13 / 84
ローナ 10歳編
書斎にて重大発表
しおりを挟むそれから私はセシルに運ばれて、話がしたいという父の案内のもと書斎に連れてこられた。
王太子殿下は去ったが、問題は何一つとして解説されていないのだから当然だろう。
セシルはガラス細工を下ろすような繊細さで、私を書斎にある柔らかなソファーの上に着地させた。
そんなに気を遣わなくたっていいのに。
目の前で椅子を引く音がして、すぐ横からティーカップの擦れる音がする。
おそらく前に座ったのは父で、お茶の用意をしているのは使用人の誰かだろう。
とするとセシルはどこにいるのだろうかと思ったが、その答えはすぐにわかった。
「ローナ、飲み物が欲しい時は俺に言って。そばにいるから」
すぐ横のソファーが沈んだことで私側の布が押し上がり、耳元で囁かれた声から、セシルは隣に座ったようだ。
「ありがとう……でも私、お茶を飲むくらいなら一人でできるようになったのよ?」
「なら、これは俺のお願いだ。俺に君の世話をさせて」
「っ……そ、そう……それなら、そう、ね……」
「世話をさせて」なんてこの人に囁かれたら、例えどんな人だろうと靡いてしまうんじゃないだろうか。
そう思ってしまう程の体が砕け蕩ける声と言葉に、自然と頬が赤く染まるのが自分でもわかった。
一週間ぶりのセシルだからか、それとも今までの友人同士だった時とは全く違う雰囲気に戸惑いを覚えてかはわからないけれど、何だか落ち着かない。
見えずとも隣にいるとわかる程近い距離に手持ち無沙汰な指を絡めてソワソワしていると、目の前にいるだろう父がゴホンとわざとらしく咳払いをした。
そういえばお父様がいたんだったと、セシルばかりに気を取られていてすっかり忘れていた。
「ローナ。そろそろ、良いかな?」
「勿論ですお父様」
つい誤魔化すのに早口になってしまったが、父はそんな私の様子を見逃して、事の経緯を語り始めた。
「ローナが失明してすぐに私は王家に報告した。王家と貴族院の決定で、つい先ほど、ローナと殿下の婚約は破棄されたよ……お前は殿下とそれなりの付き合いをしていたから、破棄されるのを悲しむんじゃないかとは思ったが、こればかりは隠し通せるものではないと判断したんだ……すまない、ローナ」
「お医者様から宣告を受けたその時から、覚悟はしておりました。お父様が気に病む必要はありません」
そもそも私は、婚約破棄を悲しんでいないもの。お父様は微塵も気にしなくて大丈夫です。
心の内でそう呟いて、私はウンウンと頷いた。
すると父は何を思ったのか、ふっと小さく鼻を鳴らして黙りこくったかと思いきや、ププと吹き出して笑い始めた。
見えない私にはわからない何かが起こったのかと、全て見ていたとしたらこの人しかいないとセシルの方を向いたのだが、セシルはいたずらに私の手を取っただけで何も言わない。
仕方ない。ここは素直に、私から直接尋ねるとしようか。
「どうされたのです、お父様」
「いやなに……破棄されて良かったとすら思ってるのだろうな、と」
ドキリと身の内から図星の音が鳴る。
悟られるような言動はしなかった筈だが、この狸にはいつの間にか暴露ていたというのか。
何のことでしょうか、そう言葉を紡ごうとした私だったが、父はそれを遮るように口を開いた。
「王太子妃となることは、ローナにとって幸せであると私は信じていた。お前はいつだって幸せそうにしてくれているが、更なる幸福は王家にあるのでは、と」
厳かに語られる父の言葉は、まるで神への懺悔のように重い響きをもって紡がれている。
「……私が幸せそうに見えると言うのなら、それはお父様やお母様あってのことです」
気休めにもならない言葉だろうが、私はそう言わずにはいられなかった。
そうして父はまたしばらく閉口し、書斎に沈黙が流れる。
私の手を握るセシルの手が、小さく震えている。
緊張しているのだろうか。それとも、何かに怯えているの?
「ローナとセシルくんの関係は、常々疑っていたんだ」
父からポツリと、溢すように漏れた言葉。
そこに私たちを責めるような色は無いけれど、自然と体が強張った。
「お前たちは友人だと頑なにそう言っていたが……セシルくんはともかく、ローナもまた友人と表すにはあまりある感情を抱いているのではないか?」
ハッと息を呑む音が隣から聞こえた。
見えずともわかる程に刺さる視線が、隣から向けられている。
「自覚したのは、つい先日のことです」
「! ローナ……」
困惑と歓喜の混じった声で私の名を呼んだセシルに返して、私は握られた手の上にもう片方の手を合わせた。
「やはり、そうか……」
「不貞を働くような親不孝の娘で申し訳ございません」
自分で言ったことだけどーー不貞らしい不貞は少しもしていないどころか、一週間前に初めて手を繋いだという程、潔白なお付き合いでしたけどね。
それでも、前世を思い出す前の私がセシルに抱いていた気持ちは本物だ。たとえ、浮気者だとか阿婆擦れだとか罵られたとしても、それだけは否定したくない。
「いや、不貞などと重く受け取らなくていいのだよ。そんな事よりも、セシルくんとの婚約の話なのだけれど」
「「!?」」
けれど父は、あっけらかんとして私の言葉を否定した。
えっ……えっ!?
重く受け取らなくていい……の後、今この人なんて言った?
セシルくんとの婚約……セシルくんとの、婚約!?
急展開過ぎない!!?
4
お気に入りに追加
852
あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる