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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
3-2.
しおりを挟む今日の夕食はロイドとマーガレットも揃って3人で夕食を食べていた。
いつもの様に会話はなく淡々と目の前の料理を食べていたのだが、この日は違った。
「ヴァントから貴女が朝食に一切手を付けないと聞いている。」
ロイドの爆弾発言にマリーベルの手が止まる。
「聖女様が王宮の料理のような豪華な食事をご所望している事は分かりますが、貴女はもう王宮に住んでいる訳ではありません。ハーレン家のシェフが貴女の為に一生懸命作った料理です。朝もちゃんと食べてください。」
「・・・・・。」
マリーベルは無言で微笑んだまま凄く怒っていた。
「(アレを食べろと?)」
ロイドは知ってか知らずか無神経にもあの腐った朝食を食べろとマリーベルに言ったのだ。
ロイドはマリーベルへの嫌がらせを指示しているかもしれないと疑われていて、あの腐った朝食を知っていてあえて食べろと言っているのだとしたら許せないと感じた。
だがもしかしたら、ロイドは何も知らないかもしれないと思うと怒ることもできずマリーベルはグッと怒りを抑えて微笑みをキープした。
「公爵様は分かって言ってらっしゃるのかしら?」
それでもマリーベルはあえて聞いてしまった。
それ程ムカついたロイドの爆弾発言だったから。
「何が?貴女が嫌なら食事の度に外食に行かせるのも別にいいと考えていたが、この屋敷に住んでいる限り我が屋敷のシェフの料理を食べていただきます。」
何が彼をそうさせたのか、マリーベルの意見は聞かないと言わんばかりに意思の強い目でマリーベルを見るロイド。
「シェフが私達の為に限られた食材で考えて作ってくれた料理なんです。少しは努力して食べたらどうですか?」
「努力?」
ロイドの無神経な言葉に怒りを募らせるマリーベル。
「私達の居ない所でシェフの料理をみすぼらしくて食べたくないと言っていたそうですが、その調子でいるといつまでも使用人達と馴染むことは出来ませんよ。」
「・・・・・。」
マリーベルはその怒りが沸点に到達しそうだった。
その現場を見ていないのに執事の言葉を完全に鵜呑みにしてマリーベルが悪いと決めつけているロイド。
マリーベルは自分の良心がこれ程邪魔だと思った事はなかった。
ロイドが自分のせいで愛する人と別れさせられた可哀想な人という認識がなければ、得意の風の魔法でロイドの銀のサラサラヘアーをスキンヘッドにしてやったのにとマリーベルは心の中で悔しがった。
なんで私には人並みに良心が有るのだろうかと、やりたい放題な元婚約者ギルフォードを思い出し羨ましいと思った。
そして陰湿な嫌がらせばかりしてくる使用人達となんかと馴染みたくもないと、思いながら表面上は微笑みをキープしていたマリーベルだったが、食器を握ぎる両手はとても正直で血管が浮き出る程に強く握られていた。
「わたくしが、みすぼらしくて食べたくないと仰ったと?」
「ヴァントからそう聞いている。」
「わたくし、そんな事言ってませんわ。」
「どうでもいい。とにかくわがままを言って使用人達を困らせないでくれ。」
「わがまま?」
私がいつわがままを言った。
そして執事の言った事を信じ、どうでもいいと一刀両断したロイド。
マリーベルは笑みが剥がれて真顔になりそうだった。
風の魔法以外でも氷の魔法も使って大暴れしたい気分だった。
「そうですよ聖女様。リズさんに代わって1年後にはロイドの奥様となるのよ?わがままを言うのは止めなさい。」
そしてとどめをマーガレットに刺されるマリーベル。
「・・・・・・・・・・。」
マリーベルが悪いと思っている2人に何を言っても無駄だろうと、マリーベルは黙る事にした。
そして再びロイドとマーガレットが食事の続きをするとしばらくしてマリーベルもゆっくりと食事の続きをし始めた。
食堂の雰囲気は重く最悪だった。
先程から3人のピリついてる様子を壁際に立ちながら見ている使用人達は愉快そうにニヤついていた。
2人に責められているマリーベルの姿が愉快で仕方ないという感じで主人達に見えないように笑っていた。
ただ1人ニコラだけは眉をひそめながらその光景を見ていた。
「(胸糞悪い職場。)」
ニコラは他の領地からの出稼ぎでやって来たハーレン家に勤めてまだ1ヶ月しか経っていない新人だ。
1ヶ月しか経ってないのでロイドとマーガレットへの忠誠心は特になく、使用人達から旦那様は聖女のせいで愛する人と婚約白紙にさせられて可哀想だと聞かされても何も感じなかった。
ニコラがこの屋敷に勤めた理由はメイド募集の新聞広告の中で1番お給料が良かったからという理由だけだった。
募集広告には屋敷の仕事以外にも領地復興の手伝いもありとても過酷だと書かれていたが、貧しい平民の実家にいるたくさんの弟妹達にまともな生活をさせる為にハーレン家で働く事にしたのだった。
そして聖女が婚約者として屋敷に来るという知らせを聞くと屋敷の雰囲気は一気に悪くなり、使用人達は会ったこともない聖女マリーベルの悪口で連日盛り上がった。
悪い聖女は旦那様を手に入れるために第二王子を使って婚約者になったという噂や聖女が来たら屋敷を乗っ取られて大変な事になるという噂が使用人達の間で広がると皆不安がった。
そして実際に婚約者として屋敷に来た美しい聖女はただ微笑みながら大人しく過ごしているだけだったのでニコラは拍子抜けした。
だが使用人達は聖女を追い出そうと陰湿な嫌がらせに躍起になった。
聖女に対して行われる同僚達の嫌がらせに反吐が出そうだった。
そして先輩の命令には逆らえず、ガラスの破片を仕込むなどの嫌がらせに加担する度にニコラの良心が痛んだ。
嫌だったけど屋敷で働くために仕方なかった。
「(あんなに美しいお祈りができる人が悪い人な訳ないじゃない。)」
ニコラは先程のお祈りをしているマリーベルの姿を思い出す。
悪い聖女ならあの聖母様のような神聖な祈りを捧げる事はできないと思うのだが。
果たしてニコラ以外の使用人達があのお祈りを見たとて、何人がニコラと同じように思ってくれるのだろうか・・・・・。
「(でも。)」
ニコラは目の前の光景を睨む。
「(でもなんで聖女様は嫌がらせの事言わないの?なんで旦那様は執事の言う事を全て鵜呑みにするの?なんで大奥様はこの場で前の婚約者の名前を出すのよ、嫌味にも程がある・・・。)」
3人の食堂での会話を歯痒い気持ちで見ていたニコラ。
聖女に対する嫌がらせは聖女が責任を感じて言わないことを良いことに、使用人達が主人達にバレないように行われているという裏の事情を全て分かっているニコラはヤキモキした。
「(王命だがなんだか知らないけど旦那様の運が悪かっただけでしょ?私はただの平民だからよくわからないけど貴族って愛のない政略結婚がざらなんでしょ?なら、とっとと前の女の事は忘れて超美人の聖女様と乳繰りあってればいいのに未練がましい男。)」
サバサバ系ニコラは容姿端麗なロイドを冷たい目で見ていた。
「(旦那様と大奥様いつまでも被害者ぶってるから使用人達が調子に乗って聖女様に当たるのよ。)」
そもそもロイドがマリーベルをもっと好意的に受け入れる体制を取っていれば、使用人達もここまで陰湿な嫌がらせをしなかったのではないかとニコラは思うのだった。
「ニコラ、コレを。」
メイド長がニコラの側にやってきて小声で小さく紙に包んだ何かを渡して来た。
「お願いしますよ。」
メイド長の言葉にニコラはコクリと頷くと静かに食堂を出た。
メイド長が渡して来た物は何かわかっていた。
針だ。
メイド長はニコラにマリーベルが着る物に針を仕込むように無言で命令した。
ニコラは静かに食堂を出てマリーベルの部屋へ向かった。
マリーベルの部屋に着き小さい紙の包みを開くと針が2本出てきた。
そしてニコラはその針を2本同時に自身の左手の人差し指にブスリと深く刺した。
「いっだァ!」
ニコラの指から滴る血は2本の針に伝い針を赤く染めた。
「幼稚なのよバーカ。」
そして血に染まった針をそのままマリーベルの部屋のゴミ箱に捨てた。
明日辺りにゴミ箱を見たメイド達がマリーベルが針でケガをしたと喜ぶだろう。ニコラの血だとは知らずに。
「皆嫌い!絶対こんな所やめてやるっ!」
ニコラはこの屋敷の全員が嫌いだった。
不幸の連続に悲劇の主人公ぶってる主人達。
主人の為だと大義名分でマリーベルをイジメる使用人達。
そして責任があるからと屋敷皆の悪意を受け入れ謎の献身をみせる聖女様も嫌いだった。
皆バカみたいで大嫌いだ。
針で深く刺した痛みのせいかニコラは涙目になりながら左手にハンカチを巻いて、マリーベルの部屋を走って後にした。
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