盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

天使だった君は 前編 ー王太子殿下視点ー

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 ある昼下がりの天気の良い日。
 その日僕は、天使に心を奪われた。


「アルブレヒト。今日からお前とローナ・リーヴェ侯爵令嬢は、婚約者になったんだよ」


 細くて華奢な肩から滑り落ちた銀糸の髪が太陽を反射してキラリと光り、トパーズが僕を映して輝いた。


「はじめまして、アルブレヒト王太子殿下。どうぞこれから、よろしくお願い申し上げます」


 桃色の小さ唇が弧を描き、そこから鈴の音が奏でられたその瞬間にーー僕はもう、ローナしか見えなくなってしまった。



「本当にあの素敵な子が、僕のお嫁さんになるの?」
「ええそうよ。良かったわね、アルブレヒト」

「本当に将来、あの子と僕が、父上と母上のようになるの?」
「そうだよ、アルブレヒト」


 出会った時の神秘的とも言えるあの光景が全て夢だったのではと思い、僕は何度も何度も両親に確認した。
 その都度肯定の言葉を得るたびに、僕の心は面白いくらいに高鳴った。


 今までだって頑張ってなかったわけじゃないけれど、でも彼女に相応しい人になりたくて、今まで以上にあらゆる事に励むようになった。
 彼女も僕との結婚のために王妃教育を頑張っていると聞いて、ますます意欲が湧くように溢れた。

 もっともっと頑張って、ローナに認められるような人になりたい。
 僕が君を素敵だと思うように、君にも僕を素敵だと思って欲しい。

 僕が君を想うように、君にも僕を想ってほしい。

 いつしかそう思うようになっていった。



 ーーでも。それなのに、ローナに会うのだけはどうしてもできなかった。



 顔合わせから一度だけ彼女に会った時だって、僕はずっと気が気じゃなかった。


 ローナに、僕が"人間"だとばれたらどうしよう。


 純粋無垢で汚れない彼女は、自己犠牲と共に生きる天使。
 本来僕のような"人間"は近づくことさえ許されないというのに、僕は王子様の皮をかぶって自分を誤魔化している。

 もし……もしも、ローナに僕が"人間"だと気づかれてしまったら?

 嫌われるだけならまだしも、この手からどこか遠くの、神様のもとへ飛んで逃げてしまうかもしれない。
 それだけは絶対に嫌だ。


 だから僕は、僕の正体が暴かれるのを恐れて、勉強が忙しいからと言ってあまり会わないようにしていた。

 それでいて、彼女が王妃教育で城を訪れる時などにはこっそりと覗いて見るのだからーー天使と人間の清濁の差に、我が事ながら辟易していた。

 会いたいのに、会いたくない。
 恋とは矛盾を抱えるものだと、どこかの書物で読んでいたが。
 この矛盾を解消する手段として選んだ道は、あまりにも惨めだった。



 セシル・フント侯爵令息については前々から知っていた。
 ローナの母であるクリスティーン・リーヴェと同郷の母を持ち、陸軍の王室師団団長の息子でもあるその人。

 同い年ということもあり、学友として団長が連れてきたこともあった。
 その時の印象は、僕とは違う人間だということ。

 僕のシルエットは線の細い、女のような体つきと言われるのに対して、彼はまだ子供だというのに男らしく、兵士のようだった。

 劣等感を覚えずにはいられない体格差に嫉妬したが、その場は友好的に微笑んでみせた。
 彼はニコリともせず、騎士としての礼を尽くしただけに終わったけど。


 そんな訳でセシル・フントに関しては気に留めておくべき人物くらいの認識ではじまったのだがーー事は一変し、要注意人物となった。

 リーヴェ邸へ母親に連れられてたびたび足を運んでいたのは"影"の報告により知っていたが、ローナと友人関係を築いたというのには驚いた。

 男女の垣根を超えた友情だと説明されたが、僕は絶対にそうではないと端から信用していなかった。


 ローナに出会ってからセシル・フントが邸を訪れる回数は格段に増え、その様子も渋々だったものから喜色を滲ませるようになったという。

 己を律して友人の顔で接しているようだったがーー到底、許せるものではなかった。


 優に僕とローナの逢瀬の回数を超え、仲だって僕よりも深いものを築き上げている。

 それはローナに会いにいかない、会おうとしない僕に原因があるのだけれどーー関係なく、嫉妬の炎に油は注がれていく。


 ローナにとってせっかくできた友人を無くすことで悲しませてしまうのには心が痛むが、セシル・フントに何かしらの制限を与えようかと思案していた矢先。

 その事件は起こった。


 ローナが、セシル・フントによって失明したのだ。

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