さんに言われて気付かされたのだということはこの際格好つかないので伝えないものとする。
 いつかこの時が笑い話になる頃になったら、教えてもいいけどね。


「違う。俺がローナを信用してないわけ……」
「あら、それじゃあ、私のどんなところを信用しているというの?」
「それは……その、分け隔てなく優しいところ、とか」
「ありがとう。でもそれって、貴方に対してだけの私ではないわよね」
「…………」


 どんなに足掻いても、決定的証拠は出てこないはずだ。
 だって当事者である私が一番、明確な言葉を伝えていなかったのを知っている。

 脱力して考え込んでいるセシルはもう逃げないだろうと判断して、私は頬から両手を離した。


「ごめんなさい。私は貴方をずっと、苦しめていた」


 ドッドッドッと今までで一番、心臓が早い音を鳴らしている。

 今から私がするのは、結婚前の貴族の子女としてやっちゃいけないことだ。
 その緊張感と背徳感、さらには恥じらいに頭がおかしくなりそうなほどクラクラしている。

 それでも、貴方の不安を取り除けるなら。

 私の想いを、貴方が信じてくれるなら。


 先程まで両手を当てていた顔のあたりに狙いを定め、私は足のつま先に力を踵を浮かせる。
 ぐっと前のめりに上がった体のバランスをとりながら、顔をゆっくりと近づける。


 このあたりと目指した先に、私は自分の唇を軽く押し当てた。


「なっーー!」


 セシルが動揺して突然離れたので、危ういところでとどめていたバランスが崩れ、体が前に傾いていく。
 踏ん張る足を前に出すよりも早く、セシルが支えてくれたから倒れることはなかったけど。

 私は咄嗟に出た両手がセシルの胸元に添えられていて、セシルは私を支えるのに回した手が背中にあって。

 まるで恋人同士のように抱きしめ合う中、器に抑えきれなくなった私の想いが決壊してこぼれだした。


 苦しくて切ないのに、甘くて蕩けそうな"恋"が私の体中に巡り、涙となってあふれて止まらない。
 ポロポロ、ポロポロと流れ落ちる涙は頬を伝って唇を濡らし、しょっぱい味が口の中に広がる。

 涙が邪魔をしてうまく言えそうにないのに、一度決壊してしまった想いが勝手に私の口を動かしていた。



「あなたが好き。好きなの」



 気がつけば、自分のものとは思えない程に蕩けるような甘い声で私は鳴いていた。

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