盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

文字の大きさ
上 下
11 / 84
ローナ 10歳編

修羅場を経験するには早すぎる

しおりを挟む


「お戯れにしては度が過ぎているのではないでしょうか。アルブレヒト王太子殿下」


 一週間前に会ったきりで、ずっと、また会いたいと願っていた声。


「セシル・フント侯爵子息……だよね?」


 側にあった王太子殿下の気配が離れ、緊張感で張っていた体から力が抜ける。
 でもその後すぐに聞こえた、想像だにしなかった殿下の冷たい声にまた体が固まった。

 見えずともわかる、部屋のピリリとひりつくような緊張感。


「王太子殿下に名前を覚えていただけているとは、恐悦至極に存じます」


 微塵も思っていなそうな、聞いたこともない鋭いナイフのようなセシルの声。
 王太子殿下にそんな殺気で固めましたみたいな声向けていいの……?


「婚約者が親しくしている人くらい、知ってるよ。ローナの"友達"のセシルくん」
「…………」


 今なんか「友達」の部分やけに強くなかった?


「如何にも私はローナの友人ですが……しかしそれは、今は貴方も同じでは?」
「…………」


 いつになく強い口調でセシルも言い返す。


 二人はそれから口を閉し、一触即発の雰囲気で沈黙が続く。

 そもそも何で急にセシルがここに現れたのかも気になるけどーーどうしてこんなに険悪な雰囲気になったのかが今はもっと気になるし、重要だ。


 ゲームにおける二人の関係は当然悪いはずがなかった。


 なんせアルブレヒト王太子殿下は何事もなければ国を治める王となり、セシルは順当に行けば、ゆくゆくは父の後を継いで王室師団団長である。

 貴族は一様に王家の家臣であるが、王家の直接の盾となるフント侯爵家はその中で最も忠臣でなければならないのだから。


 それなのに、この状況。
 ……かなりヤバいのでは?


 何か言わなければ。とりあえず何か言って、この象よりも重い空気をどうにかしなければ。

 そう思って私は口を開こうとしたのだけれどーーそれよりも先に、いつの間にかまたすぐ横についた王太子殿下が私の体を引き寄せた。

 驚きで私が硬直したのをいいことに、王太子殿下は腰に手を回してさらに近づかせる。


「あ、あの、王太子殿下……」
「ところで君は、いつまでここにいるつもりかな。僕たちは大切な話をしている最中だったのだけれど。それにここはローナ・リーヴェという淑女の部屋だ、淑女の部屋に無断で入るのは"礼儀知らず"というものでは?」


 まるでセシルに私たちの仲を見せつけるかのようにーー仲も何も契約以外のものは無いのだけれどーー王太子殿下は私の頭に頬ずりして小さく笑った。

 いや、やめて?セシルに勘違いされたらどうするの?と言いたいところだけど、まだ婚約は破棄されていないので拒否することはできない。
 むしろ、なぜ受け入れないのだと責められるだろう。


 というか、やっぱりアルブレヒト・メクレンブルガーのキャラクターとはかけ離れた言動のように思える。
 ゲーム通りの誠実、清廉、正統派王子様ならばこんな事はしないだろう。

 そりゃあ、一国の王子様が清廉潔白というだけでは国は成り立たないだろうけど。
 だとすると、この王太子殿下はゲームのシナリオ中、主人公もといプレイヤーを永遠に騙し続けられる特大の猫を身の内に飼っていたということだ。


 ……一気に王太子殿下が恐ろしく見えてきた。
 ゲームの通りにしていれば、婚約破棄イベントは簡単だと侮っていた私は馬鹿だったのかもしれない。


 パニックになって心の中で冷や汗を流しながらも表向きは平然としていた私は、セシルが私たちの目の前まで近づいていた事に気がつかなかった。


「ですからそれは貴方も同じだと言った筈でしょう。それに私は、リーヴェ侯爵から許可を得てここにいる。もうローナの婚約者ではない貴方こそ、淑女の部屋に入り浸り、あまつさえその淑女に不貞を働こうとしている"礼儀知らず"で御座いましょう」
「……なに?」


 ふわっと羽毛布団を持ち上げるような簡単な動作で、私はセシルに軽々と抱き上げられた。
 いわゆるお姫様抱っこで突然持ち上げられた私は驚きで声にならない悲鳴を上げたが、拒否するどころか喜んでこの身をセシルに委ねる。

 なんで持ち上げられたかはわからないけど、とりあえず何か恐ろしい王太子殿下から離れられたのでありがとう!と言うかわりに、そっとセシルの肩に腕を回す。


 ……いや待て。今セシル、「リーヴェ侯爵」とか言わなかった?


 リーヴェ侯爵とは言わずもがな、私の父にあたる人。
 その人がなぜ、王太子殿下が訪れているとわかっている部屋に乱入することを許したのだろうか。


 しかも今サラッと、"もう私の婚約者じゃない"とも言わなかった?


 騒動の中心どころか当事者の自覚は有るのに、騒動があらぬ方向に行きすぎて何が何やら理解できない。


「セシル……」


 縋り付く先は何やら色々な情報を把握している、私を抱えるこの人くらいしかいない。

 だがセシルは何を思ったのか、砂糖菓子に蜂蜜を垂らしてしまったかのように甘い声で「大丈夫だよ」と言うだけで、何も教えてはくれなかった。


「言いたいことはたくさんあるけれど……まずはローナから離れてもらおうかな。不愉快で堪らない」
「殿下とはその一点では気が合いそうです。ですのでーー絶対に離しません。貴方がそうしたように・・・・・・・・・・
「…………」
「…………」


 また部屋に強い静電気が走ったかのような重々しい緊張感が訪れる。

 いい加減勘弁してくれーー私の内なる願いを聞き届けたというわけではないだろうが、しかし救世主たりえる人物がついに部屋に現れた。



「セシルくん。いくら君に理があるとはいえ、王太子殿下をあまり煽らないように。アルブレヒト王太子殿下、ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げる。ここから先のことはーーこの私、ギュンター・リーヴェが請け負いましょうぞ」


 私の父、リーヴェ侯爵のご登場である。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

処理中です...