盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

改めて、始め直そうか

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 イーサンが「嫌われていても仕方がない」と言った理由に、心当たりがないわけじゃない。


 例えば今回のことだってそうだ。


 家族団欒の時間といえば朝昼晩の食事の時間だが、仕事の都合で父と兄、母と私に分かれることが多いため、今日イーサンに会ったのは本当に久しぶりだった。


 そう。"久しぶり"だった。


 兄は妹が失明したとしても、一度たりとも見舞いに来なかった。

 ただの一度も、だ。


 でもそれを私は、ゲームの通り嫌われているのだと考えて諦めていた。
 イーサンの性格を考えれば当然だろう、と。


 でも、嫌いじゃなかった。
 嫌いには、なれなかった。


 それは前世を思い出して、キャラクターとしてヒロインに見せる優しい顔のイーサンを知っているからとかではなく、思い出す前から私は"そう"だった。


 廊下で見かけるたび、遠ざかる背中に手を伸ばした。

 父が共に食事をとれると喜んでいる時、それでは兄はどうですかと尋ねたかった。

 読んでいた本を兄が本棚に返すのを見計らって、その後こっそり同じものを読んでいた。


 ローナはイーサンが、ずっとずっと大好きだった。


 かっこよくて完璧で、尊敬できる大人な兄。
 それがローナにとってのイーサンなのだから。


 言葉とは裏腹に私をさらに強く抱きしめながら、イーサンはそれでも、私の思いとは真逆の予想を口にする。


「だからローナが、私を兄と呼んでくれるのが不思議でたまらない」


 いつの間にか兄の肩につけていた額をそのままに、私は勢いよく首を横に振った。


 どうして兄が自分を避けるのかわからなかった。だから泣いてしまった夜もあった。

 嫌われている理由を突き詰めると、自分がとても酷い人間のように思えて苦しくなったからだ。


 前世を思い出してからは"諦め"を覚えたため、泣き暮らすことはなくなったが。

 でもそれくらい、ローナはイーサンを思ってる。

 兄さんに誤解されたくない。


「嫌いなどではありません。私は兄さんが好きです。大好きです。嫌われているのかもしれないと、落ち込んでいた程に」
「!」


 言葉は波に乗るよりも簡単に、私の口からポロポロと溢れ出た。

 愛の告白にも似た思いの吐露は、しかし恥ずかしいと思うよりも、私が兄を嫌っていると誤解されたくないという思いの方が強くて。

 私は縋り付くように首に回していた腕に力を込める。


「兄さんは私のことが嫌いですか」
「ありえない」


 即答された言葉。
 ローナがずっとずっと欲しかった、兄の答え。

 "私"と交わった"ただのローナ"が、一粒の涙を頬に滑らせた。

 すぐさまその涙は兄に気づかれ細長い指にすくわれて、目尻を指の腹で擽られる。
 私はそれにふふ、と笑って、今度は私から兄にぎゅっと抱きついた。


「兄さん、私は兄さんと仲良くなりたいです。もっとお話ししてお互いを知りたいです、たまにこうして家族のハグをしてほしいです。私は兄さんが、大好きだから」
「約束する。これからは、もっとローナとの時間を取ろう」


 ーーやり直そう、兄妹を。
 今まで、始まっていたかどうかもあやしいけれど。

 私は兄さんが大好きだし、兄さんは私を気に入ってくれた。

 それでいい。

 それは関係のスタート地点において、この上なく相応しい要素なのだから。


「まずは……私が車椅子を上手く押せるようになる為の練習時間を定期的に取ろう」
「それではその後は、私の練習に付き合ってくださいませ」
「練習?」
「はい。見えずとも完璧にダンスを踊れるようにしておきたいのです」
「確かにそれは、大切なことだ」


 トントン拍子に進む会話と今までの会うことさえ稀だった関係との差異に、自然と笑みが溢れる。


 兄さんはそんな私を見て何を思ったのかーー私の前髪をかき分けて、ちゅ、と小さなキスを落とした。



「やっぱりローナは、とても可愛い良い子だ」



 ……だから急にぶっこむのやめてくれませんかね!!?
 心臓に悪いどころの話ではないというに。

 今ので私の心臓は完全に口から飛び出ました。


 太鼓を鳴らすよりも煩い私の心音が聞こえやしないか心配しながら、赤くなった顔を隠すのに、私はもう一度兄さんに勢いよく抱きついたのだった。

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