婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ

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一章.幸せになったのは王子様だけでした。

6-7.

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 ロイドは王宮内を走りながらリズを探していた。

 そして王宮の美しい庭に出て奥に進んで行くと、噴水の近くにある長椅子に泣きながら座っているリズの姿を見つけた。


「リズ・・・。」


 ロイドの声にビクリと肩が反応したリズはゆっくり顔を上げた。

 だけどリズの表情はロイドに会うことができたのに、喜びとは真逆の悲しみの表情をしていた。


「リズ、大丈夫か?」


 ロイドはリズにゆっくり近づく。


「なんで?」

「え?」

「なんでロイドは変わってしまったの?」


 まさかのリズの言葉にロイドは固まった。
 そしてロイドは自分が以前と変わらずにいると思っていたので、リズが何故そのように思ったのかが解らなかった。


「私は何も変わっていない。」

「変わったわよ!以前のロイドなら人前で笑顔になったり自分から関わりのない令息達と仲良くしたり、それに・・・たくさんの女の子と踊ったりなんかしなかったわ!」


 以前のロイドはリズだけに笑いかけ、リズだけと踊る、リズだけの王子様だったのだ。

 それが婚約者でなくなり2ヶ月会っていなかっただけで別人のようになってしまった。
 それはまるで・・・。


「あの人を愛してしまったの?」


 まるでロイドがマリーベルを愛し、その色に染められてしまったみたいではないか。


「それは違う!あれは命令でやっていたことだ!」

「何よ命令って!公爵である貴方が大人しく命令に従う程あの人は権力を持っているの!?」

「そういう事ではないんだ!とにかく私はリズが心配で、リズに会いに来たんだ!」

「心配?何を心配するの?どうやって私を励ますの?また婚約者に戻れるの?戻れないでしょ?だってロイドは聖女様の婚約者なんだから。」

「だが、私は・・・。」


 ロイドは何も言えなかった。

 会場に来ていたリズを常に気にかけ心配していた。
 あんな形で愛する人と婚約破棄になり、話し合う事もなくロイドはリズの前から去った。


『すまない。王命には逆らえないんだ。』
『すまない。ありがとう。』


 ロイドは王命に素直に従った。
 1年後には結婚の約束までしていたのに。
 だけどリズは王命だからと割り切れることができずに、ずっとロイドを愛し、ロイドを求め、ロイドに会いたかった。

 そしてロイドもマリーベルの婚約者として過ごしながらもリズを想っていた。


「ロイドの変わってしまった姿に胸が張り裂けそうなのに・・・なんでここに来てしまったの?」

 
 例え変わってしまっても、リズはロイドを愛している。


「リズ・・・。」


 涙が再び溢れて手で顔を覆うリズ。


「リズ・・・私はーー」


 ロイドはリズに手を伸ばした。


「そこまでよ。」


 ロイドが振り返るとマリーベルと怒った表情で睨むサラがいた。
 マリーベルはサラが支えるように立っていた。


「何故ここに・・・?もしかして試したのか!」

「試す?ふふ、違うわよ。」


 マリーベルはふふふと笑う。


「私はただ貴方達が周囲に誤解されないように見に来ただけよ。私は会いに行ってもいいとは言ったけど、婚約者以外の女性に触れていいなんて許可を与えた覚えはないわ。」
 

 ロイドはただリズの頭を撫でようとしていただけだったが、それだけでも他人から見たら誤解をされかねない軽率な行動だったと反省した。
 
 だが、会いに行くことを許可したマリーベル本人が、わざわざこんな所にまで来てロイドとリズのやり取りを見ていた。

 何を考えているか分からないマリーベルにロイドは気味の悪さを感じた。


「婚約者でない男女が2人きりでいるのはよくない事だけど、話すぐらいなら大丈夫よ。だって貴方達2人は悲劇の恋人なのだから、話すぐらいなら誰もが許してくれるわよ。」


 マリーベルのいう通り、王命によって引き離されたロイドとリズの2人が人気の無い場所で会話をしていたとしても、2人に同情的な人が多いので騒がれることはないだろう。
 会話だけならば・・・。


「案の定見に来て正解だったわ。会話だけじゃなくて愛を育もうとしてたなんて。」

「違います!私はただリズの頭を撫でようとしていただけです!その様な軽率な行動を取ってしまった事は悪かったと思いますが・・・・・けれど、それとこれとは別だ!私とリズの会話を覗き見ていたなんて悪趣味だ!貴女は何を考えている?俺の後をずっと付けて来たのか?」

「ふふ、確かに悪趣味だったわね。付けて来た訳じゃないわ。別室で少し休んだ後に、給仕の方にロイドをどこで見かけたのか数人の人に聞いたら、庭の方に走って行く姿を見たって聞いたの。貴方って目立つのね。」

「・・・何が目的なんだ!私にリズと会う許可を出した貴女が会話を覗き見するなんて!」

「ふふ。」


 いつものように微笑むマリーベルはどこか挑発する様に笑い、そんなマリーベルから守るようにロイドはリズの前に立つ。


「貴方達の会話を覗き見ていたことは謝るわ。でも気になるじゃない?ロイドやお義母様をはじめ、元使用人や領民までもがリズさんのことばかり言うのよ?どんなに素晴らしい人なのか期待してたんだけど・・・。」


 マリーベルはチラリとリズに視線を向ける。


「ロイドが変わっただの変わってないだの、愛だのなんだのってガッカリだわ。普通の女の子じゃない。」


 マリーベルの言葉にリズは傷付いた表情をした。
 ロイドはマリーベルをキッ!と睨んだ。


「リズを侮辱するのは止めろ!リズになんの恨みがあるんだ!」

「へぇー・・・この程度で侮辱に入るのね。ロイドが私に言った言葉の方が私には何十倍も侮辱の言葉だと思うのだけれど、良かったわねリズさん。その程度の言葉で庇ってもらえて羨ましいわ。」


 ロイドはマリーベルのその言葉に唇を噛んだ。


「もう、止めてください・・・私達のことにリズを巻き込まないでくださいッ!」


 ロイドはマリーベルがリズに思う事があることを知っていた。
 そして今のマリーベルからリズに対して敵意があるのを感じとった。

 マリーベルのリズに対する敵意は全部自分がきっかけだと分かっているロイドは、婚約者と元婚約者の間で板挟みになっているような居心地の悪さを感じた。


「はいはい、今のは私が悪かったわね。八つ当たりしてごめんなさいねリズさん。」


 冷たい態度から一変、今度は素直に謝るマリーベルにリズはキョトンとしてしまう。


「い、いえ。」

「本当は貴方達の会話に乱入する気はなかったの。本当よ?ただ遠くから様子を伺ってから部屋にもどるつもりだったのよ。まるで私に見張られているように思ったと思うけど、私の立場もあるのよ。分かってくれるかしら?」

「はい・・・。」


 リズはよく分からないがとりあえず返事をする。

 リズが辛うじて分かったことは、マリーベルから許可が下りたからロイドが会いに来たのだが、マリーベルはリズがどんな人物か知りたくてリズとロイドの会話を覗き見ていた?
 と、リズは考えたのだが、なんだかスッキリしないしモヤモヤした。
 まるで目の前の美しい人に手の上で転がされているような・・・。

 マリーベルはいつもの微笑みを浮かべている。


「私部屋に戻るわ。邪魔しちゃってごめんなさい。続きをどうぞ。もちろん頭だろうが触ったらダメよ、流石の私も庇えないから。そうだわ最後に・・・。」


 マリーベルはリズに向かってニッコリと笑った。


「最後にリズさんが喜ぶことを言ってあげる。」


 何を言われるのだろうかとリズは身体に力が入った。


「私とロイド見た通り愛し合ってないの。これで少しは元気になったかしら?じゃあねリズさん。」


 マリーベルはサラに支えられながら別室に戻ろうとリズとロイドに背を向けた。


「待ってくださいっ!」


 リズの言葉にマリーベルはピタリと止まり、それに合わせてサラも止まる。


「お願いです!愛していないならロイドを私に返してください!私、ロイドがいないと生きていけないんです!お願いします!私にロイドを返してください!」


 リズからの言葉に場は静まり返った。


「はい?」


 笑った顔のまま振り返るマリーベル。
 だがマリーベルがとても怒っていることにロイドとサラは気付いた。


「お願いします!ロイドを返して!」

「アナタ何言ってるんですか!正気ですかッ!?」


 サラは顔を真っ赤にして怒った。


「リズ何を!?」


 ロイドも唖然とする。

 リズがマリーベルにお願いをしたくなる気持ちも解らなくないが、この2ヶ月のハーレン邸での出来事を思うと、サラとロイドには無神経にもその様なお願いをすべきではないと、サラは怒り、ロイドはあたふたとした。


「ねぇ、ロイド。」


 マリーベルはいつもの上辺だけの聖女の微笑から、背中がゾッとするような美しくも冷たい絶対零度の笑みを浮かべた。


「貴方の元恋人、泣かせていいかしら?」



 
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