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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
5-3.
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マリーベルとロイドは馬車でとある場所に向かっていた。
「なんでロイドまで付いてくるのかしら?」
「聖女様はルーベンスについて余り知らないでしょう?それに今のルーベンスは危険です。だから私がお供します。」
「それはとても助かりますけど、ロイドは学生でしょ?私に付いてきてもいいのかしら?」
「学園側は私の家の事情を理解しているので大丈夫です。」
「あら、そうなの。私としてはロイドの成績が悪くて将来宰相になれないなんてことにならなければいいのだけれど。」
「・・・余計なお世話です。」
ムッとしてマリーベルを軽く睨むロイド。
「ふふ、でも付いてきてくれてとても頼もしいわ。私は常に王妃様としか外に出た事がなかったし正直不安だったの。」
「常に王妃様とですか?」
「そうよ、そしてなんでも王妃様の言いなりで王妃様の行きたい場所に行って王妃様が命令した事を全てやったわ。あれはボランティアというよりかアピールだったけどね。」
王妃は聖女としてのマリーベルの有能さを見せ付けるように、ハイロゼッタの各地をマリーベルと共に周った。
聖女としての活動をさせる事で第二王子の婚約者としてのマリーベルの名声を高める目的が王妃にはあったからだ。
「私は王妃様の言う事に全て従っていたから自分から進んで人を助けた事なんてなかったの。だからギルフォード様の婚約者じゃなくなった今、自ら進んでルーベンスの皆を助けたい。」
人形の様に常に微笑む聖女マリーベルは王妃にとっての完璧な人形であり、常に王妃の美しい人形であろうとマリーベルの意思はそこにはなかった。
「お金を出すにしても、実際に被害状況を目で見て何が必要かを知る必要があるでしょ?だから直接この目で領地の様子を見に行くの。」
だが今のマリーベルは王妃の人形ではない。
「私は自分の居場所を得る事ができてとても嬉しいわ。ロイドを脅した形でルーベンスを私の物にしたとしてもね。」
ハーレン家での生活は最低なスタートを切り、結果的に食べ物を受け付けない身体になったが、ロイドの弱味を握る事でハーレン家を自分の物にしたマリーベル。
以前より痩せて屋敷に来た当初の元気はないが、ルーベンスをこれから自分の手で作り替えていける事にマリーベルはワクワクしていた。
「聖女様がルーベンスの領民を思ってくださることは分かりましたが、どのように資金を集めるつもりで?正直姫のように王宮で扱われていたとしても聖女様にルーベンスを助けられる程の十分な蓄えがあると思いませんし、多額の資金が集められると思えないのですが・・・。」
「聖女になると多額のお金がもらえるのは知っているわよね?」
「知っていますが確か半年に一回、屋敷を買える程の金額が国から支払われているだとか。聖女という立場なら当然かと。」
「半分は正解よ。これは国の上層部でも一部にしか知らされてない事だけど、聖女になると半年に一回、村一つ分の土地が買える程のお金が国から支払われるの。」
「村一つ分の土地だってッ!!?」
マリーベルの言葉に衝撃を受けたロイドは声を荒げてマリーベルに詰め寄りそうになる。
「ロイド、声が大きいわ。本来この話は貴方が宰相になれたら聞く事ができる話よ、周囲に知られていい話じゃないわ。」
ロイドは自身を落ち着かせる為に深呼吸をして再びマリーベルを見る。
「聖女にそれ程に金を使うなんてどうにかしている!しかも村一つ分!聖女5人に今まで支払った額を合わせたらとんでもない額になるじゃないか!」
「そうよ。だからロイドが思っている以上に私には蓄えがあるの。」
驚愕の表情のロイドをみてマリーベルは楽しそうに微笑む。
「私はずっと王宮で豪華な食事を食べて過ごしながら王妃様が個人的になんでも買ってくれたの。だから聖女になってから貰ったお金はほとんど手を付けていないわ。それにギルフォード様からの慰謝料に生活費もあるからルーベンスの半分の領民をしばらくは助ける事ができるのよ。」
「貴女に蓄えがある事は分かりましたが、ですがこの事を国民が知れば・・・。」
「もちろん批判の声が上がるわね。貧しい国民もいる中でこれ程までのお金を聖女が貰えるなんて知ったら聖女信仰なんて一気に無くなって、私達聖女は魔女狩りにあうでしょう。だから聖女になった女の子は例え親だとしても国からいくら支払われているかなんて教えないのよ。」
「それなのに何故俺に教えてくれたのですか?」
「私の蓄えについて知りたがったのはロイドでしょう?それに婚約者で将来の妻である私は貴方の弱味。私の物の一つのロイドに私の弱味を教えたのよ、信頼の意味も込めて。」
「信頼なんてご冗談を・・・私が周囲にその事をバラしたら貴女の婚約者である私もタダでは済まされないじゃないか。」
「ふふ、そうよ。」
ロイドは天使の笑みで悪魔のようなマリーベルに頭を抱えた。
「何故国はそこまで聖女に金をかけるのですか?聖女信仰にしても度が過ぎている・・・。」
「貴方って質問ばかりねロイド。少しは自分で考えたらどうなの?」
ロイドは顔をしかめた。
元執事のヴァントから始まりマリーベルなど自分の周囲の人間は隠し事やら秘め事などが多く、当主になって日々忙しい自分を置いてどんどん事が進んでいく、優等生のロイドでも頭がパンク寸前だ。
「ロイドに氷の貴公子なんてあだ名をつけたのは一体誰かしらね。」
「・・・・・。」
「そんな怖い顔で私を睨まないでくれるかしら?」
「そんなつもりは・・・。」
「仕方ないわね教えてあげるわ。ロイドも聞いたことあるでしょ?聖女になれる条件。」
ロイドはハッと顔を上げた。
「戦争?」
「そうよ。表向きには特に国民に知らされていないけど、私達聖女の戦争参加は強制的なのよ。表向きには志願としてね。」
柔かに言うマリーベルにロイドは眉をひそめた。
「多額のお金が支払われる代わりに戦争に強制的に駆り出されるの。王妃様によれば王妃になった聖女は戦争でも安全な場所で匿われるらしかったんだけど、私はもう王子様の婚約者では無くなったから騎士や兵士に混じって戦争に出る事になるわね。」
「貴女も戦争に・・・?」
ハイロゼッタでは神の如き力が無くても魔力量が多く戦争時に大いに役に立つと認められれば聖女として認められる。
「そういってるじゃない。私が戦争で死んでくれるかもしれないのに嬉しくないの?」
「何言っているんですか!嬉しくありません!」
「あら、意外な反応。」
ロイドはキッとマリーベルを睨んだ。
「私達聖女は強制的に戦争に出されて敵と戦ったり味方を回復させたり、時には平民から兵を募集する為のプロパガンダに利用させられるわ。そして私達は死後の方がその存在を崇められる。」
ロイドはふと10年くらい前に父と母に手を引かれ教会に訪れた日の事を思い出した。
十字架の下に7つの聖母像が飾られていて、その前に神父が晴れやかな声を上げて皆の前で言っている姿を。
『7人の聖女様の犠牲の力により私達は北の脅威から救われたのです!7人の聖女様を讃えましょう!7人の聖女様の魂が再び私達をお救いするでしょう!みなで祈りを捧げましょう!捧げるのです!』
神父の言葉に教会の信者達は涙を流しながら祈りを捧げていた。
子どもながらにその神父の発言に反吐が出そうになったロイドはそれ以降教会に行きたがらなかった。
それから10年ロイドは聖女を特に信仰する事もなく聖女についてもあまり深く考える事はなかった。
ロイドは聖女信仰の闇を見た気がした。
「戦争に駆り出されるかもしれないのに貴女は何故冷静なんだ?貴女はそれでいいのか?」
「仕方ないわよ。王妃様が欲しかったのは聖女の私だったんだもの。今更どうしようもないわ。」
「・・・・・。」
ロイドは言葉を失った。
「ハイロゼッタは戦争で使えるもっと沢山の魔力量の多い女の子を大々的に集めたかったけど、そんな事をしたら非人道的だと国に批判が集まるでしょ?聖女を選ばれた数人しかなれない尊い立場にして国民の目を欺きながら魔力の多い女の子を集めているの。」
10年前の戦争で10人いたうちの7人もの聖女は戦死し、その7人の活躍は美化されハイロゼッタの国民達によって歴代の聖女の話と共に語られている。
「そして多額のお金を渡して戦争になったら多いに働かされて死んだらその魂は奉られて利用されるのよ。ハイロゼッタの聖女信仰はよくできていると思わない?」
「・・・聖女は辞められないのですか?聖女に国から支払われるお金にほとんど手を付けていないなら、そのお金を返せばいいのでは?」
「私は他の聖女4人と違って絵に描いたような聖女らしい活動を王妃様の命令でやっていたのよ?それに天使とか妖精とか言われている顔の私が今更聖女を辞めるなんて聖女を信仰している人達は許さないと思うわ。」
聖女は戦争さえ出てくれれば基本フリーランスで好きにすればいい事になっている。
だから聖女の中にはずっと家にこもって本を読んでいる者や教会で静かにシスターとして暮らしている者、お金も貰って護衛やヒーラーをする者がいたりと基本自由だ。
そして他の聖女が聖女らしく人助けなどの活躍をしたとしても、見た目が絵に描いたような聖女のマリーベルの評判が上を行ってしまうので、他の聖女の活躍は余り広まらないのであった。
「だからね、これは私の希望なんだけど・・・。」
マリーベルは微笑みを消して真正面から真剣にロイドを見つめた。
「ロイドが宰相になったら聖女という肩書きがこの国から消えて無くなるようにして欲しいの。女の子が聖女なんかに憧れて、戦争に駆り出されないようにして欲しいのよ。」
まさかのマリーベルの言葉にロイドは目を丸くした。
「もちろん無理だろうけどね・・・。」
マリーベルはにっこりと微笑んだ。
ロイドは何故だか悲しい気持ちになった。
「旦那様キシロブ村に到着しましたが先日盗賊団に襲われてからどうも村中がピリついてますので気をつけてください。聖女様は俺から絶対に離れないようにしてください。」
マリーベルとロイドが話しているうちにあっという間に目的の村についた。
「私の資金の集め方についてはまた馬車に戻ったら教えるわね。」
「あぁ・・・。」
ロイドはなんだかとても疲れた気がしてため息をついた。
今回護衛として付いて来たのは騎士団長のダンと副団長のニールの腕の立つ2人だ。
ロイドは先程の話の悲しい余韻が抜け切れぬまま、先に馬車を降りてマリーベルに手を差し出した。
マリーベルはロイドの差し出したその手を取りゆっくりと馬車から降りた。
ボロボロでほぼ壊れて意味のない柵に囲まれた村の入り口に立つマリーベルとロイドと騎士2人。
村の入り口から漂う不穏な雰囲気に4人は警戒しながら村に入って行くのであった。
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