婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ

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一章.幸せになったのは王子様だけでした。

6-8.

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 怒るサラ、焦るロイド、そして冷たく見据えるマリーベル。


「(え?何?私そんなに悪いこと言った?)」


 正直に愛していないならロイドを返して欲しいとマリーベルにお願いしたリズは、サラとロイドの様子から自分がマリーベルの怒りに触れた事が解った。

 でも、何故そんなにも怒るのかがリズには分からなかった。

 王命は王様の命令だから守らなければならないが、守った様にみせかけてリズにロイドを返してくれればいいとリズは簡単に思っていた。

 リズから見ればマリーベルはなんでも持っている様に見えるお姫様のような存在だ。
 ならば、愛していないならロイドをリズに返してくれてもいいのではないかと思い、マリーベルに言ってしまった訳だが・・・。


「貴女、名のある家の伯爵令嬢なのに王命を破れと言っているのかしら?」

「違います・・・私が言っているのは、聖女様が協力してくださって、私とロイドを会わせてくだされば・・・。」


 マリーベルの冷たい視線に、自分の発言に徐々に自信がなくなるリズ。


「それって、リズさんはロイドの愛人になりたいという事でよろしいかしら?」

「それは・・・。」


 愛人。

 つまりは正妻のマリーベルの公認で付き合うという事は、そういう話なのである。
 リズはロイドと最初から両想いなのに、愛人になりたいのかと言われると複雑に思えた。
 


「ねぇ、ロイド。」


 マリーベルとリズのやりとりをぼーっと見ていたロイドは、マリーベルに声をかけられハッと意識を戻した。


「今のリズさんの言葉を聞いてどう思う?流石は鈍感の貴方でもリズさんの世間知らずで貴族令嬢としての常識の無さーーあっ!ごめんなさい!恋愛脳で自分の事しか考えてないお嬢様だと理解した所でどう思う?」

「・・・・・。」


 ロイドは無言で口をギュッと結びうつむいた。


「なっ!なんで聖女様にそんな酷いことを言われないといけないのですか!」


 恋愛脳で自分のことしか考えていないと言われリズは顔を赤くして怒った。


「ふふ、ホントばからしい。私こんな人と比べられていたなんて・・・ふふ、ははは。」


 マリーベルは額に手を当てて呆れたように笑った。


「不合格よ、リズ・アージェント。」

「はぁ?何を言うんですか!?」


 マリーベルはリズを見下すような笑みを浮かべた。


「リズさんはロイドのことを愛してるのよね?」

「そうです!愛しています!」

「ロイドの今の立場は何?」

「それは公しゃ・・・・・。」

「ふふ、やっと思い出した?」


 リズはある事を思い出し、途端に自分が恥ずかしくなって泣きたくなった。


「今ルーベンス領がどうなっているか貴女知っているわよね?」


 災害の影響が酷くなかなか復興作業が終わらず、ルーベンス領の人々は日々不安を抱えながら生きている。


「領民が苦しんでいる時にリズさんは呑気ね。ロイドロイドと・・・恋愛脳の貴女なんかにロイドの、ましてや公爵のパートナーが務まりますか?」

「(なんで婚約者を奪った悪女に、こんなこと言われなきゃいけないの・・・!)」


 マリーベルの言うことは正論だった。
 
 リズはロイドと婚約白紙にされてから、ロイドの事で頭がいっぱいだった。

 領民は生きようと必死で復興作業をしているのに、リズはロイドに会えない絶望から死を願い、屋敷でただ過ごしていた。
 リズには温かい家、温かいご飯、温かい家族があって恵まれているのに、ロイドの事ばかり考えて、自分は不幸だと悲しみに浸っていた。

 リズが想っているロイドだって1日でも早く領民に元の暮らしを戻そうと必死なのに、リズは自分の事しか考えていない。
 リズはロイドの苦労さえも頭になかったのだ。

 恋愛脳と言われマリーベルに馬鹿にされても仕方ないだろう。
 

「だから貴女は不合格よ。ロイドの恋人にしても、公爵のパートナーとしても。」


 リズは奥歯をギリリと噛み締めた。


「じゃあ聖女様はロイドの為に何かしてあげたのですか!?聖女様が命令して無理矢理笑顔を作らせたり、知らない令息の輪に無理矢理入れさせたり、苦手な令嬢達と踊らせたり!聖女様はロイドに苦痛しか与えてないじゃないですか!」

「マリーベル様!この小娘の頬を殴ってよろしいでしょうか!」

「止めなさいサラ。殴った所で恋愛脳は治らないわよ。」


 今にもリズに飛び掛かりそうなサラをマリーベルは諫めた。

 マリーベルはロイドにニッコリと笑った。


「ロイド答えなさい。私がロイドに命令した事はロイドに取って要らない事だったかしら?」

「・・・・・いいえ、そんな事ありません。」

「それは何故かしら?」

「それは、私の友好関係を広げて、将来災害が起きた時に助けてくれる家を増やす為です・・・。」

「じゃあルーベンス領に1番寄付をしているのは誰?」

「聖女・・・マリーベル様です。」

「どうかしらリズさん?確かに私はロイドに苦痛を強いているわ。だけどそれはロイドに必要な事なの。貴女はロイドの為に、ルーベンスの為に、何かしてあげたことがあったかしら?」

「ッ・・・・・!」


 リズは悔しそうにマリーベルを睨みつけた。

 アージェント家からも寄付はしたが、アージェント家は貧乏ではないが裕福な家でもないので寄付の金額は多くない。
 リズだってルーベンス領の為にリズなりに助けようと、配給を手伝ったり、領民を励ましたりと微力ながらロイドの婚約者として動いていたのだ。
 領民だってリズに励まされ感謝をしていた。

 だけど、広大なルーベンス領を助けられるのは結局は多額のお金しかなかった。
 さらにルーベンスの将来を見据えてロイドに友人関係を広げるように言った。

 全部自分が出来なかった事や考え付かなかった事を出来るマリーベルの方が、公爵のパートナーとして相応しいとリズは感じてしまった。

 目の前の自信に満ちた余裕の表情の聖女マリーベルに敗北感を感じて、リズから悔し涙が流れた。


「なんで!なんで!なんで!なんで!なんで・・・・なんでッ!なんでッ!なんでッ!」


 突然癇癪を起こすリズ。
 なんでを繰り返しながら叫ぶ。
 リズのなんでには色んな意味が込められ感情が爆発した。

 その光景をマリーベルは冷たく見据えて、サラは不快を露わにし、ロイドは困惑した。


「リズ、もう止めるんだ・・・。」


 ロイドのその言葉にリズは勢いよくロイドに詰め寄り、両手でロイドのジャケットの胸元を掴んだ。


「ロイドはッ!ロイドはいいの?私と結婚する予定だったじゃない!」

「それは・・・。」


 眉を下げハッキリとしない態度のロイド。
 そんなロイドの態度にマリーベルはイラつき、ある事を思い付いた。


「そうだわロイド。貴方に選ばせてあげる。」


 楽しげなマリーベルにロイドは嫌な予感がした。


「リズさんを選ぶか、私を選ぶか。」


 ロイドは目を見開いた。


「リズさんを選ぶなら王命を破った罰は大人しく受けるわ。貴方の罰は軽くなるように取り計らってあげる。けど・・・。」


 マリーベルは妖しく笑った。


「資金は打ち切らせてもらいます。今までの使用した分の資金は返せなんて意地悪な事は言わないわ。だって可哀想ですもの。公爵夫人になれないなら資金提供を止めるのは当たり前でしょ?私を選んだら今まで通り惜しまず資金は提供するけど、どうする?私?それともリズさん?」

「卑怯者!貴女それでも聖女ですか!」

「役立たずは黙りなさい。」

「ッ!!」


 マリーベルにピシャリと言われリズは顔を歪めた。


「まだ分からないのかしら?私との王命がなくて、リズさんとロイドがそのまま結婚していたらルーベンス領もハーレン家も2、3年かもっと早い内に破滅していたわよ。アージェント家も共倒れになっていたわ。貴女本当にロイドの婚約者だったの?公爵夫人になるつもりだったの?伯爵家の教育もたかがーー」

「止めろ・・・。」

「何よロイドの癖に。本当のことじゃない。2人で破滅すればいいじゃないの。愛し合う2人が助け合えばどんな悲惨な結婚生活もーー」

「マリーベルッ!!!」


 ロイドの怒号でマリーベルの足元まで地面が凍った。


「あら、初めて呼び捨てで呼んでくれた。」


 庭の温度が下がり、マリーベル達がいる場所の周囲の植物に霜が降りる。

 楽しそうに笑みを浮かべるマリーベルと疲れたように片手で頭を抱えるロイド。


「もう止めてくれ・・・君を選ぶよ。君を選ぶよマリーベル。」

「賢い選択よロイド。」


 リズは凍った地面にペタンと座りこんで両手で顔を覆い涙を流した。
 

 
 

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