盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

アンの本音

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 痛みで生理的に浮かんだ涙が頬に落ちた時、ついにセシルの行動を危険とみなしたアンが強制的に掴んでいた腕を離させた。


「セシル様。ご自分が今何をなさっていたのか、自覚しておいででしょうか」
「…………」


 止まっていた血が巡り始めて、急速な活動に高い熱を上げた血がじんわりと回る感触がやけにはっきりと感じられる。


 ……怖かった。セシルに対して怖いって、思った。
 普段の優しい彼と同一人物に思えなくて、まるで夢でも見ていたかのように思える。

 けれど、ヒリヒリと痛む腕は本物で。
 先程までの出来事が嘘ではない事を、嫌というほどに伝えていた。


「この事は当然、旦那様にお伝えいたします。それほどの事をなさったのだという事をご理解いただけますよう」


 業務連絡を伝えるだけの事務作業みたいに淡々としているのに、その声には隠しきれない怒りが溢れていた。

 掴まれて赤くなっているだろう私の腕に素早く包帯を巻いたかと思うと、アンはすくと立ち上がって靴底を鳴らして歩き、途中でぴたりとして揃って足音を止める。


「私めの身分で申し上げることではないので、できれば貴方様から自主的にしていただけるとありがたいのですが」
「……わかってる」


 針でチクチクと刺すような声のアンは珍しいが、どんよりとした重い声のセシルはもっと珍しい。


 嫌な予感がして、胸がざわつく。
 セシルが何を了承したのか聞かなければと思うのに、未だに恐怖が残る体は竦んでしまい、喉が引き攣って声が出ない。

 そうこうしているうちに二つ分の足音がどんどん私から離れていく。


「痛くして、ごめん」


 その言葉を置き土産にして、セシルは部屋から出て行った。



 しばらくすると、茫然自失の私とエンゲルが残された部屋で誰も何も話さずにいたところへ駆け足でアンが戻ってきた。
 忙しない足音と共に、風で揺れた紙が鳴らす独特な音を連れて。


「旦那様への報告書をまとめようと思いますがーーまずはお嬢様に、話しておかねばならないことがあります」


 そう告げて私の目の前にしゃがんだアンは「まず初めに謝らせてください」と続けた。


「お嬢様の腕に傷をつけてしまったのは、私の責任でもあります。私はフント子息があのような事をしでかす人であると認識していたにもかかわらずーー油断し、業務を怠りました。申し訳ございません」
「しでかす、なんて……」
「いいえ。"しでかす"で宜しいのです。私個人でお嬢様に伝えねばならないだろうと勝手に判断致しましたが、しかし今こそ話すべき内容だと思うのです」


 普段は私とお喋りしたり、ふざけたりもするアンだが、私の専属侍女となるだけの身分も実力も備わっている。
 それが今まさに現れているなと、どこか他人事のように思った。


「お嬢様にとって失明に関する話は、まだ癒えぬ傷ゆえ辛く思うところがあるかもしれませんが、どうか最後までお聞きくださいませ」


 そうして一呼吸おいて、アンは神妙に口を開いた。



「最終的に事故だと判断された、あの日、お嬢様に失明された件についてーー最初、旦那様含め私たちの総意では、あれを"事件"とみなしておりました」
「事故ではなく、事件?」
「左様で御座います」



 それはつまり、あの日の出来事は偶発的に起きたのではなく、人為的に意図された操作によって起こったと考えられていたという事だ。

 あり得ない。だってあれは何もかも偶然だった。
 私が剣の打ち合いを見たいと言ったのはあの日が初めてだったし、セシルの相手として選ばれた警備兵は新人という理由で選ばれただけだったのだから。

 そう思ったのが顔に表れていたのか、何も言わないでいた私に「そうでもないのです」と否定の言葉を投げた。


「どうして?だって……それじゃあどういうつもりだったというの。そもそも一体誰が……」
「それではお聞きいたしますが、そもそもお嬢様は何故、剣の打ち合いなどを見たいと要望なさったのですか」
「……あの頃の私は剣と魔法が登場する物語に夢中だったから、実際がどのようなものか教えてってセシルにお願いしたの。そうしたら、実践を見る方が早いって言われたのよ」


 そろそろ風化しそうなあの日の記憶を引っ張り出してアンの質問に答える。
 何もおかしいところはないように思えるが。


「珍しい事もあるのですね。恋愛ものや知識本を好まれるお嬢様が、剣と魔法の物語をお読みになられるとは。ご自分から手に取られたのですが?それとも、誰かに・・・勧められたから……で御座いましょうか」
「…………」


 白々しく「誰か」だなんて言っているが、強い口調は明確にセシルを指していた。


「……ええ、ええ。確かに私はセシルに勧められた本を読んで、それに感化されて実際がどうかをセシルに聞いて、さらに実践してもらったわ。でもこれだけでセシルを疑うなんて、それはいくらなんでも……」
「我々が彼を疑ったのには、もう一つの大きな理由が御座います」
「もう一つの?」

「はい。それは彼の内面に関することでしてーー例えば今回明確に表れたように、フント子息が持つ普通の何十倍も多いだろう"悋気"で御座います」


 事故が事件だと思われていた理由の一つが、セシルの嫉妬?
 一体どういうことだろう。さっぱり見当もつかなくて首を傾げる。


「フント子息がローナお嬢様にただならぬ想いを寄せている事は一目瞭然、お気づきでなかったのは当人のお嬢様くらいのものでした。というのも、かの方は貴方様の前ではご友人として上手く接しておられましたから、気がつかれなかったのも無理はないと思いますが」


 前にお父様が私たちの関係を疑っていると言っていた時にポロッと漏らした「セシルくんはともかく」の言葉の意味。
 その時は軽く流してしまったがアンによって答え合わせがされた。

 いつからかはわからないにしても、セシルは前々からローナを想っていたという事だ。

 それをみんな知っていて、けれど王太子殿下の婚約者だった私に近づく時は、必ず友人としての関係に努めていたからこそ彼と会うのを見逃してくれていた。


「ですがーーどうにも様子がおかしいと気づいたのは、お嬢様が執事と会話しているのをフント子息が凝視していた時で御座います。子供とはいえ恋は恋、弁えていても嫉妬するのはある程度は仕方ないでしょうが、嫉妬の相手はローナお嬢様とただ話していただけの侍従。貴族ならば普通の光景です」


 そうだったろうかと思い返そうとしたが、セシルがいる時に執事と話していたのなんて、ごく普通の日常なので思い出せない。
 お客様であるセシルをもてなす為には使用人の手を借りなければならいので、よっぽどの事態でもない限り、かつては執事が私のそばに必ずいた。


「よろしいですか。普通の、当たり前の日常の一端に過ぎないその光景を、フント子息は恨みがましい目で睨みつけていたというのです。主人と使用人が話しているのを見て、たとえそれが男女であったとしても、誰がそれに嫉妬するでしょうか?普通ならば、なんて事ない茶飯事だというのに」


 セシルが悪く言われているのだから反論したいのに、アンを説得できるだけの言葉が思いつかない。


「お嬢様、セシル・フントという方は普通ではありません。はっきり申し上げて、異常です。異常なほどの悋気を持ち、それを持て余している狂人であると断言しましょう」


 異常、狂人。
 常ならば全力で否定できたのに、私は首を横に振らなかった。

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