盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

文字の大きさ
上 下
6 / 84
ローナ 10歳編

君は俺のたからもの 中編 ーセシル視点ー

しおりを挟む


 蹄鉄が地を蹴る音が止み、従者が馬車の戸を開けた。
 リーヴェ邸に着いたのだ。


 我先にと母が降りるその後に続くと、使用人を従えた執事が歓迎に出迎えた。

 俺はあくまでも付き添いで訪れた侯爵子息として、不服そうな顔で手を乗せた母をエスコートして歩く。


 客室に到着するとすぐにリーヴェ侯爵夫人が現れるので、それからの俺は自由だ。
 やっと、ローナに会える。


 内心は察するに余りあるが、表情を一切変えずに俺を案内する執事は、さすがはリーヴェ邸の執事だと言える。

 ローナが待つ庭に到着すると、執事は通例として、また監視として俺の後ろに回った。


 俺がローナに持つ感情の全ては、この邸において隠し通さねばならないものである。

 執事は、俺がそれを守っているかを監視するのだ。

 もし、少しでも誤った行動をとれば、俺はもう二度と彼女に会えなくなるだろう。

 俺はローナの年近い良き友人として、彼女に会うことを許されているのだから。


 ーーローナ・リーヴェは、この国の王太子の婚約者である。


 本来ならば、そんな立場にある彼女がまだ幼い年齢といえども年の近い男が会うのは"はしたない事"だと禁じられる。

 それなのに俺がローナに会うのを許されているのは、彼女が希望していることも大きいがーー何より、俺が友人としての顔と距離感で接しているからである。


「セシル!」


 花が綻ぶような笑顔で俺の名を呼ぶローナに心臓が握り締められた。
 下唇を噛んで感情を抑え込み、「友人の顔」でローナに笑い返す。


 この時間はこの上ない幸福を得られると共に、この世の地獄を同時に体感することになる。

 それでもローナに会いたいと願う俺は、何と哀れな阿呆なのだろうか。


 けれどいつか本当に王妃手の届かない所に行ってしまうまで、せめて友人として思い出を重ねることをどうか許して欲しい。

 手の届かない人に恋をした阿呆は、君の目の前ここにはいないのだから。



 だから俺は、このままの関係で、この時間がもう暫くは続くと思っていたんだ。

 ーーあの時までは。



  *      *      *



 ここ最近、剣と魔法が登場する物語に熱中しているローナが、剣の打ち合いがどのようなものか知りたいと言ってきた。

 そんなのは語ることはおろか自分も実践できる分野であったので、模擬戦をやってみようということになった。


 模擬戦用の刃を潰した剣を使う、練習試合のようなもの。
 対するは、リーヴェ邸の警備兵だった。


「よろしくお願いします」
「よ、よろしくっお願いします!」


 相手が侯爵子息だからだろうか。傷をつけた場合の訴訟を恐れて、警備兵の挨拶の声がやけに上ずっていた。

 遠くの安全な所にいるローナから声援をもらう中、審判を務める執事の合図のもと、俺たちは打ち合いを始めた。


 勝負は意外なことに拮抗した。


 若くともリーヴェ邸の警備を担う兵士なのだ。自分はすぐにでも尻餅をつくだろうと予想していたのだが、存外、稽古の成果が現れた。

 力技では敵わないが、技術と素早さで欠けた部分を補えば打ち合いは続く。


 あとはどちらかの体力が尽き、隙を見せるかだった。


 ついにその瞬間が現れた。

 警備兵の左足のフラつきに勝機を見た俺は、一気に相手の懐に入り渾身の力を込めて剣を弾いた。

 剣は体力の尽きた兵士の手からいとも簡単にすっぽ抜けて宙を舞う。


 勝った、そう喜んだのも束の間ーー。


 それが落ちる先として選んだ場所に、全身から血の気が引いたのを感じた。


「ローナ!!」


 こんなにも荒々しく彼女の名を呼んだのは初めてだった。
 有らん限りの力を振り絞って、俺は土を抉って走り出す。


 驚きで剣が自分に向かってくるのを呆然と見ているローナは勿論の事、隣に立つ侍女も慌てて手を伸ばしているが間に合わないだろう。


 剣が向かう先は、この国で一番愛らしいローナの顔。

 あたりどころが悪ければ脳を痛めて死んでしまうかもしれない。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!


 今この瞬間だけ魔法が使えて、彼女の目の前にワープできたらいいのに。
 突然、大嵐のような風が吹いて剣の軌道がずらされれば。
 あるいは、あるいは……。


 ありもしない可能性で頭は埋め尽くされる。
 必死に足を動かしているのに、まるで走り出しから留まり続けているのではと錯覚するほど、ずっとローナが遠い。


 俺だけじゃない。
 俺と対戦していた警備兵も、監視役の執事も。

 みんながみんな、必死に手を伸ばしていた。


 それなのに、無情にも"結果"を告げる音が鳴る。

 ガツンッと骨に強く打ちつけた音が、走る音と荒い呼吸音の中で一番強く鳴り響いたのだ。


 時が緩やかになって、俺の目の前でローナがゆっくりと後ろに倒れていく。


 小さく動いた口を最後に、ローナは精巧な人形のように地に伏して動かなくなってしまった。


 絶望に蝕まれた体は主人の言うことを聞かず、その場に括り付けられて動かなくなった。

 肺が生きることを拒んで呼吸を受け付けない。

 動かない目がローナを捉えて離さないのが、余計に絶望を増幅させていく。


「ローナ、ローナ、ローナ、ローナ、ローナ……」


 邸から多くの侍従がやってきて、慎重にローナの体を室内に運んでいる。
 それと同時にやってきた別の侍従が、パニックを起こしている俺をどうにかしようと背中を摩っていた。



 もしもローナが死んでしまったらどうしよう。

 その時は、俺も。



 そこで俺の意識は途絶えた。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

処理中です...