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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
3話.最低でお似合い。
しおりを挟む「聖女が朝食を食べない?」
「はい、この1週間一口も朝食に手を付けていません・・・。」
夕食後に自室で仕事をしていたロイドに執事が申し訳なさそうに報告した。
「何故だ?夕食は普通に食べていただろ?」
「旦那様と大奥様の前でしたから無理をして食べているようでして、本当は王宮の料理が恋しく我が屋敷のシェフの料理はみすぼらしくて食べたくないと駄々をこねているようです。」
「では聖女の朝食はこれから出さなくていい。我が領地は災害の影響で食材を無駄にできる状況ではない。シェフの料理が嫌なら外食に行くように聖女に言っておけ。殿下から彼女の生活費はもらっている。」
ロイドはため息をついた。
今日とて忙しい1日を過ごし、決して減ることのない大量の仕事を前に正直マリーベルの事などどうでもよかった。
ギルフォードからマリーベルの為の多額の生活費をもらっているので、領地の復興で逼迫しているハーレン家の金銭事情に影響がなければ、マリーベルの生活費の範囲でマリーベルは好きにすればいいと考えていたからだ。
「それでは旦那様の世間体が悪く見られてしまうので止めた方がいいかと・・・。」
「何故だ?」
「旦那様の婚約者となった聖女様が食事の時間のたび1人で外食を食べていると噂が広まり、噂を聞きつけたギルフォード殿下に旦那様が聖女を邪険に扱っていると思われてしまいます。」
第二王子ギルフォードは婚約者だったマリーベルを捨てた癖に、マリーベルを妹の様に思っているとかなんとかで目を掛けているので、まるでロイドは監視されているかのようなめんどくささを感じた。
マリーベルが幸せに過ごしていないと思われたらギルフォードが何をするか分からない。
愛する人と婚約白紙にされた時よりも厄介な事になりそうだ。
そんな考えが頭に浮かびロイドは不快感を隠さず眉間に皺を寄せた。
「だがシェフの料理を食べたくないのだろう?みすぼらしい料理などと言って。王宮での料理経験のあるシェフを雇うのか?」
「いいえ、旦那様。聖女様はただわがままを言いたいだけなのです。」
執事の考えが分からずロイドは首を傾げる。
「聖女様はただ殿下に捨てられた鬱憤を我々使用人にわがままを言って晴らしているだけだと思います。なので旦那様が聖女様とコミュニケーションを取ることで、少しでも殿下の事を忘れられるようになれば心に余裕もできわがままを言わなくなるのではないでしょうか。」
執事の言葉にロイドの顔が引き攣った。
大切にするとマリーベルに言ったが、愛するリズと別れた傷がまだ癒えてないのに新しく婚約者になった聖女とのコミュニケーションなんて今のロイドには無理だ。
しかもマリーベルは自分のいない所で我が屋敷の料理を悪く言い王宮の豪華な料理が食べたいとわがままを言って使用人達を困らせているようだ。
ロイドの中で聖女マリーベルは既に王宮でわがままに育てられた厄介な聖女という悪いイメージが付いている為、あまり関わりたくなかった。
「旦那様は朝早くから学園に通われている為朝食時に聖女様と会うのは無理です。ですから夕食時に些細な会話をすることから始めてみてはどうでしょうか?」
「それで彼女のわがままが収まるとは思えないのだが・・・。」
「やってみないことには始まりませんよ。私共は聖女様が喜んで食べていただけるような料理をシェフと考えますので。」
「すまないヴァント。彼女には私からもシェフの料理を食べてもらうように言ってみる。」
「はい。」
「彼女がもし度を越すわがままで使用人達にケガを負わせる様なことがあった場合には、彼女を別邸へ住まわせる事を検討しなければならない・・・殿下から何を言われるかわからないが。」
「その様な事にならなければいいのですがね。聖女様が快適に過ごせる様に努力させて頂きます。」
本邸から追い出され別邸に入れられてしまうと、厄介払いのような扱いでハーレン家に関わることは最低限となってしまう。
マリーベルがそうなってはあまりにも可哀想だと思うが、長年信頼して尽くして来た使用人達を傷付けられるぐらいなら、ギルフォードに何を言われようがマリーベルを別宅で囲ってハーレン家の者達と関わらないようにしようとロイドは思っていた。
「ヴァントいつもありがとう。」
「私は執事としてハーレン家のために力を尽くすのは当然です。」
執事は頭を下げるとロイドに見えない様にほくそ笑んだ。
ルーベンス領の空を晴れやかな青空が広がり、窓から正午の暖かな日差しが差し込みマリーベルの部屋を照らした。
「流石に連日も続くとキツイわ。」
マリーベルはベッドにうつ伏せになって唸っていた。
マリーベルが王宮から追い出された日から1週間が経った。
この1週間使用人達の嫌がらせによりマリーベルの精神はゴリゴリと削られていた。
屋敷を案内された時と庭を散歩していた時にわざと足を引っ掛けられて転ばされたり、ワザとぶつかって突き飛ばされるような事を何度もされたのでマリーベルは部屋に籠るようになった。
部屋のドア越しに聞こえるように陰口を叩かれるのは当たり前だった。
夕食から部屋に戻って来るとドレスや寝巻きに針を仕込まれ針に体を刺されて小さなケガをしたり、酷い時にはドアを開けた瞬間にガラスの破片が頭上から降ってきて頬にケガをする事もあった。
私物が壊され盗まれる事も当たり前のようになり、嫌がらせはこの1週間続いていた。
メイド長が宣戦布告したように使用人達はマリーベルを追い出そうと画策し、陰湿な嫌がらせやイジメによりじわじわとマリーベルの精神を削っていく。
まだ直接暴力をされてこそないがそれも時間の問題なのかもしれない。
なぜならマリーベルは主人のロイドに助けを求めないからだ。
助けを求めない事をいいことに使用人達は調子に乗っていた。
しばらくすれば暴力を直接する使用人も出てくるだろう。
そして嫌がらせのレベルは日に日に少しづつ上がっていた。
「毎朝腐った朝食を目の前に出されるのが地味にしんどい。」
ハーレン家に来てからと言う物、毎朝朝食に腐った料理を出されていた。
陰湿なメイド達はマリーベルが食べる筈もないのに毎朝腐った朝食をご丁寧に用意し、1時間も悪臭を放つ朝食をマリーベルの部屋に放置した後に片付けるという事をやるのだ。
小さな傷やアザなどのケガは癒しの魔法で直ぐに治してしまうが、悪臭や視界からの不快感はどうしようもなく、ケガをさせられたり私物に手を付けられるよりもマリーベルを精神的に疲弊させた。
「仲良くなりたいけど隙がないのよね。」
マリーベルなりに今の状態を改善しようと使用人達と仲良くなるべく積極的に話しかけるが、完全にシカトされ話しかけるなオーラを出され心が折れて終わりである。
「逃げたくなってきた。」
ハーレン家に来てまだ1週間ぐらいしか経っていないが度々ハーレン家からの逃亡が頭をよぎるようになっていた。
ロイドに対して罪悪感と責任を感じて使用人達からの嫌がらせは仕方ないとは思っていても実際はキツイししんどい。
だが自分が逃げたらロイドは王命を守れなかったと判断されて、どんな罰を受けさせられるか分からないのでマリーベルは逃げたい気持ちを必死に我慢していた。
「サラはまだこの屋敷にいるのかしら?」
サラとはハーレン家に来た初日にメイド長に連れて行かれて以来会う事はなかった。
使用人達はサラの様子を教えてくれないのでサラが今この屋敷に居ること自体わからなかった。
もしサラも嫌がらせを受けていたとしたら自分の事は気にせず逃げてほしいとマリーベルは思った。
「本は破かれちゃったし、部屋でできる事といったら寝る事しかないし暇だわ。」
部屋から出ると使用人達に転ばされたり突き飛ばされるので部屋に籠る様になってしまったマリーベル。
私物のお気に入りの本3冊はめちゃくちゃに破かれて読めなくなってしまったので寝ることぐらいでしか時間を潰せず暇だった。
「久しぶりにお祈りでもしますか・・・。」
そして聖女という立場なのにお祈りに関しては王妃様からは厳しく言われなかったので、さぼりまくっていたマリーベルは久しぶりにお祈りをする事にした。
日差しが差し込む窓のある方を向いて、両膝をつき上半身はピンと伸ばしたまま両手を組んだ手を胸元に持ってくる。そして静かに目をつぶった。
すると淡い光が身体からたくさん出て来てマリーベルを包み込んだ。
その姿はまるでこの世の物ではない程神々しく神秘的で美しかった。
マリーベルはメイドが呼びに来るまでずっとお祈りをしていた。
「聖女様、夕食の時間にーー。」
部屋に入ってきたメイドはマリーベルの姿を見て固まった。
マリーベルは月夜に照らされ神聖な光に包まれその姿はまるで美しい聖母のように尊く見えて見惚れてしまう程だった。
「あら?もうそんな時間?外が真っ暗だわ。お祈りすると時間の間隔がおかしくなるからあまりやりたくないのよね。」
マリーベルはお祈りをすると凄まじい集中力を発揮し魔力を集めて高めるのだが、マリーベルの感覚では数分でも実際の時間は6時間以上も経っていたりするので、気がついた時にはタイムスリップをしたような不思議な感覚を味わうのであまりやりたがらないのだった。
「せ、聖女様、夕食の時間を呼びに参りました。」
メイドは我に返り再び言葉を発した。
そしてマリーベルは自室を出てメイドの後ろに付いて食堂へ向かう廊下を歩く。
「(お腹空いてたから夕食は待ち遠しかったけど、気まづいのよね。)」
朝食は腐った料理を出されて食べる事が出来ず、昼食とティータイムのお菓子とお茶は使用人に頼めば出してくれるとのことだが、朝食と同じ物を出されても困るのでハーレン家に来てから朝食と昼食を食べた事がなかった。
マリーベルがまともに食べ物を食べる事が出来るのは、ロイドとマーガレットと食べる夕食の時だけだった。
普段からとても忙しいロイドとマーガレットと会えるのは夕食時だけだが、どちらかが仕事が立て込むと2人きりだけで食べたりする日があった。
ロイドと2人きりなってもマーガレットと2人きりになっても、3人で食べたとしても、特に会話はなく気まづい空気のまま淡々と食事をするだけだった。
「(いつまで続くのかしらこんな生活。私が嫌がらせに耐えかねて逃げ出すまでかしら。)」
使用人達の力によりマリーベルを追い出す事が出来たとて王命が守られないと判断されれば、主人のロイドに罰がくだされロイドに迷惑がかかるというのに、使用人達はマリーベルを追い出す事に必死でそこまで頭が回らないらしい。
むしろマリーベルへの嫌がらせを楽しんでいる節があった。
執事と侍女頭は直接何かをしてくる訳ではないが、マリーベルが男性の使用人に突き飛ばされ床に思い切り身体を倒された際に、口では大丈夫ですかと労り倒れた身体を起こしてくれたが顔は愉快そうに笑っていた。
多分執事と侍女頭は直接手は下さず指示をしているだけなのだろう。
まだ1週間くらいしか経ってないのにマリーベルの心に小さな暗い影を落とした。
「聖女様。」
前を歩いていたメイドが声をかけてきた。
「なんでしょうか?」
「先程の、お祈りをしていた聖女様凄く綺麗でした。」
メイドはマリーベルの方は見ず、前を向いたまま歩いている。
そのメイドはマリーベルと同い年くらいの少女だった。
メイドの表情は分からないが、メイドからのまさかの言葉にマリーベルは目を丸くした。
「まるで神様みたいに美しかったです。」
恥ずかしいのかメイドは前を向いたまま歩くスピードを上げた。
「ありがとう。」
メイドの言葉に久しぶりに少しだけ心が嬉しくなった。
「貴女のお名前教えてくださいまさんか?」
「・・・・・ニコラ。」
「ありがとう、ニコラさん。」
「・・・・・・。」
ニコラはマリーベルを無視してスタスタ歩く。
マリーベルはニコラが名前を教えてくれた事が嬉しくて心の底からニコニコと笑っていた。
「(たまにはお祈りしてみるのも良いものね。)」
そんな事を考えているうちに食堂に着くと、マリーベルは先程ニコラとのやりとりで嬉しくなった気持ちがスッと消えて、いつもの人形の様な笑みを貼り付けロイドとマーガレットに微笑んだのだった。
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