21 / 84
ローナ 10歳編
可愛いもの
しおりを挟む「お前は意外と、向上心があるんだな」
ちっちゃい声で頷いたかと思うと、イーサンは突然そんなことを言い出した。
褒められたと受け取って良いのか、今までどんな風に妹を思っていたんだと怒るべきか。
イーサンを怒るような勇気も活力もーーついでにそこまで気持ちも動いていないーー無いので、ここは素直に礼を言っておこうか。
「ありがとうございます」
「そうすると私はその想定の、"車椅子の心得がない者"に相当するな」
「……その様、ですね……」
職人さんによる「車椅子説明会」に参加したのは両親とセシル、それと使用人代表として私付きのアンと執事長だけだった。
なにしろイーサンが参加するとは誰も思わなかったので、当日その場にいないのを当然として誰も気にしていなかったのだから。
何を当たり前のことを言い出すのかと、困惑してつい肯定してしまった。
「常日頃からあらゆる場合を想定して行動する事は、とても大切なことだと思う」
「はい。その通りかと」
「外交において相互理解は何よりも大切だ。理解とは、日頃の知識や経験によって培われていく」
「なるほど」
「あらゆる想定とは知識や経験の中から生まれ、それらの内容如何によって、想定を超えて日常や臨機の解答が含まれるようになる」
「そうでしたか」
……つまり、イーサンは私に何が言いたいんだろう?
それともーーこれって、もしかして。
「ローナは、良い子だな」
………………。
…………褒めるの下手くそか!!!
思春期の女の子相手にしてるお父さんじゃないんだから!!
"良い子"の一言を捻り出すまでの過程が多すぎる。
吃驚し過ぎて、今何を言われたのか理解できなかった。思考が宇宙に飛んでた。
せっかく初めて褒めてもらったのだから、喜んで礼を言えば良いものを、未だ唖然として返答の言葉が出てこない。
そんな私の様子を察知したのか、隣にいたアンが代わりに口を開いた。
さすがは専属侍女だ、有能さが他とは一線を画すというのねーー。
「お言葉ですが、イーサン様。ローナお嬢様は"良い子"というだけでは御座いません。"とても可愛い"、良い子なので御座います」
違うのよ!!
そうじゃないのよ、アン!!
今そういう惚気みたいな話はいいのよ!
イーサンだって急にそんなこと言われたら、突然孫自慢を始めたお年寄りに遭遇してしまった人みたいに、何も言えなくなるでしょ!
案の定、イーサンは何も言わなくなってしまった。
嫌いなキャラじゃなかったし、勘当される可能性を少しでも下げたいし、なによりーー私の"兄"だし。
せっかく兄妹なんだから仲良くしたいなと思っていたのに、これでは前の関係に逆戻りしてしまう。
「なんだこいつ、意味わかんないこと言ってんな」みたいな反応返されたらどうしよう。
想像だけで、ちょっと泣きそう。
いい加減、この沈黙の続く間に耐えきれない。私から「アンが差し出がましいことを致しました」とか言って、何とかこの場を誤魔化そうか。
「確かに、"とても可愛い"良い子だ……うん。可愛い」
「はわわ」
突然ミステリアスキャラからデレを貰うと、人は真顔で「はわわ」と発しますーー。
えっ、今……イーサンなんて言った?
かわ……かわ、いい?何が?
「そうでしょうとも。貴方様の妹御は、見た目も中身も大変お可愛らしいのですよ」
アンは一旦、減らず口を閉じようか?
まさか、そんな。
あのイーサンが、妹に可愛いだなんて、そんな。
顔が茹で蛸にだって負けないほど赤くなり、湯気が出てるんじゃないかと心配になるくらい熱い。
少しでもそれを隠そうとして両手で頬を覆ったのだが、さらにその上からもっと大きな硬い手が被さった。
この状況でこんなにも大きな手の持ち主を、間違えようがなくて。
「赤い。恥ずかしいのか」
「え、え……あの、えっと」
「可愛いと言われると、照れるのか」
「あえ、あ…………っはい……?」
これって、なんの羞恥プレイ?
私の手に重なるイーサンの手から伸びる、腕の先にある肘が私の膝の上に触れていることから、イーサンはわざわざしゃがんでいるのだろう事がわかる。
ってことはもしかしなくとも、顔を覗かれているというわけで。
「うう……見ないでください」
「……可愛い」
もういいよ、わかったよ!
覚えたての単語みたいに何度も復唱しないでくれ。
けれどイーサンの猛攻は止まらず、今度は重なっていた私の手を取った。
触診しているのかという手つきで兄のものよりも一回り以上小さい私の手に触れていたかと思うと、イーサンはフッと小さく笑った。
羞恥心が一周回って怒りに近い感情になっていた私としては、勝手に人の手に触っといて何がおかしいんだ!金取るぞ!と言いたいところだったが。
「温かくて、小さくて、柔らかい。私の妹は、指先まで可愛いのか」
ヒュッと吸い込んだ息で、私の喉が詰まる音がした。
3
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる