盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

天使だった君は 後編 ー王太子殿下視点ー

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 知らせを受けてすぐに、僕は身支度をして城を出ようとした。
 当たり前のようにリーヴェ邸を訪れて、あまつさえローナに傷を負わせたなどという許し難い罪を犯したセシル・フントへの怒りを抑え、僕は至極冷静に城を出る手筈を整えていた……のに。

 そこへやってきて僕を止めたのは、他でも無い国王陛下たる父だった。


「緊急招集だ。お前も同行しなさい」


 王太子という地位を持つ僕だが、陛下には敵わない。
 ましてや命令となると、拒否権など無いも同然だった。

 急いて落ち着かない気持ちのまま、僕は父に連れられて会議場にたどり着いた。
 既に貴族院の者たちは席についており、母が上座で悲壮感を漂わせている。


「まずは、余の突然の招集に応じたことに礼を言おう。此度の議題はすぐに決定すべきと判断した為、このような緊急となってしまった」


 意識を自分に向けるために行う、父のつかみの挨拶に苛立ちを感じたのは初めてだった。
 王太子としてみっともない振る舞いはしないという自制が効いて顔には出ていないが、僕の焦りは頂点に達していた。


「それでは本題だがーー失明したローナ・リーヴェ侯爵令嬢と、王位継承権第一のアルブレヒト・メクレンブルガーの婚約についての議論をしていこう」
「!? 待ってください!どういう事ですか、父上!」


 王太子としての矜持などかなぐり捨てて、僕は父に噛みついた。
 はっきりと言わなかったが、「婚約についての議論」などとこの状況で言い出すということはつまりーー。


「ローナとの婚約を……破棄するということですか……っ!?」


 父は無情にも、頷いて返した。

 僕が声を上げたのを皮切りに、貴族院の議員共は口々にそれらしい理由を付けて「破棄すべきだ」と言った。

 目の前に広がる光景と、僕の耳に入る拒否したい言葉の数々に顔から血の気が引いて、体がピクリとも動かない。


 わかってる……否、わかっていた。
 ローナが失明したと聞いた瞬間、まず最初に頭に浮かんだのは「婚約破棄」の言葉だったのだから。

 だが僕はそれに抗いたくて。
 普段鬱陶しくて仕方がないこの地位は、この時にこそ活躍するのではと夢を見て。

 ーー結局、僕が何度反対だと言っても、一つの意見として扱われてるのかさえ怪しい程に受け流される。


 ……ローナは、どう思ってるかな。
 汚い悪魔のような奴らが飛ばす言葉を遠くに、僕が目の裏に思い浮かべたのは彼女の事ばかりだった。


 会いたい。
 今までで最も会いたいと思ったのが、会えなくなるかもしれない決定を下された瞬間だというのは、なんという皮肉だろうか。



  *      *      *



 騒動から一週間が経過した。

 僕の訴えを受けた国王陛下の「今すぐに破棄というのはいくらなんでも令嬢の心情を考慮していないのでは」という鶴の一声によって破棄こそされていないがーー婚約の二文字は崖の淵に立ったままである。


 そこで貴族院が僕に下したのは、ローナとの面会許可だった。

 "破棄した"という結果よりも"破棄する"予定を持ち寄る事で、突発的ではなく段階的な提案をする役目に当事者として僕が任命されたからだった。


 当然ーーその通りにするつもりはなかった。
 だから僕は、婚約者としてお見舞いに行くのだという意識でリーヴェ邸に訪れたのだ。


 ローナに会うのは久しぶりで、好きな子に会うということで心臓は強く脈打っていた。

 僕は想像する。
 彼女が僕を迎える様子を。


 ローナは他人を思うあまり、自己犠牲的なところがある。

 それこそが天使であり、長所なのだけれどーー同時に、僕が利己的な人間であると自覚させられる時間でもあるので苦手だ。

 好きな子に嫌われるかもしれないその時を、得意とはいえないので。


 だからきっとローナは今回も、何事もなかったかのように振る舞うのだろう。
 いつも通り淑女らしく僕を迎え、「突然どうされたのですか」と失明なんか無かったかのように笑う。


 そして、全てを察せるだけの能力がある彼女は婚約が破棄されることを理解しているのだと、それとなく僕に伝えてくる。

 僕らの婚約関係が壊れることを、日常に変換して受け入れるのだ。


 ああ、君はなんて美しく清廉でーー残酷なんだろうか。

 優しい君は、僕を気遣って悲しんでもくれないのだろう。



 リーヴェ家の執事に案内され、ついにローナの部屋の前にたどり着いた。
 そういえば彼女の部屋を訪れたのは初めてだと、今更ながら途端に緊張する。

 僕を招き入れるのにドアが開け放たれ、その先で礼をしているだろうローナと挨拶を交わそうとしーー部屋の様子がおかしい事に気がついた。


 ローナは僕を迎えなかった。
 ……いや、迎えはしてくれた。

 だがそれは予想してたのとは全く異なる形で、淑女の礼を怪我人らしく・・・・・・ベッドの上で行っていたのだ。


 それはまるで、怪我人であることを僕に明確に示そうとしているようで。


 予想外の出来事に動揺し、かける声が震えそうになるのをなんとか抑えて顔を上げるように言った。


 顔を上げたローナには、ベッドに横たわる人らしい最低限の化粧が施されていた。
 着ている服も軽装で、とてもじゃないが王族を迎えるのには相応しくないーーだが具合の悪い人であるならば十分な装飾で完結している。


 僕は驚きのあまり、目の前にいるのが本当にローナなのか区別がつかなかった。

 これは、誰だ?
 怪我した自分を見せつけてくるようなこの状況、この態度!


 続けてローナは婚約破棄されるのを察していることを少しもぼかすことなく、僕を「王太子殿下」と呼んで関係性に線引きをした。

 今までの彼女ならば、僕の手を取り共に線を引くような気遣いを見せるはずなのに、目の前のローナは粗雑にも線を一人で引いてみせた。


 さらには、ローナは僕との婚約破棄を悲しむどころか未練すらないと言わんばかりに話を推し進めようとしている。
 こんなにもわかりやすい彼女は見たことがない。


 予想と何もかも違う彼女に困惑して、簡単にできた境界線に寂しさを覚えていたが。
 ただ一つ、今の・・彼女についてわかることがあった。


 大怪我による経験が人格に変化を及ぼす現象が稀に確認されるとは言うが、よもやそれが彼女の身に起こるなどと、誰が想像できたろうか。

 今の彼女に自己犠牲の精神なぞどこにも見当たらず、僕を気遣うそぶりはあれど、そこに見え隠れするのは破棄を進めるための"媚"だ。


 天使の羽は捥がれ、ローナはただの、自己愛と利己を優先する"人間"になったのだ。



 ああーーそれのなんと喜ばしい・・・・ことか!



 天使のような見目のまま、君は僕と同じ人間に堕ちてきてくれた。
 これを幸福と呼ばずして、何と言えようか!


 どうやら君は、僕との婚約破棄によってセシル・フントとの仲を進めたいようだけれどーーそうはさせない。

 人間とは過ちを犯すものだ。
 だからこそ、正される。

 君の過ち・・は、いずれ僕が正してみせよう。



 僕は絶対に、誰にもローナを渡しはしない。

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