盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

身分なんて関係無い

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 まず私の人差し指の腹にエンゲルの指が試すようにツンと触れて、受け入れて動かずにいるのを確認すると、そのまま手が重なった。
 エンゲルとの握手が叶ったのだ。

 思わずパッと喜びが笑みに溢れて、握られた手に体の横につけていたもう片方の手を合わせる。
 ビクッとエンゲルの手が震えたけど、嬉しくて離してあげられない。


 私が両手で包んでから言葉にならない声を出していたエンゲルだったが、諦めたように深いため息を吐いて「許します」と小さく呟いた。


「ありがとう!」
「でも、おれも急に現れて驚かせたんで、その謝罪はお嬢様にも受け入れてほしいんですけど」
「そうね、私も許します。今度からは堂々と前から歩いてきてね」
「……」


 どうしてわざわざ道として整理された方ではなく草が生い茂っている方を選んで歩いていたのかは、たぶん遠慮していたからなのだろうけれど、エンゲルは正式なリーヴェ邸のお客様なのだから堂々としてほしい。

 というのを掻い摘んで伝えると、またしてもエンゲルから返ってきたのは無言だった。


 もしかして、何か気になることでもあるのかしら。
 それともまだ、私に怯えてるとか?

 未だ繋いだままの手はもう震えていないのだけれど……。


 首を傾げて相手の出方を伺っていると、突然エンゲルはプッと吹き出して笑い始めた。

 今までとは真逆の様子に、呆気に取られてしまう。


 ど、どうした?
 恐怖が一周して笑いになっちゃった?
 そういうのはホラー映画とかに出てくる窮地に立たされて気が狂っちゃった人だけでいいのよ?


 けれどエンゲルは私の心配をよそに笑いがおさまらないらしい。

 状況がどうなっているのか説明してもらおうとアンがいる方を向いたが、なぜか私の成長に感涙していて当てにならない。

 これは一体どうすればいいのとさらに首を傾げたところで、エンゲルは大笑いを引き摺りながらも、ようやく訳を語り始めた。


「リーヴェのお嬢様って、今まで出会った貴族の中で一番偉いくせに、変だ」
「へ、変……」
「うん。変わってる」
「か、変わってる」


 そんな明るい声で言う事じゃなくない……?

 そりゃあ前世の記憶がある時点で変わってる自覚はあるけれど、それを知らない筈のエンゲルに「変」と言われるとちょっと凹む。
 しかも大笑い付きで……。

 ショックで繋がれた手から力が抜ける。
 そのまま解けるかと思ったが、エンゲルは重力に逆らう事なく落ちようとしていた私の手を追って掴み取った。

 今度は逆に、私の手がエンゲルの両手で包まれる。


「その……変って言ったけど悪い意味じゃなくて……良い意味で変ってことです」
「でも変なんでしょう……?」


 自分でも情けないと思うほどにふにゃふにゃな声が出た。泣くほどではないのに、泣きそうな声色だ。


「変っていうか、えっと……貴族にこだわってないなって。他の貴族よりも気品があるのに、おれの手握るし、庶民みたいに話すし。だから、その……お嬢様も普通の女の子なんだなって、思ったってこと!」


 大慌てでいつの間にか敬語も無くなって、エンゲルは早口でそう捲し立てた。

 どうやら私が泣き出すんじゃないかと勘違いして焦っているらしい。
 ……むくむくと私の中の悪戯心が顔を出して、「もうちょっとだけ困らせてやれ」と指示してくる。

 そうね……変って言われたお返しをしなきゃね。


「でも私が変だから、笑ったんでしょう?」
「いや、それはそうじゃなくて……この子を怖がってたおれって馬鹿だったなって思ったから」
「やっぱり私を怖がってたのね……!」
「あっ、いや、えっと……!」


 泣き真似をして、両手で顔を覆う。
 そうするとますますエンゲルは焦りを見せて、「どうしよう、どうしよう」と言いながら私の周りをぐるぐる回り始めた。


「傷ついたわ……」
「ご、ごめんなさい」
「謝ってほしいわけじゃないわ」
「う……」


 私が揶揄っているだけだというのに気づいているアンが後ろでフフと笑ったのが聞こえた。けれどエンゲルは必死なあまりそれに気がつかない。


「どうしたら泣き止むの?」


 ついに痺れを切らしたエンゲルが、待ち望んでいた言葉を発した。
 よしきたと言わんばかりに食い付きそうなところをぐっと堪えて、しおらしい態度のまま私は用意していた言葉舌に乗せる。


「貴方の名前を教えてくれたら、泣き止むかも」
「へ?」
「えーん!私なんかには教えてくれないのね!」
「わー!教える、教えますから!」


 エンゲルの名前は前世の記憶からもあるが、元々お父様からヴィルム絵師の息子として名前を教えられていた。

 でもやっぱり、新しく関係を築いていく為には名乗り合うことが大切だと思う。
 エンゲルには自分から、名前を名乗ってもらいたい。

 しばらく黙りの時間が続いたが、少しムッとした声でエンゲルは言い辛そうに口をモゴモゴと動かし始めた。


「……姓は無くて、ただのエンゲル。でもおれはおれの名前好きじゃないから、あんまり呼ばれたくない」


 ゲームで聞いた時は姓のクンストの方で呼べ、と言っていたのが「呼ばれたくない」ときた。
 この頃から自分の名前がコンプレックスだったのね。


「なら、何と呼んだら良いの?」
「……でも」
「?」


 エンゲルだからエンちゃん、エン君……は怒られそうだな。
 なんて考えていたところに、エンゲルの名乗りは逆接で続いた。



「お嬢様には……あんたには名前で呼んでほしい、かも」



 突然ツンデレキャラからデレを貰うと、人は真顔で「はわわ」と発しそうになりますーー。

 すんでのところで口から「はわわ」が出そうだったのを防いだ。危ない、危ない。


 可愛さに悶え転がり回りたいところを頭の中だけに抑え、私は名前の一文字一文字を大切に発音してエンゲルを呼んだ。


「うん」


 満足そうに頷いたエンゲルの声から怯えの色は完全に消えていた。



 ……あっ。もう少し泣き真似粘ればよかった。
 ついでに私のこと「姉ちゃん」って呼んでって強請っとけばよかったな……。

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