盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

書斎にて重大発表

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 それから私はセシルに運ばれて、話がしたいという父の案内のもと書斎に連れてこられた。
 王太子殿下は去ったが、問題は何一つとして解説されていないのだから当然だろう。

 セシルはガラス細工を下ろすような繊細さで、私を書斎にある柔らかなソファーの上に着地させた。
 そんなに気を遣わなくたっていいのに。


 目の前で椅子を引く音がして、すぐ横からティーカップの擦れる音がする。
 おそらく前に座ったのは父で、お茶の用意をしているのは使用人の誰かだろう。

 とするとセシルはどこにいるのだろうかと思ったが、その答えはすぐにわかった。


「ローナ、飲み物が欲しい時は俺に言って。そばにいるから」


 すぐ横のソファーが沈んだことで私側の布が押し上がり、耳元で囁かれた声から、セシルは隣に座ったようだ。


「ありがとう……でも私、お茶を飲むくらいなら一人でできるようになったのよ?」
「なら、これは俺のお願いだ。俺に君の世話をさせて」
「っ……そ、そう……それなら、そう、ね……」


 「世話をさせて」なんてこの人に囁かれたら、例えどんな人だろうと靡いてしまうんじゃないだろうか。

 そう思ってしまう程の体が砕け蕩ける声と言葉に、自然と頬が赤く染まるのが自分でもわかった。


 一週間ぶりのセシルだからか、それとも今までの友人同士だった時とは全く違う雰囲気に戸惑いを覚えてかはわからないけれど、何だか落ち着かない。


 見えずとも隣にいるとわかる程近い距離に手持ち無沙汰な指を絡めてソワソワしていると、目の前にいるだろう父がゴホンとわざとらしく咳払いをした。

 そういえばお父様がいたんだったと、セシルばかりに気を取られていてすっかり忘れていた。


「ローナ。そろそろ、良いかな?」
「勿論ですお父様」


 つい誤魔化すのに早口になってしまったが、父はそんな私の様子を見逃して、事の経緯を語り始めた。


「ローナが失明してすぐに私は王家に報告した。王家と貴族院の決定で、つい先ほど、ローナと殿下の婚約は破棄されたよ……お前は殿下とそれなりの付き合いをしていたから、破棄されるのを悲しむんじゃないかとは思ったが、こればかりは隠し通せるものではないと判断したんだ……すまない、ローナ」
「お医者様から宣告を受けたその時から、覚悟はしておりました。お父様が気に病む必要はありません」


 そもそも私は、婚約破棄を悲しんでいないもの。お父様は微塵も気にしなくて大丈夫です。
 心の内でそう呟いて、私はウンウンと頷いた。

 すると父は何を思ったのか、ふっと小さく鼻を鳴らして黙りこくったかと思いきや、ププと吹き出して笑い始めた。

 見えない私にはわからない何かが起こったのかと、全て見ていたとしたらこの人しかいないとセシルの方を向いたのだが、セシルはいたずらに私の手を取っただけで何も言わない。

 仕方ない。ここは素直に、私から直接尋ねるとしようか。


「どうされたのです、お父様」
「いやなに……破棄されて良かったとすら思ってるのだろうな、と」


 ドキリと身の内から図星の音が鳴る。
 悟られるような言動はしなかった筈だが、この狸にはいつの間にか暴露バレていたというのか。


 何のことでしょうか、そう言葉を紡ごうとした私だったが、父はそれを遮るように口を開いた。


「王太子妃となることは、ローナにとって幸せであると私は信じていた。お前はいつだって幸せそうにしてくれているが、更なる幸福は王家にあるのでは、と」


 厳かに語られる父の言葉は、まるで神への懺悔のように重い響きをもって紡がれている。


「……私が幸せそうに見えると言うのなら、それはお父様やお母様あってのことです」


 気休めにもならない言葉だろうが、私はそう言わずにはいられなかった。
 そうして父はまたしばらく閉口し、書斎に沈黙が流れる。

 私の手を握るセシルの手が、小さく震えている。
 緊張しているのだろうか。それとも、何かに怯えているの?


「ローナとセシルくんの関係は、常々疑っていたんだ」


 父からポツリと、溢すように漏れた言葉。
 そこに私たちを責めるような色は無いけれど、自然と体が強張った。


「お前たちは友人だと頑なにそう言っていたが……セシルくんはともかく、ローナもまた友人と表すにはあまりある感情を抱いているのではないか?」


 ハッと息を呑む音が隣から聞こえた。
 見えずともわかる程に刺さる視線が、隣から向けられている。


「自覚したのは、つい先日のことです」
「! ローナ……」


 困惑と歓喜の混じった声で私の名を呼んだセシルに返して、私は握られた手の上にもう片方の手を合わせた。


「やはり、そうか……」
「不貞を働くような親不孝の娘で申し訳ございません」


 自分で言ったことだけどーー不貞らしい不貞は少しもしていないどころか、一週間前に初めて手を繋いだという程、潔白なお付き合いでしたけどね。

 それでも、前世を思い出す前の私がセシルに抱いていた気持ちは本物だ。たとえ、浮気者だとか阿婆擦れだとか罵られたとしても、それだけは否定したくない。



「いや、不貞などと重く受け取らなくていいのだよ。そんな事よりも、セシルくんとの婚約の話なのだけれど」
「「!?」」



 けれど父は、あっけらかんとして私の言葉を否定した。

 えっ……えっ!?
 重く受け取らなくていい……の後、今この人なんて言った?

 セシルくんとの婚約……セシルくんとの、婚約!?


 急展開過ぎない!!?

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