婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ

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一章.幸せになったのは王子様だけでした。

7-3.

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「ぐすっ・・・うぅ・・・。」


 厨房の洗い場では食器を洗う音とニコラの小さな嗚咽が響いていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、私、なんかがっ・・・ひっく。」


 ニコラはマリーベルが苦しむ姿を見るたびに胸を痛めていた。

 元使用人達が辞めさせられた時に、ニコラは自らの意思で辞めていくつもりだった。
 それをマリーベルとサラがニコラを引き留めてハーレン家に留めたのだ。

 だけど、ニコラは常に罪の意識に苛まれていた。

 何故ならニコラもマリーベルへの嫌がらせに加担していたからだ。

 ハーレン家にきて1ヶ月しか経っていない新人のただの平民の少女であるニコラに拒否などできる筈もなく、実家は貧しく弟妹がたくさんいたので、募集中の新聞広告の中で1番給料が高かったからと理由でハーレン家に出稼ぎにやってきたのだ。

 クビにされてしまうと大変困るので、執事・侍女頭・メイド頭・メイドの先輩の言う事はどんなに理不尽だと思いつつも従うしかなかった。

 腐った食事を運び。
 服に針を仕込み。
 ベッドの中にガラスを撒いたり・・・。

 ニコラはメイド仲間と共にマリーベルを追い出す為に数々の嫌がらせを行った。

 聖女マリーベルは嫌がらせに意見をする事はあっても、使用人達に怒ったりやり返したりなどせず常に微笑んでいた。
 
 まさに彼女は絵に描いたような聖女だった。

 だけどマリーベルは微笑んではいたが、徐々に元気が無くなっていくのはニコラでも分かった。

 マリーベルの可哀想な姿に同情的だったが、ニコラはただ言われた通りにハーレン家で働くしかなかった。

 
『(何も考えずに動くの・・・余計なことをしてクビにさせられたくないもの。)』


 そしてたまたまマリーベルのお祈りの姿を見たのをきっかけにマリーベルと会話をし、マリーベルに酷い事をするハーレン家に対して怒りを覚えるようになった。

 マリーベルに名前を呼んでもらうぐらいの会話しかしていないのに、マリーベルを助けたいとニコラは思ってしまった。

 だけど非力な平民の娘には何もできない・・・それがニコラにはとても歯痒く、嫌がらせに協力する自分が凄く嫌いだった。

 自分に出来る事は、できるだけメイド長にバレないように仕込んだ針やガラスを片付けるぐらいだ。

 そして休憩中に食べているお店の安いクッキーを清潔なハンカチに包み、密かにマリーベルの枕の下に隠した。


『気付いてくれるかな?だといいけど。』


 安いクッキーで申し訳ないと思いつつも、ニコラはメイド長達の目を盗んではマリーベルの枕の下にクッキーを隠した。


『こんな方法で償えるなんて思っていないし、癒しになるとも思っていないわ。』
 

 ただこんな場所に来てしまった聖女のささやかな気晴らしに食べてくれればと・・・。

 そしてあの夜、マリーベルが身体を張った事により使用人達の罪がバレて、40名の使用人が辞めさせられた。

 ニコラは辞めようとした所を引き留められ、新人なのにメイド頭を任されて今に至る。

 マリーベルに信頼を置かれ、サラの信頼も勝ち取り、お給料もあがり、ハーレン家は気持ち良く仕事ができる最高の場所になったのに・・・。


 ニコラはマリーベルを助ける事ができずに、イジメや嫌がらせに加担してしまったその罪の意識に常に苛まれ苦しんでいた。

 食べ物を受け付けられずに苦しむ今のマリーベルを一体誰が作ったのか?


 『それは私だ。』


 と、ニコラは目の前が真っ暗になるのだ。

 忙しく身体を動かしている時は大丈夫なのだが、1人になった時やふとした時に罪の意識が襲ってくる。

 気付いた時には誰もいない空間に、涙を流して謝っていた。

 そんな日々か続いていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、助けなくてごめんなさい、酷い事してごめんなさい。」


 いっその事罰して追い出して欲しかったと、ニコラは思う。

 もちろん優しいマリーベルはそんな事は望まない。
 けど、その優しさに耐えられなくなってしまった。

 ニコラはルーベンスの復興作業が落ち着き次第、退職する事をマリーベルに伝えた。

 マリーベルに懺悔をするように罪の意識に苛まれていることを告白した。

 ニコラの予想通り優しいマリーベルは貴女は悪くないと説得してくれたが、ニコラの退職の意志は固かった。

 そしてマリーベルは悲しそうに目を伏せてニコラの意思を尊重したのだった。


「ごめんなさい、ごめんなさいマリーベル様・・・ひっぐ。」




 執務室でマリーベルはサラに、ニコラがマリーベルに対して罪の意識があり、それを理由に退職することを伝えた。

 サラは深くため息をつく。


「ニコラさんの立場なら仕方なかったと思いますが・・・ニコラさんはそんな言葉求めてないですよね。」

「私はニコラのお陰であの辛い日々でも頑張れたのよ。それに、あの夜にニコラがヴァントや他の使用人達がやった事について言ってくれたおかげで今があるのに・・・。」


 あの夜、あの場にニコラがいなかったら口の上手いヴァントにロイドは言いくるめられていたかもしれない。

 ニコラがマリーベルの身に起こった数々の酷い仕打ちを実際に見て来たからこそ、全てが明らかになったのだ。


「でもニコラは私の側にいると苦しいのよね・・・・・。」
 

 マリーベルは寂しそうに微笑んだ。


「せめて次の働き口に困らないように紹介状を書くつもりよ。サラ、働き口として評判がいい貴族の屋敷のリストを作ってくれるかしら?この前のパーティーで仲良くなった令嬢達も候補に入れて調べて欲しいのだけれど。」

「はい、ニコラさんが高収入で気持ちよく働ける場所を調べますね!」


 サラは気持ちを切り替えて張り切って答えた。

 寂しいけど、ニコラがハーレン家を去った後も元気でやっていけるようにしようとマリーベルは思った。


「そしてあと一つは、真剣に伝える話でもないかもしれないけど・・・。」

「どのような?」


 ニコラの退職の話よりも、なんだか複雑な表情で気まずそうなマリーベルにサラは神妙な顔になる。


「ニールが私専属の騎士になりたいそうよ。私に騎士としての誓いを立てたいんですって。」

「はい?ニール?・・・あの眼鏡の副団長ですか?」


 口がポカンと開いてしまうサラ。


「驚くというか、なんというか、困るわよねぇ・・・。」


 挨拶以外に話をしたことはないが、よく騎士団長の後ろにいるニールの姿を思い浮かべるサラ。

 ニールは青い髪と瞳の知的でクールな印象の眼鏡イケメンだ。

 たまに侍女やメイド達がイケメンについて楽しそうに話す時に必ずニールの名前が出てくるのだが、サラの中ではクールというよりかは愛想が無いので評価はやや低い。(ちなみにロイドの評価は1番下。)
 

「元からハーレン家の騎士なので、ハーレン公爵夫人になるマリーベル様にわざわざ誓いを立てる必要は無いと思うのですが・・・。」

「サラもそう思うわよね・・・。」


 明らかにマリーベルに心を奪われているかのようなニールに、厄介な匂いを感じるマリーベルとサラ。


「しかもニールだけじゃなくて、私個人に騎士の誓いを立てたい騎士が他にも20人もいるの。」

「さすがはマリーベル様と言いたい所ですが、騎士団を分断させる行為に繋がりかねますね。」


 まるで当主のロイドやマーガレットには忠誠を誓いたくないようなニール達の言動は、ハーレン騎士団内で反発が起きる可能性があった。

 一応ニール達によれば、マリーベルを守る事を中心に考えが変わるだけで、ハーレン家にも忠誠を誓っているとの事だが・・・。


「私はハーレン家を乗っ取ろうとは思ってはいても、マリーベル騎士団を作るつもりは無いのよ?心の中で勝手に私に忠誠を誓っていればいいのに・・・。」


 マリーベルは額に手を当てた。


「敢えてマリーベル様に誓いを立てて専属になりたいという事は、マリーベル様の騎士団を作るのと同じ意味になりますね。今まで通りにハーレン家に尽くせと、ニール達の言葉を無視すればいいかもしれませんが。」

「ただでさえ領地の復興の事で頭がいっぱいなのに、これ以上ややこしい問題は勘弁して欲しいわ・・・とりあえずこの事について騎士団長さんやロイドと相談してみるわね。ニール達にはルーベンスの復興作業が落ち着くまではこの話は保留にすると言っておいたわ。」

「それが1番ですね。ややこしい問題ですが。」

「本当よね。騎士ってのはよく分からないわ。私はお姫様でもないのに。」

「お姫様というよりは女神様だと思いますが?」

「ふふ、何言ってるのよサラったら。」


 執務室がやっと和やかな雰囲気になった。

 カップの中の紅茶を飲み終わると、マリーベルはゆっくりと立ち上がる。


「気分転換に一緒に散歩でもしましょ。」


 そしてマリーベルとサラは庭に出てゆっくりと歩きながら美しい庭を楽しむ。


「聖女様ー!」


 植木の手入れ中だったダニエルがマリーベルを見つけて嬉しそうに大きく手を振った。


「ダニエル!」


 マリーベルの表情がパァッと明るくなり、いつもとは違う普通の女の子のような反応で嬉しそうにダニエルの元へ駆け寄って行った。


「(マリーベル様は彼の事を・・・。)」


 マリーベルのその様子に本人でも気付いていない心の内を悟ったサラは、寂しくは思いながらも見守るように優しい瞳で2人を見つめていた。


 その頃、王都の中心街で1人の少年がキョロキョロとある人物を探していた。


「ここら辺でよくみかけると聞いていたんだけど、どこにいるんだ?」


 少年の近くにはカフェ・エルダと書かれた看板があり、先程から少年は店の近くをウロウロとしていた。


「つーかまえたっ♪」

「ギャァ!!!」


 後ろから何者かに抱き締められた少年は叫び声を上げ、自分を抱き締めた人物を突き飛ばした。


「シャシャシャシャルル殿下ッ??いきなり何するんですか!??」

「いやー、俺子ども好きだし?こんな可愛い弟が欲しかったなーなんて?」

「子どもじゃありません!僕は15です!」

「へー。どうでもいいや。」

「何なんですか貴方は!?噂通り変な人じゃないですかッ!!」


 少年は顔を真っ赤にして怒る。


「君正直だねぇ。俺一応王子なんだけどなぁ~。それで、こんな所で何してんの?」


 少年は冷静になろうとゴホンと咳をして気分を切り替えた。

 そして少年は真っ直ぐにシャルルと向き合った。


「シャルル第一王子殿下お願いがあります。僕を、アージェント家を貴方様の派閥に入れてください!」

「へぇ。」


 シャルルはニィっと笑った。


「話を聞こうか、アダム・アージェント。」


 

 
 



 
 
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