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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
3-4.
しおりを挟むバクバクゴグゴグ。
緑色に変色して腐ったステーキを豪快に口に頬張るマリーベル。
酷く変な味と悪臭のする肉を吐き出したい衝動にかられたけど頑張って噛んで飲み込み、腐って濁った色の臭いのスープもドロっとした感触と悪臭が口いっぱいに広がるがこれも頑張って飲んだ。
そして完食は流石に無理だった。
ステーキとスープ半分づつしか食べる事が出来なかった。
「失礼、しま・・・したっ!」
空腹に腐った食事は思った以上に気分が悪くなり、たちまち直ぐに吐き出したい衝動に駆られた。
マリーベルは直ぐ様席を立ち上がり、胃がむせ上がる強烈な衝動を気力で抑えて直ぐに食堂から立ち去ろうとした。
「待てっ!」
だけどロイドがマリーベルの腕を掴んで引き留めた。
マリーベルの一連の行動はロイドを侮辱する言葉から始まり、食べる姿は無礼にもマナーなど関係無いように豪快に見せ付け挑発しているようだった。
ロイドは無礼な言動のマリーベルに腹立たしさを感じた。
「なんだ今のは!?無礼じゃないか!私達が君に何をした!悪いのは君だろ!」
「・・・・・。」
「こっちを向け!」
ロイドは掴んでいたマリーベルの腕を無理矢理引っ張り上げ、マリーベルの顔を自分の方に向けさせた。
「お前・・・。」
マリーベルの顔色がロイドが心配になる程悪かった。
ロイドが顔色が悪い理由をマリーベルに問おうとした時。
マリーベルは堪え切れなくなり、ロイドに掴まれてない方の手で口を押さえたが、食堂の床に食べた物を勢いよく吐き出した。
「「「キャァ!!?」」」
その場で見ていたメイド達から悲鳴が上がる。
まさかマリーベルが吐き出すとは思わなかったロイドとマーガレットは目を丸くした。
マリーベルは食べた分は全て吐いたと思うのに、それでも押し寄せる嘔吐感に全身の水分が口から出て行くかのようにその場に何度も吐いた。
涙や鼻水を出しながら吐き続けていると頭がクラクラしていくのを感じた。
そしてマリーベルの吐き方が異常な事を気付いたロイドは混乱しながらもマリーベルの背中を必死に撫でた。
「おい!大丈夫か!?早く医者を呼んでくれ!」
数分後、全てを吐き切って吐くのが止まったマリーベルは倒れた。
倒れた直後に医者は屋敷に到着してマリーベルは自室に運ばれた。
唖然としているロイドとマーガレット。
そして使用人達も唖然としていたが、直ぐ様マリーベルが吐いた場所を掃除しようと動き出した。
「それにも料理にも触るな!もしかして毒が入ってるかもしれない!」
マリーベルの尋常じゃない吐き方から毒が入っていると思ったロイドは片付けようとする使用人達を止めた。
そしてその場にいる使用人達全員がマリーベルに出された料理が腐っていた事を知っていた。
だからまさかマリーベルが腐った料理を食べるなんて思わなかった。
使用人達のシナリオではマリーベルが夕食に手を付けず席を立った事に主人達が怒りマリーベルの立場をさらに悪くしたかっただけなのだ。
だから食べさせようなんて思っていなかった。
「(何故あの女は食べたんだ!?まずい事になった!)」
執事は調子に乗ってやり過ぎたと思った。あの聖女を侮り過ぎたと。
これを機に正義感が強く真面目な主人が聖女に対してしていた数々の嫌がらせを知ったら信用を失うかもしれないと執事は焦った。
「(この場を穏便に終わらせていつも通り聖女が悪いという状況を作らなければっ!)」
執事は打開策を必死に考えていた。
「王宮から憲兵を呼んでくれ!憲兵が来るまで全員それと料理には触るな!」
「(事態が、大事になっていくっ!)」
ロイドの憲兵という言葉に使用人達全員が動揺した。
もし憲兵に聖女にしていた仕打ちを知られたらロイドに知られた時よりもマズイ事になる。
最悪な場合、聖女迫害罪で牢に入れられてしまう。
若いメイド達は顔を真っ青にして震え出し分かりやすく動揺していた。
「何故早く憲兵を呼びに行かない?殿下が目を掛けている聖女に毒を盛られたんだぞ!この中に犯人がいたらギルフォード殿下の側近として許し難いことだ!」
使用人達は殿下というワードに更に動揺した。
使用人達は聖女が第二王子に婚約破棄されたにも関わらず未だに第二王子に目を掛けられているという情報を知っていたのに、聖女を屋敷から追い出そうと嫌がらせに躍起になり深く考えなかったせいで、今自分達が置かれている事の重大さを今更理解した。
聖女マリーベルがロイドに対して責任と罪悪感を感じている事を察していた使用人達は、嫌がらせを受け入れて反抗しないマリーベルに対して調子に乗っていた。
聖女と呼ばれるが如く優しい聖女のマリーベルは何をやってもただ微笑むだけで自分達に害はなかった。
だが第二王子ギルフォードは違う。
憲兵から必ずギルフォードに報告が行くのだ。
ギルフォードは1番信頼している側近のロイドに、愛する人と婚約解消させて自分の元婚約者と婚約させたぶっ飛んだ考えの王子。
これが1番信頼している側近への仕打ちなのかと常人には理解できない思考だ。
そんな第二王子なら簡単に使用人達の首を刎ねるなんて造作もないだろう。
「どうした?何故皆そんな顔をする?」
憲兵を誰も呼びに行く事なく、不安の色を浮かべる使用人達に気付きロイドは怪しさを感じた。
「何か知っているのか?」
ロイドの問いに使用人達は何も答えない。
「もういい、私が直接王宮から憲兵を呼んでくる。」
「わたくしも行くわ!」
痺れを切らしたロイドは自ら憲兵を呼びに食堂から出て行こうとした。
ロイドの後ろを小走りでマーガレットが付いて行った。
「お待ちくださいっ!」
「何だヴァント?」
執事は必死の形相でロイドを引き留めた。
ロイドは先程から煮え切らない態度の使用人達に不信感を示しながら振り向く。
「毒では、ない、かと・・・・・。」
気まづそうに答える執事にロイドは眉をしかめた。
「何故わかる?あの吐き方は尋常ではなかったが?」
「それは・・・。」
言いにくそうに口をモゴモゴとする執事に苛立ちを覚えたロイド。
執事も使用人達も何かを隠している様子で挙動不審で落ち着きがなかった。
使用人達の様子に疑問に思ったロイドはマリーベルが食べ残した料理に近づいた。
そしてその料理の見た目の異変に気付き、さらに料理に顔を近付け匂いを嗅ぐと顔をしかめた。
「ステーキもスープも腐っているではないか!どういう事だ!?」
ステーキはソースがかかりパッと見分かりにくいが肉は緑に変色しその臭いは酷く、濁ったスープも同様に酷かった。
自分達が先程食べていた料理はいつも通りシェフが作った美味しいステーキとスープなのに、聖女の食事にだけ腐った料理が出されていた。
何故、この食堂で聖女の食事だけが・・・。
「旦那様お聞きください!あの男が聖女様を害そうとこの様な酷い事を1人でしたのです!」
執事は男の使用人を指差した。
その指差した男1人に罪をなすりつけ犯人に仕立てようと考えたのだ。
その男の使用人はマリーベルの席にあの料理を置いた者だった。
「はぁ!?アンタが俺に聖女の前に置けって言ったんだろ!」
「嘘をつくな!お前のようなクズな輩は憲兵に引き渡してやる!」
「人に罪をなすりつけるんじゃねぇ!聖女を追い出そうと言い出したのはアンタじゃねぇか!」
「黙れ!犯罪者がっ!」
執事が男の使用人に掴み掛かろうとした瞬間、執事の足が氷に覆われその場に固定され動けなくなった。
「ヴァント、お前が黙るんだ。」
ロイドは静かに怒っていた。
執事の足を固定させた氷はロイドの得意とする氷魔法だった。
「旦那様!何故この様な事を!?」
「お前は誰よりも先に言っただろ、毒ではないと。」
冷たい視線が執事を射抜く。
「ヴァント、お前は私が聖女が食べた物を確認する前から毒ではないと知っていた。お前は私のように料理を近くで確認する事なくその様な言葉を言ったんだ。最初から料理が腐っていたと知っていたからな。」
「ッ・・・!!」
執事は焦りの余り失言をしてしまったと悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「でもヴァントだけではない。ここにいる使用人全員が共犯者だ。私が憲兵を呼ぶように言った時に使用人全員が私の指示を誰も聞かずその場に留まった。憲兵にバレたら困るからな。お前達はわざと聖女の前にあの料理を置いたんだ。」
ロイドの言葉に使用人達は気まずそうに視線を逸らす。
そして侍女頭とメイド長はロイドから失望の色を感じ顔を青ざめた。
「何故だ?いくら聖女を嫌っていたからとこれはやり過ぎだ。この件について皆で話し合う必要がある。」
「(もしや旦那様は、今回の件だけだと思っている?)」
執事はロイドの言葉から弁明の余地があると感じた。
聖女へのイジメともいえる嫌がらせは今回がはじめてだとロイドが思っている事を長年のロイドを見てきた執事には分かり、ロイドに見えぬようにニヤリと笑った。
「申し訳ありません旦那様!実は聖女様のわがままに耐えきれずーー」
「バッカみたい!」
執事の声を遮るようにニコラが声を上げた。
食堂にいる全員の視線がニコラに集まる。
「おい貴様っ!」
執事は言葉を遮られキレているが、執事の足は未だに氷魔法で固定されているので飛びかかれる心配もない、だからニコラは全く怖くないという顔で堂々と不機嫌そうにロイドとマーガレットを見据えた。
「そもそも聖女様にあの腐った料理を食べるように催促したのは旦那様と大奥様じゃない!」
「私はそんな物食べろと言った覚えは・・・。」
ロイドの頭によぎったのは腐った料理を前に固まるマリーベルに対して料理に中々手を付けない事を責めている先程の自分の姿だった。
マリーベルは食べないのではなく食べれなかったのに。
「私は彼女にアレを食べるように強要したのか?」
「なんであの子は言わなかったの?言ってくれればわたくし達だって・・・。」
マリーベルが料理が腐っている事を教えてくれれば、食べない事を責めて催促して強要するような事はしなかったのにとマリーベルに対してマーガレットが疑問に思った。
「知りませんよ。貴方達が指示したと思ったんじゃないですか?目の前でこんな料理出されて食べない事を責められたらグルだと思われても仕方ないけど。」
「そんな・・・。」
マーガレットは額に手を当てて狼狽えた。
「そもそもなんでソイツの言う事全部聞いて鵜呑みにするわけぇ?あのやり取りみても最悪な奴ってわかるじゃない!」
「なんだと!」
ニコラは執事を指差した。
部下である男の使用人に罪をなすりつけようとした執事の行動は誰がみても最悪だった。
そんな最悪な人間の言う事をいつでも信じて聞いてきたロイド。
「だってヴァントは・・・。」
ロイドにとって小さい頃から自分の面倒を見てくれた執事は、第二の父と呼べる程信頼し尊敬していた。
だから執事が自分が思っているような素晴らしい人間ではないかもしれないという事実を、ロイドは受け入れられないでいた。
目の前にある真実を見ないロイドにニコラはイラついてきた。
「あーもー!こんな所辞めてやるっ!」
ニコラは着けていたエプロンをバシッと床に叩きつけた。
「そんで外に出て大きな声で聖女マリーベル様がこの屋敷でされた様々な出来事を言いふらしてやるっ!」
「やめなさいニコラ!」「やめてニコラ!」
「安心して!ただの平民の小娘が言った事なんて戯言だと思われますから!ただ、私の故郷の町では貧乏大家族で有名な長女の私が公爵家のハーレン家で働いている事を皆が知ってるんで、故郷の町の人達は私の戯言だとしても一気に広めちゃいますけどね!田舎あるあるです!」
「やめろ小娘!」「やめろ!」
「皆で一緒に聖女迫害の罪で投獄されましょう!一蓮托生!」
清々しい笑顔のニコラと必死の形相の執事・侍女頭・メイド長に他の使用人達。
そんな使用人達全員が必死でニコラを止めようとする姿はロイドとマーガレットの目に異様に映った。
『ふふ、ロイド・ハーレン貴方は最低よ。この屋敷にいる誰よりも。』
マリーベルに言われたあの言葉がロイドの頭に浮かんだ。
あの言葉はまるで、今回の件だけではなく今までの事全てに対して最大の皮肉を言っていた様に感じた。
この屋敷にいる誰よりも。
腐った料理を出した使用人達よりもロイドは酷い奴だとマリーベルに言われた事をロイドはたった今気付いた。
執事の言動に挙動不審な使用人達、ニコラの言っていた事。
これら様々なヒントと目の前にある真実を受け入れてロイドはやっと一つの答えを導き出した。
「聖女は嘘を言っていなかった?」
『わたくし、そんな事言ってませんわ。』
『わたくしは貴方達がいなかった2日間何も食べてないしずっと部屋で大人しく過ごしてました。』
「聖女が言っていた事が本当なら今回の件だけではなく、これ程までの酷い仕打ちを聖女はお前達から常に受けていた事になる。」
ロイドがそう言った瞬間食堂全体が凍りついた。
そして部屋が凍りついた事に外に出て行こうとしたニコラとニコラを止めようと騒いでいた使用人達の動きがピタリと止まった。
「大広間に屋敷の者全員集めろ。1人でも欠けたら憲兵を呼んで調査してもらう。」
氷の貴公子と呼ばれるに相応しい絶対零度の瞳で射抜かれ使用人達はごくりと唾を飲み込んだ。
「今から1人ずつ私の部屋に来い。全て聞かせてもらう。この屋敷での聖女に関する事全てだ。」
あれから1週間が経った。
「聖女様、病み上がりで何も食べてないからお腹が空いたでしょう?スープをお持ちしました。」
「ありがとうサラ。」
「私が食べさせて差し上げますね。」
サラがスプーンですくったスープをマリーベルの口に運ぼうと口に近づけた時。
マリーベルの脳内にあの腐った味と臭いがフラッシュバックした。
「聖女様!!?」
マリーベルはベッドの上で吐いた。
マリーベルの身体は食べ物を受け付けなくなっていた。
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