35 / 84
ローナ 10歳編
例えるなら、狼とチワワのような
しおりを挟む私に言われたのではないと頭では理解しつつも、しかし恐怖で震え上がるには十分すぎるほどの声色。
まるで鋭利な刃物を心臓のすぐ近くに突きつけられたかのような心地さえして、背筋に冷たいものが走った。
ましてや、向けられた張本人となると。
どうしてそこまで怒っているのかいまいちわからないけれどーー例え嫉妬だったとしても、仲睦まじくしていた訳でもなければ、そもそも私たちの間には距離があったーーセシルの殺意にも似た怒気をどうにかしなければ。
せっかくエンゲルが貴族の全てが恐ろしいのではないとわかってきた頃だったというのに、これでは前に逆戻りしてしまう。
落ち着いて、セシル。彼は今話題の画家の息子さんなのよ。
大丈夫よ、エンゲル。彼は偶々気が立っているだけで、普段は優しいのよ。
どっちから先に伝えるのが良いだろうかと考えて、まずはヤバそうな気配を漂わせているセシルからにしようと至る。
「あのねセシル、落ち着いてーー」
「おれがお嬢様の何だったら、あんたは納得するわけ?」
「エッ」
え、エンゲルさん……?
「たとえば"友人だ"っておれが言ったとして、そしたらあんたは納得するの?」
「随分と知ったような口を利くんだな」
「今の一瞬を見ただけでも、あんたはわかりやすい人だなって思ったけど?」
数日前の私に怯えていた彼はどこへやら。何故だか一触即発の雰囲気でセシルに噛み付いて舌戦を繰り広げている。
ど、どうした?何で急にこんな展開に?
前にもこんな事があったと思い至るのは、王太子殿下が見舞いに訪れていた所にセシルが乱入した時のことで。
というか、どうして今出会ったばかりだろう二人がこんなにも仲悪くなってるの?
私が見えないだけで、セシルかエンゲルのどちらかが挑発するポーズでもとってたとか?
ゲームにおける二人の仲はローナの時と同様に、そもそもセシルとエンゲルに関わりが無く、エピソードもこれといって特に無かった筈だ。
強いて挙げるなら、パッケージと公式ホームページで並んで描かれていたあたりか。
生理的に無理とか、性格的に合わないとか。
それにしたって、この雰囲気はあまりにも険悪過ぎる。
「おれは父さんの付き合いで滞在させてもらってる客だからここにいるだけだし、お嬢様が相手してくれるからお嬢様と仲良くなっただけ。その事であんたから文句を言われる筋合いは無いと思うけど」
「君の大体の事情は察したが……まず断ってこう。ローナが君の相手をしたのは、ローナが優しいからだ。思い上がっている所を突き落とすようで悪いが、ローナは君と友人になる為に相手したのではなく、君が"可哀想な素振りをしたから"相手したんだ。違うか?」
「婚約者サマだか何だか知らないけど、お嬢様の交友関係に口出しするのはどうかと思うよ。お嬢様だって友達くらい好きにつくりたいんじゃないの?あんたがそうやって何もかも縛るようじゃ、いつか愛想尽かされちゃうかもね」
「随分と良い思いが出来て図に乗っているようだが、君は庶民だろう。貴族の娘、それも侯爵家の令嬢と親しくなれるのはさぞ新鮮で面白く、優越感に浸れたのだろうが、それはいずれ終わりがくる仮初の立場であるということを自覚すべきではないだろうか」
私を挟んで豪速球のラリーが続く。
ちなみにこのラリー、どちらもがサーブではなくスマッシュで撃ち続けるという攻撃特化の試合である。
決着がつく様子はなく、止めようにも横槍を入れようがない。
どう考えても当事者は私なのに、なんで毎回真っ先に置いていかれるのだろうか。
あと私からの反論を心の中で呟かせていただくと、エンゲルの事を可哀想だとは思ったけど同情で近づいた訳ではないし、セシルに愛想尽かすのはチョコレートを使わないブラウニーくらいあり得ない。
それとついでに、エンゲルはそこまで思い上がってないと思う。
せめて抱きしめられているこの状況からどうにかしたくてーー興奮がおさまってさすがに恥ずかしくなってきたーー先程からセシルの背中を軽く叩いて「離してほしい」の合図を送っているのだが、一向に聞き入れられる気配がない。
「離してあげなよ。嫌がってる」
「"嫌がってる"?ハッ、君は随分とローナを知っているようだ。まさか耳を赤く染めているのが、嫌がってのものだったとはな」
なんで口論は止められないのにそういうところは見てるの?やめて?私に飛び火した。
使用人の誰かが助けてくれないだろうかと周りの音に耳を傾けると、何やら興奮気味に「ロマンス小説で読んだわ!」と騒いでいる侍女たちの声が聞こえた。
雇い主の娘の不幸を面白がるんじゃありません。
ならばお母様直々の使命を勝ち取った有能を体現している執事はどうだと、その声を集中して探したがーーあんちくしょうはふふと小さく笑っていやがったのでもう当てにしません。
兄さんに言いつけてやるからな。
どうすればこの事態に終止符を打てるのだろうか。
もういっそ大声で「わっ!」とでも叫んで無理矢理注目を浴びてみようか。でもそれは令嬢としてどうなんだと思うし、セシルの前でそんな奇行に走りたくない。
王太子殿下の時はセシルがお父様を連れて現れたから収束したが、その頼みの綱はここ最近は家にいたのに、今日に限って隣国だ。
誰にも頼れないのなら、私自身で動くのみ。
ええい、ままよ!と私は思い切って、頭に思い浮かんだ言葉を特に考えもせずに声を上げたーー。
「アフタヌーンティーが途中だったのだけれど、セシルも一緒にいかがかしら!!」
ーー言い切る前に失敗だと気がついたが、思い切りを得てしまった私の口は止められなかった。
8
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる